レベル4
既にウォッチはほぼ全滅し、門の前にいるのは……アスハさんだけだ。どれだけの敵に囲われようと、傷を受けようと、背中だけは地面に着けない勇者の姿。
「戦ってるのは誰ですか! 立っているのは、俺達を守ってくれているのは、誰ですか!」
「……分かった……だが、忠告を忘れるな、スカイ」
「ありがとうございます」
強く手を引いて先輩を壁の上におろした後、ゆっくりと壁の向こうを見た。
燃え上がる火山が噴火を始め、やがて赤々とした炎が空を焼いた。
今日二度目の大噴火は、空に立ち込めた牌を一斉に焼き尽くして、あまりに綺麗な夜空が広がった。
そうか、倒したんだな……アスハさんは……じゃあもう、止まる理由が、なくなった。
さて、残るのはあと一人だけ、か。先輩、あなたの言葉はきちんと胸にしまいますよ。
「お前……何を考えている?」
「ギルドを変えると言いました。俺ひとりで帰るとは言っていませんよ」
「……止めろ、お前は、今まで通り、カウンターで仕事して、クレームを受けて、後輩が来たら世話を見ろ」
「ええ。その仕事も好きなのでやりますよ。ちゃんと。今は酔いしれましょう、勝利を」
「残念ですが、それは叶いません、スカイさん」
こんなにごちゃごちゃと混乱極める状況の中、問題が次々俺の元へ現れてくる。
現れたのは……バランスの審問官、アイネ・コルネ。災害とモンスターで溢れた街だ、さすがにウォッチの護衛と、自身も帯剣している。
「なんの用件ですか、戦いは終わりました。転移者のお陰で」
「その件で、あなたと転移者を拘束します。そうですね……アスハと言いましたか、彼女を」
「好きにしてください。ただ、町は今、かなりの被害ですよ」
「問題ないわ。帝都から既に早馬を出しているので大丈夫です。それに、まだウォッチがいます」
「……良いでしょう。牢にでもなんでも繋いでください。俺は逃げません。あなたと違って」
「減らず口もいつまで続くか分かりませんが、行きましょうか」
この非常事態にも関わらず、バランスは特に支援をするわけでもなく、災害による治安悪化の危険を名目にウォッチを使って町に見張りを置いていた。
ウォッチの詰所には救急隊よりも余裕で覆い人員が割かれていて、俺の尋問はすぐに開始された。
尋問される部屋はコンクリで固められて妙に寒々しかった。机と椅子、傍にはウォッチが控えていてまず間違いなく逃げ場はない。
「単刀直入な話が好きなのだけれど、あなたはどうかしら」
「俺も、です」
「では単刀直入に。記憶は戻りましたね」
「……はい」
「素晴らしい。ここでひとつ取引をしましょう。もしあなたがそれを話してくれたら、あなたも捕縛した転移者も自由にしましょう」
相変わらず、自分が常に優位に立っていると踏んだ上で、彼女は椅子に腰かけた。
願ってもない言葉だ。俺としても、アスハさんたちを巻き込むのは心苦しい。ここから先はあくまで俺の問題だ。
「なにを聞きたいのですか?」
「あのダンジョンに魔道具はあるのかしら?」
「はい」
「良い答えね。それでは、あそこで何があったの? ダンジョン調査開始から52時間後にあなたは一人帰還しましたね。それまでに、何が」
「ダンジョンの内部には現存では未確認のモンスター、ハイドウルフとシャドウリーパーが通路に跋扈しているような場所です。その時点で多くが死にました。転移者ネル以外の転移者とウォッチ、俺の同僚もひとり。さすがに持って行けはしませんでしたが、いくつか魔道具らしい物と財宝が格納されたエリアもありました」
「なるほど。それで、全滅した理由は」
「ボスフロアのボス……開闢の騎士アデノシアに全員殺されました。そこでネルは僕に言ったんです。当時はまだ意味が分かりませんでしたが、転移者の人たちと触れて良く分かりました」
「なんと、言っていたんです」
「お前はギルドに戻れ、ここはプロローグじゃないと伝えろ、いいな、ここに冒険の書はある」
「……それはなにかの暗号かしら?」
「そこまでは分かりませんが、転移者の、恐らくアルス・エンドールに向けたメッセージだと思われます」
「なるほど、とにかく魔道具と、それに匹敵するような何かがあるということね」
「それは間違いないかと思います。これが俺の持っている情報全てです。しかし、そんなことを知って……町が大変な状況なのにやるべきことですか?」
「物事をより大きく捉えることが肝要です。あなたのお陰で、私たちはウォッチを出し抜くことができる」
「ウォッチを? 何を言っているんですか、あなたが出し抜くのは転移者じゃ……」
「……いいでしょう。ここまでなにかと因縁めいたものも何かの縁。我々は長い間ウォッチに対して何の対抗手段も持ちえませんでした。しかし、魔道具を手に入れればそれも終わり」
「ウォッチに対する対抗手段なんて何のために……」
「今やウォッチは総帥であるゼネウス・フォン・レッドロードの直轄部隊。そしてデギオン・マリックの私兵に二分されています。バランスは長い間内定を行いましたが、権力と財力と武力を持ち合わせたウォッチに対して何ら対抗手段がありません」
少し、話が怪しくなってきた。
ついさっき、壁での攻防戦で命を落としたウォッチの隊長も同じことを言っていた。
俺は今の今まで、コルネ審問官こそが全ての絵図を描いていたと思っていた。だが、蓋を開けてみれば彼女はいい意味でバランスのことしか考えていない。
武力を持たないバランスの作った法を遵守するのは人の善性だ。武力を持つウォッチにいくら法を説いても、武力を盾に突っぱねられればバランスにはどうする事も出来ない。
「なにが、あなたをそこまで……」
「ウォッチは、非合法かつ非人道的なやり方で――」
突然……部屋の中で控えていたウォッチが、腕の剣でコルネさんを引き裂いた。
何事かと思うよりも先に俺は椅子を蹴ってウォッチにぶつけ、テーブルに飛び乗って殴りかかった。
だが、魔道具もどきの鎧の反応が、速すぎる。兜の奥が赤く光り、残像が線になってチラつく。単純な速度だけならレベル2以上3未満ってところか。
俺は襲撃を諦めて、斬られたコルネ審問官を庇うように位置を取った。ヒールと薬草で簡易的な治療を始める。
その間、ウォッチは襲撃することなく、ゆっくりと輝石を取り出した。
『ごきげんよう。久しぶりだな、コルネ審問官』
この声は……デギオン・マリック。そうか、このウォッチはマリックが飼っている私兵。
この国はもう病んでるな。市民を守る盾であり矛がこの様か。転移者を蔑ろにした状態で、一体誰が守ってくれると思っているんだ、あの脅威から。
「デギオン……マリック……! 私の邪魔ばかりして、あなたのような存在が、この国をおかしくした。企みの証拠もすべて掴んだ、もう逃げ場はない」
『別に逃げもしない。君はここで死ぬのだから。これから帝国は変わる。ダンジョン攻略が進めば、我々は数でも質でも転移者を上回る。その後は世界の覇権でも握るとしよう。ああ、安心するといい、バランスは私の側近が変わって治めることになる。今まで散々邪魔をしてくれたお陰で最後はあの使い勝手のいい兄弟を失う羽目になった。損害は補填してもらわないと困る』
「ちょっと待て、なんだ、邪魔って。あんたらこの攻略の裏で何やってたんだ」
『君か。まったく二度もダンジョンの話しで名前の挙がる男も珍しい。私は散々転移者の数を減らし、町の経済の弱体化を図ったが、この女が裏で駆けずり回って全てを台無しにしてくれた。バランスの審問官がレンドアに何の用かと思ったが……』
「コルネ審問官、あなたは俺の記憶を呼び起こすために暗躍していたのでは?」
「そんなことだけに張り付いていたわけないでしょう……だけど、一介の法律家には出来ることがあまりに少なかったのが現実です。あなたには迷惑をかけてしまった。帝都に戻す約束だけは果たしたい」
「だったら逃げますよ。紛れ込んでるってだけで、外のウォッチのなかにはまともなのがいるでしょうし」
「……これを」
渡されたのは……あの、白銀の剣。まさかとは思ったが、俺が渡した剣をそのまま持っていたのかこの人。どれだけ、バランスには武器と呼ばれる物がないんだ。
剣を受け取ると、また力が漲るようなあの感覚があった。魔道具、確かに力を感じるが恐ろしいな。装備している間だけ強いなんて生活し辛すぎる。
「アロンダイト。その剣の名前です。あなたなら……正しく使えるでしょう」
「分かりました。ただ答えはもう出てますよ」
『終いだ。帝国は変わる。私とレッドロードで変えさせる』
話を聞いていたウォッチが凄まじい速度で狭い部屋の中斬りかかる。
ただ、もうネタは割れてる。あの鎧は魔道具と同じような能力で無理やり身体能力を強化している。
俺の持ってきた剣、アロンダイトは、その辺の能力を全て、リセットさせる。
ただの鎧と、逆に身体能力が有り得ない程強化された俺とでは相手にならない。
腕の剣をへし折って、拳を腹に打ち込んだ。
たったそれだけで、信じられない程に鎧は吹き飛んでいった。
「……それが、魔道具……私は間違えていなかった。この強さがあれば……転移者を仕組みに組み込める」
「仕組みに?」
コルネ審問官に肩を貸した。外は既に別の混乱で溢れている。ウォッチの中に紛れ込んでいたデギオン・マリックの私兵が暴れ始めている。火事場泥棒も良いところだろ。
「転移者と同じ力を持てば、私たちは転移者を拒絶ではなく仕組みの中に入れることができる。今まで線引きしていたのは、大戦以降、私たちに転移者を混吐露ロール術がなかった。でも、誰もが同じ立ち位置に、平等になれば……」
「一度休んでください。あなたのやりたいことは……俺の求める世界と大差ない」
「……我々は、同じ方向を見ていたのかもしれない、もっと早く……」
「後悔はあとでしたらいい。今はここを乗り越えましょう。あなたがいれば、マリックとレッドロード卿のよく分からない野望を砕けそうです」
「マリックはあくまで利権を握って国を盗ろうというところです。ただ、レッドロード卿は底が知れない。せめて、彼の娘が純真な事だけが救いです」
「ああ、それはそうです。それじゃあ、一度安全な場所へ――」
「この町に安全な場所なんてもう、ない。レンドアは、デギオン・マリックの手中。ギルドに立て籠もる以外の方法がない」
「じゃあそれで。アスハさんは?」
「既に帝都へ。彼女には別の嫌疑がかけられています。審問官でしかない私には全く分からないことだけれど……」
「別のってなんすか。あの人がいなければこの町が滅んでいたのに」
「彼女を今のところ裁く法がバランスにはないことが大きな問題なの」
「だからそれは――」
「彼女は、世界で唯一の、レベル4になった」




