師弟対決
こいつたぶん、ボスモンスターだ。
あの記憶が、ミダス・エンペラトルの記憶が、蘇って来る。あんなものが……町に来て堪るかよ。
「大丈夫だよ、スカイ君。私たちがいるから」
本当に……あんたはいつだって、俺らがヤバい時に、駆けつけてくれる。
「アスハさん」
「大丈夫。ダンジョンにいる私たちの味方がバルガグルスの背後を取る形で陣取ってる。前を止めれば挟み撃ちできるし、この町に一匹たりともは入らない」
「頼むよ。俺じゃ、アレは無理だ」
「ううん。君は君の仕事をして。私たちは戦う以外のことが出来ないから」
「ちょっと待てよ、お前ら」
声に振り返る。
我が目を疑うとはこのことだ。
カロ―シア先輩は、命を奪われた友人の赤い鎧を身に着け、アスハさんの前に立ち塞がった。鎧の胸元には大穴が開き、手には抜いたばかりであろうリザードマンの剣と手甲から延ばした刃だ。
何を考えているんだ……この人は!
「先輩!」
「どいてろスカイ。そいつを止めるのが私の仕事だ」
「私は止まりませんよ」
「やってみろお嬢ちゃん。帝国人に手を出せるなら」
「アスハさん、行ってくれ。その代り、絶対倒してくれ」
「……分かった」
「正気かスカイ。この私に勝てるのか? 今の私は、ウォッチの頃と変わらない」
「ネル」
先輩の方がビクンと震える。
ああそうだ……そうだよな、全部、思い出してしまった。思い出したくないと、記憶にしていた蓋が、開いてしまったんだ。
「お前……」
「全部思い出しました。あのダンジョン攻略で。教えてください、先輩。前に友人だとお墓で教えてくれた人が、俺の面倒を見てくれて……最初のダンジョンで俺と一緒に攻略に向かった人間だと、知っていたんですか?」
全てを思い出した。
最初のダンジョンで俺は、ネルという転移者と共に調査に向かっていた。
ネルさんは俺が小さい頃から面倒を見てくれて、ダンジョンで戦うための方法も教えてくれた。転移者だけど、帝都の人間にすら一目置かれる存在だった。
そんなネルさんは……カロ―シア先輩の友人だった。偶然だとは、思えない。
「……ああ、知っていた」
「つ……」
俺は持っていたただの剣を握りしめて、前に突っ走った。
「どうして、教えてくれなかったんですか!」
先輩が先に動き、俺の剣に腕刃を押し付けるようにして止めた。
「何と言えばいい……お前と一緒に攻略に行って死んだ奴を覚えているかとでも聞けばいいのか」
「俺のせいで死んだんですよ、あの人は!」
「何故そうなったかを知りたかっただけだ、お前を責める気なんてなかった」
「では、墓を見せたのも……ダンジョン攻略に向かわせたのも、あなたの策略ですか。俺が記憶を思い出すように」
「違う! 私は……私は……」
揺らいだカロ―シアさんの脇に剣の柄をぶつけ、足をかけると同時にこけさせる。
即座に剣を喉元に突き立てた。
「騙してまで知りたかったことは……帝都のダンジョンに眠る魔道具のこと、ですか」
「……私じゃない。全ては、あの女が……バランスの審問官、アイネ・コルネだ。奴が、お前に思い出させるためだ。私は止めようと、攻略を買って出たが……お前は巧みに奴の口車に乗って行ってしまった」
「コルネ審問官が……何故……なんであの人はそこまでして、魔道具を欲しがるんです。バランスは何をしようと――」
カロ―シアさんは俺の剣を握りこんで止めた。手甲とは言え掌はそこまで硬くない。血が、鎧と刃を伝って流れる。
すぐに剣を落としたが、先輩は剣を持ち直して、二刀流で構えた。
「これ以上は何も知らなくていい。何も、知る必要はない。何も、だ」
「どうして……」
「私はもう、失いたくないんだよ。仲間を、大切な人を……ネルと約束したんだ。自分に何かあったらお前を、守ってほしいと……」
「あの人が……俺を?」
「ああ。だから守っていたつもりだが……お前はどんどん先へ進んじまう。なあ、もう止まってくれ。ただのギルド職員のまま、おとなしく帝都へ行け」
「……帝都に行ったら行ったで、俺はダンジョンに行く羽目になるんです。攻略者として」
「それでも、だ。この町にいた方が良い。安全な場所で、生きて死んでいけ。頼む」
「俺は……死んだネルさんのためにも、両親のためにも、そして……転移者のためにも、ギルドの在り方を変えたいんです。だって、おかしいでしょう。なんで街を守ってくれる転移者たちを蔑ろにするんですか」
「ルールだからだ! ルールがなければ、また大戦が起きる。もう止めよう、命を無駄にするのは、たくさんだ」
先輩の気持ちはよく分かる。これ以上、俺が危険に身を投じるのは、友達の意志を捨て去るような物だ。それに先輩は俺を後輩としてきちんとここまで育ててくれた。全ては俺が死なないようにするためだ。
だが、俺だってもう、このおかしな仕組みをそのまま放っておけはしない。
「ルールを守っていたら、死ぬんですよ、町の人全員が」
「転移者に守られないと滅ぶ街があっていいのか? そのための矛を、ウォッチが作っている。モンスターよりも、戦いたくないのは転移者たちなんだ。転移者は……減らないといけない」
腕刃で襲い掛かる。跳んで避けた端から急襲。素早い速度の攻撃だがしかし……今の俺なら避けられる。
だがおかしい。避けるだけで手いっぱいだ。今この人に倒されるわけにはいかないのに!
「何言ってるんすか……俺は! 皆が幸せになるギルドの理念を――」
「ギルドの理念は、転移者に首輪をつけることだ!」
足元に転がっていたウォッチの剣を踏んでバランスが崩れる。
その間に先輩が地面を叩きつけた。やはりあの鎧、何かある。攻撃力も速度も段違いだ。
グラスの数値を見ても分かる。通常と比べて三倍だ。ふざけている。
俺は、今の衝撃で飛び上がった剣を掴んで、そのまま振り下ろした。
完全に肩を捉えたはずだが、腕刃で受けると同時にスライドさせて俺の首を掴もうとする。
すぐに肘を差し込んで腕を弾き、開いた胴を蹴り上げる。
が、先輩は剣を横に倒して見事に防いだ。
その防ぎ方、もう慣れましたっていうか……何度も見ましたよ、先輩。
剣を構えて突貫する――と見せかけて横をすり抜ける!
突然の視点移動と想定外の動きにあなたは必ず防御を選択する。
だがここは高所だ。力いっぱい叩きつけた剣で、そのまま先輩を床に叩き落とす。
「おま――」
墜ちる先輩の手をしっかりと掴んだ。その先には……リザードマンがいる。
「下をよく見て下さい!」




