夜勤の話
もう、何度も聞かれたことだ。この程度で俺の箸は止まらない。
いや、箸も足も、止めちゃいけない。俺は唯一の目撃者で、生還者だから。
ダンジョンには転移者しか入れない。前回も多分護衛してもらったはずだ。
記憶がないだけだが、転移者なしで攻略できないにもかかわらず、今の転移者の地位は低い。
俺は上に上がって環境を変えていきたいんだ。
「俺、小さい頃にモンスターに両親を殺されちゃって」
「……お悔やみを」
「いや、本当に顔も覚えてなくて、気にしなくて下さい。俺の両親もギルド職員でで、昔お世話になったっていう転移者が身近にいて、俺の町を守ってくれてたんです。だからギルドに入って……変えたいと思ったんすよね。俺みたいなのを作らないような、強いギルドに」
「随分壮大だな。それで? 何をやらかしたんだ」
「念願のダンジョン調査に出て、詳しくは俺も覚えてないんですけど……俺以外が全滅したそうです」
「……食え。美味いぞ」
「食ってるっすよ」
「今日は……助かった。ありがとな」
「え?」
聞き返すけど、先輩はどこか訳の分からない方を向いて酒の入ったジョッキをあおった。心なしかもう顔が赤い。
ジョッキをごくごく飲み干すと、先輩は小さな体に見合わない程力強くジョッキを叩きつけ、口の横を手の甲で拭った。
「はあ……美味い。殺せ」
「いや、生きてくださいよ」
「黙れ……このために生きている。余韻でイキそう……すまん」
「ああいいっすよ。気にしないでください。そういや、今日、エンドールさんとコルネさんが、グラウス課長に何を話してたんでしょうね」
「あ? 興味ない。私は仕事が速く終わってこれが飲めてタバコが吸えればそれでいい」
「なんか、らしいっすね」
「ふん。それより、明日か明後日だかに後輩が来る。私はこれ以上荷物を抱えきれんからお前がやれ」
「いや、後輩はいたっすけど、教育係はやったことなくて」
「大丈夫だ。その……今日の転移者への対応、完璧だった。お前ならやれるから任せるんだ」
「あれ、先輩って、めっちゃ優しいっすか?」
「黙れ殺すぞ馬鹿が」
「なんでそんな暴言吐くんですか」
「……私も後輩がお前くらいしかちゃんとしたのがいないから接し方がわからん。許せ」
「先輩って、かわいいっすよね」
「殺すぞ馬鹿が」
久しぶりに楽しい時間を過ごしたのも束の間の話しで、先輩の輝石が鳴った。
魔法を媒介することで声を輝石間で伝達できる便利な石。開発したのは転移者だ。転移者の中には天才的な頭脳と、向こう側の発展した知識を持つ人間がいるんだ。
この世の物とは思えないほど嫌そうな表情をしながら、先輩は輝石に応じた。
「はい、カロ―シア」
『ああ、カロ―シア君。よかったよかった、え、ごめんね、今大丈夫?』
声はグラウス課長のものだった。この人がこういう話し方をするのは裏がある。前に事務所の引っ越し作業をさせられた時もこんなだった。
『あのさ、今日、夜勤で一人欠員が出たんだよね。悪いんだけど言ってくれない?』
俺は先輩から輝石をひったくった。
「あ、もしもし、スカイです」
『あら、なになに、二人とも飯でも行ってんの?』
「その通りで、先輩はお酒入っちゃってるんで、俺でも大丈夫ですか? 一応、前の部署で夜勤の経験はあります」
『え、ホント? うわー助かるわ。あ、そだそだ、スカイ君さ、ちょっと言いたいことがあったんだよ。ついでに話していい?』
「ああ、はいどうぞ」
『別に戻りたいとかじゃないからね』
「……え? 何がっすか」
『いやね。見てたでしょ、今日のエンドールさんと、コルネさんのさ、やつ』
「ああ、来てましたね。何かご用でしたか?」
『いやあさ、何か俺がね、こう、ごま擦ってるように見えたんじゃないかなって思ってね。別に、戻りたいとかじゃないから。普通に二人を尊敬してるのね。尊敬しているからこそ、敬意を払ってるだけで、こう、媚びを売って出世したいとかじゃないからね?』
「じゃあ職場戻りますんで、変わって大丈夫っすね」
『ああ、うん、それは大丈夫なんだけどね、なんかこう、へつらってるように思われると、こう、心外だなあって』
「切りますね」
さすがに付き合ってられない。まったく、ていうか今から夜勤ってさ、仮眠あんのかね。
「おい、スカイ、お前……」
「大丈夫っすよ。残業は慣れっ子なんで。残業っていうか、あれっすけど」
「悪いな、私が至高の一杯を口にしたばかりに」
「こちらこそ、途中ですみません。また今度飯に誘ってください」
「ああ、そうする」
店を足早に出るとすっかり外が暗くなっていた。これは本格的に夜勤だな。




