帰還方法
若干汗ばんだままギルドに入ると、利用者はもちろんいない。この時間からのギルドの仕事は完全に転移者へのサービスになるのだから。
あと一人いるはずだが、奥で仕事でもしてるのかな。寝ないように俺も事務仕事でもしながらコーヒーを飲むか。
帰っても特にやることのない俺にとって、夜勤は別に悪いものでもない。
何もせずに悠々と生きているだけでお金が入るなんて幸せこの上ない。
書類の束を整理しつつ、備品も整理する。最近、転移者が増えてきたから最初の案内書は補充と、あとは内容も精査しよう。分かりやすいようにしないと意味がないし。
掃除もしておこう。それと、クエストボードの更新チェックだ。たまにというか、まあまあの頻度でもうクリアされたものが貼ってあったり、昔の物があったりする。
数枚張られた中に一枚だけボロボロの紙があった。起源は無期限。依頼内容は、ダンジョンの攻略と遺物の回収、か。
誰がどんな願いを込めたのかは分からないけれど、切実さは伝わって来る。報酬は金貨20枚。ちょっとした庭が作れる額だ。さっきの居酒屋は1500Gで、金貨は一枚で10万Gの価値がある。当面の生活費として金貨を転移者に配っているオリオンは相当金がある。
俺も、昔はギルドでクエストを受けられるものだと思ってたっけ。人のために働くんだって。両親のためにも。
だけど現実は違った。俺達ではモンスターを倒すことが出来ない。その力があるのは転移者だけだと知ってある程度は絶望したし……目の当たりにした。俺はダンジョンで確かに悪夢を見たはずなんだ。何も覚えてないけれど。
「あの、誰かいますか!」
突然、ギルドの入り口が開け放たれた。中に入って来たのは馴染みの町民だ。エプロン姿の若い少女。サファイアカラーのお団子頭は印象的だ。
確か家業で薬草売りをしている。よくギルドにもモンスターが溢れる森での薬草採集クエスト依頼を出していた。
とても焦っているような表情で、走ってきたのか息も絶え絶えだった。
すぐに駆け寄って近くの椅子に腰を下ろさせた。
「どうしましたか?」
「その、あの……ダンジョン、あるじゃないですか」
俺達が住む帝国には帝都付近に一つ、北部に一つ、そしてこの町の傍に一つ存在する。
恐らく彼女が言っているのはこの町の近くにあるダンジョンだろう。未踏の地で、調査隊すら入っていない。オリオンの調査報告書には時期尚早として調査は取り止めとなっていた。
「落ち着いて下さい。ダンジョンがどうしましたか?」
「誰か入って行ったんです。止めたんですけど、聞かなくて……」
「帝国人ですか? 転移者ですか?」
非常に重要な問いだった。前者なら俺に解決する裁量権があるが、後者なら問題は全てオリオンに帰結する。俺の裁量権が及ぶ範囲ではない。むしろ……手を出せば俺の出世が遠のいてしまう。
「分からないんです。初めて見る顔で、ええと、長い、赤髪でした。後姿だけなので、顔は見えなかったんですけど……」
「赤い……まさか」
思い当たる節はあった。ただ、今日の午後位の話だぞ。それが何故、オリオンに向かった直後にダンジョンに向かうような話になってるんだ。
「一人でしたか?」
「はい。服装が白を基調とした服だったので、たぶん、エンドールさんのところの人かと。あの、オリオンに行けないので、ここかと思って……」
「大丈夫です。こっちからオリオンに連絡します」
輝石を取り出して緊急用のチャンネルを開く。ギルドはウォッチ、バランスと違って円卓会議との専用の連絡回線がある。
しかし、今日に限って誰も出ない。何かあったのか……どうする? オリオンに走るか。嫌、間に合わねえだろ普通に。
一応、ギルドにはダンジョンへの調査権がある。あるが……調査には事前の許可が必要だ。
上司に……いや、先輩は飲酒している、判断を仰いだらどうあれ糾弾されかねない。グラウス課長か……出ねえ。クソ、輝石の魔力を遮断してやがるな。
どうする?
「行くしかねえだろ。ここにいてください。奥に他の職員がおりますので、同じ話をしてください」
「ちょ、スカイさん!」
彼女を置いて、俺はすぐ傍に置いておいた黒ローブと仮面、革製のグローブを取り出した。
いざと言う時のために用意しておいてたよかった。俺は、出世しないといけない。
だが同時に、俺を守って死んだ両親と、助けてくれた転移者への恩返しも俺の至上命題だ。
困っている人がいるなら助ける。
帝国人と転移者の生活の保障と最大の安全、公共の福祉を守る事が俺達の使命。
帝国人と転移者と明記しているのは、どちらも分け隔てなく守る事を誓っているからだ。
身分を隠すための変装をしつつダンジョンの入り口に到着する。
祠のように祀られた小さな入り口は地面に向けて入口が伸びていた。
内部は魔力で満ち満ちていて、モンスターと呼ばれる怪物がうろついている。構造はまさに迷宮。迷宮内部には遺物と呼ばれる不思議な物質が多く出土している。輝石もその一部だ。
輝石一つの開発でオリオンは転移者に無償でお金をばら撒けるほどの富を得た。帝国は躍起になってダンジョン攻略を目指したが、内部のモンスターを誰も倒せなかった。
そう、転移者以外は。
転移者は魔法とは別系統の力を持っている。そして謎のレベル制度。ダンジョンは昔からあった。そして転移者と呼ばれる、唯一ダンジョンを攻略できる存在の台頭。
卵が先か鶏が先か。
祠には警備がない。帝国人の警備を置いたところでモンスターに討たれて死にかねない。それよりは、立ち入り禁止にした方が良いという計らいだ。
ダンジョンに片足を躊躇なく踏み込んだ。瞬間、心臓が速くなった。動悸と悪寒が止まらない。何かが、記憶の奥底から呼び起こされるような、嫌な感覚。
ここは、帝都ダンジョンじゃない……今は、利用者の安全のために。
ダンジョンは全く開発が進んでいない。炎魔法で半永久的に辺りの魔力を使って輝き続けるランプも奥へ行けば消えてしまう。火の玉を灯すと同時に体の周りに追従させる。
ゴー。
俺の役目は突っ走ると同時に全てのモンスターとのエンカウントを無視。最短距離で彼女を見つけ、連れ帰す事。
ダンジョンで同期と仲間を失って以降、俺は許せなかった。だからずっと、訓練を積んでいた。ダンジョンに関する書籍を読み漁り、実際にダンジョン攻略をした人から話を聞いた。
すぐに訓練を積んだ。踏破するための持久力と敏捷性だけに特化した。武器と武器を失っても戦うための武術。全て間に合っちゃいないが、何もしないよりはマシだ。
魔力の跡を追うための魔法を使う。足跡は一つ。向かった先は真っ直ぐ正面か。
足跡の濃さから時間も分かる。走り続けて十分間に合うが……足跡が増えた。
モンスターだな。追われているのか? エンカウントして、真っすぐ前に……。
視線を地面から上げると、そこには……1人の少女と……おびただしい数の、怪物がいた。
醜悪の中にたたずむ一凛の花のように、凛として美しき、赤い髪の少女。その背中はどこか憂いを帯びていて、哀愁すらあった。
その周囲を囲むのは、頭部がやけに大きく、大きな鼻と耳を持った小さな怪物。浅黒い肌に麻袋をぶった切ったような衣服。錆びた剣に棍棒を持った人型のモンスター、ゴブリン。
何だこの数……馬鹿みたいな……見たこともない。
「つ……アスハさん!」
叫ぶと、彼女は死んだ瞳を俺に向けた。絶望が差し込んだような色。この色はよく知っている。俺が……ダンジョンから生還した俺が初めて見た、鏡に映る自分の目だ。




