終業後は飲み
「いい物をお使いですわね」
「レッドロードのご令嬢におほめ戴き光栄だ。早速だが、どちらからお話を聞けば?」
「俺からでいいですか? アスハさん」
「どうぞ。私の仕事はほとんど終わりました」
お言葉に甘えて、俺は昨今の薬草が割高になっている理由を問うた。
単刀直入な言葉に、マリック氏はワイングラウスを傾けた。俺はその様子をつい最近見たことがある。揉み消せと言った、課長と同じような仕草だ。
「順を追って説明しようか。薬草の出荷額は私が管理している。元々値を高くしていたのは転移者の方だった。転移者は輝石の開発で金があるのでね、多少高くいただいていた。しかし、ここ最近、何故か薬草の売れ行きが良くてね、彼らはこっちの市場に流れている薬草を買い占めだした。これはいけないと、一時的に上げさせてもらったんだ」
薬草の買い占め……まさか、ダンジョン攻略の準備のためか……。ただこれはまだ表に出されていないし、本来はギルドやウォッチが率先して協力すべき事案だろうに。
「なるほど……ですが、市民がこの物価高に苦しんでいます」
「大丈夫。一時的なものだ、誰もが薬草に指揮権を持っている」
「それは詭弁ですわね。少しお話しただけで、穀物、家畜、装飾品、というか、このレンドアの町に入る全ての商品に多少のプレミアがかけられています。ただ薬草に比べて増えた額が少ないのでまだ声も少ないですが。便乗して値上げしてますわよね」
「レイテシア。……マリックさん、ギルドから正式な依頼は出させていただきますが……」
「役所が人の経済活動に、口を出すのかね?」
「はい?」
「私はお金を稼いでいるだけだよ、レンヤ・スカイ君」
「私をご存じなのですか?」
「ダンジョンサバイバーを知らないわけがないだろう? 単刀直入な話がしたい。ダンジョンの攻略が、始まるのかな?」
本当に短刀を直入してきた。俺は取り敢えず落ち着くために珈琲を口に含む。美味い。
「ギルドではそう言った情報はまだそう言った話を公開できる準備がありません」
「うまい言いぶりだな。まあ良い、レッドロードのご令嬢。便乗して値上げをしてなにが悪い?」
「庶民の生活が――」
「そんなもの、庶民の生活をしていない君にわかると? 少しずつ値上げをし続ければ、高いが仕方ないで済むんだよ。日々を生きるのに手いっぱいの人も、色々なものを諦めて生きていけるんだよ。そして人々は我慢を覚え、不満を口にはするが決して体勢に文句など言わない。帝国様様だよ。なんせ近くに、不満のはけ口があるんだから」
オリオンのことを言っているのは分かる。
さすがと言うべきか、ここまで豪胆でなければ、町一番の金持ちにはならない。
ただ、困ったことがあるとすれば、俺は事実を知ったからと言って何も出来ない。上司に相談しようにもまた口を紡げと言われるだけだ。
「転移者とのいざこざに投資して金を稼いでいるだけだ。金を稼ぐことが罪だとでも?」
「いいえ。然るべき判断は上が取るでしょう」
「君の言う上とやらは、果たして君の小さな小さな声を聞き取る力があるかな」
「分かりませんが、正義がどこにあるか位の目はついているのでは?」
「面白い男だ。ところでお嬢さん、君は、何しに来たのかな。あの獣兄弟と互角に渡り合ったところを見ると、騎士団の中でも相当腕が建つようだ」
「それは分かりませんが、私が来た理由は兄弟の居所を突き止めるためです。なのでもう用事は終わりました。さっき連絡したので、間もなくここに仲間がやってきます」
「それは困るな、私は彼の雇用主だ。まだ仕事がたくさん残っている」
「では、雇用主らしい矜持を見せていただけますか? 今すぐ引き渡してください。彼らの蛮行は円卓会議でも問題に上がっています」
「では、持っていくと良い。帝国人の私財を、転移者が。アップルパイもおまけに着けるよ」
ぬけぬけと……。
今、この男が言ったことが全てだ。バランスの定めた法に基づいて、アスハさんは兄弟を連れて帰ることが出来ない。例え応援が来ようとその事実は変わらない。
しかしアスハさんは気分を害した様子もなく、落ち着いた様子で紅茶を口に含んだ。
「分かりました。では私はお暇いたします」
「出口はあちらだ。送って差し上げろ。ギルドの方も、ご足労頂いて申し訳なかったね」
「いいえ。失礼いたします」
邸宅から自由になった俺は、少し離れたところの気に背中を押し付けて大きく息を吐いた。
「つは――」
「今、ヒールを」
「お待ちなさい、それは法で禁じられているわ。ヒール魔法ならわたくしが。薬草込みで応急処置になりますが」
間に入ったレイテシアが、ヒール魔法の詠唱を始めた。魔力で薬草をどうにかして傷を癒すらしい。俺は学生時代魔法は履修していないので理屈まではよく分からない。分からないけど効く質変えるから使っているものなんて世界にごまんとある。
「すまない。アスハさんも、助けてくれてありがとうございます」
アスハさんは少しだけ寂しそうな表情をした後、保護したくなるような可愛らしい笑顔で頷いた。さっきまでの殺気というか、冷酷無比な姿は鳴りを潜めたようだ。
「アスハさん、いつの間にレベル2になったんですか?」
「あはは、ダンジョンで少々修行をしていて……その、私が、スカイさんを守らないとなって」
俺は苦笑しつつ、心中で唇をかみしめた。
そうだな、俺は、所詮は、守ってもらわなきゃいけない立場なんだ。
口が裂けても言えない。ダンジョンは危険だから気を付けて、だとか、何かあったら相談してくれとか……。無力な俺じゃ、彼女に何かしてあげられることなんて、ない。
でも、言っておかないといけない。
「気を付けて、無理はしないでください」
「はい。もちろんですよ。レイテシアさん、でしたか、助けが遅れて――」
「転移者が気にすることなんて何もありませんわ。わたくしは……力があると思っていましたのに、スカイさんはおろか、自分の身すら守れない愚か者です」
悔しそうな顔でレイテシアは俯いた。そんな顔も出来たんだな、レイテシアは。
「では、強くなることです。あなたの言動一つで、傷つく人がいることを自覚しなさい」
「何を――」
「私もまだ、弱いから。今度はこんな喧噪に塗れた場所じゃないところで出会いましょう。スカイさんも」
「はい。あそうだ、今度お礼がしたいんで、連絡座標教えてもらってもいいですか?」
輝石を取り出すと「喜んで」と言いながら連絡座標を交換した。これで、アスハさんの輝石の座標に魔力を飛ばすことができる。今日は本当に助けてもらった。この身を以って分からされた。
ルフス兄弟のあまりの強さに気圧されてしまったが、いつまでも同じわけにはいかない。
覚悟を噛み締めお礼する俺の横を抜け、レイテシアの肩にポンと手を置いて、凛々しい立ち姿のままアスハさんは去って行った。
「報告するため俺は帰る。レイテシアは直帰で良いぞ」
体が痛くてたまらない。労災おりるかな、これ。病院行くのは良いとして今日のことは胴報告すればいいんだ? 正直問題が多すぎてぶっちゃけ何も出来そうにないのが本音だ。
「スカイ、さん。その……申し訳ございませんでした」
振り返ると、レイテシアが頭を下げていた。突然のことにおろどいた俺は駆け寄って頭を上げさせる。
「何やってんだ、こんな道端で」
「わたくしは何も出来ませんでした。でもだからこそ……わたくしは学ぶ必要があるのです。あの転移者にも、これ以上舐めた態度は取られたくありませんわ」
アスハさんは別にレイテシアを舐めていないっていうか……何なら自分と似ているからこそ声をかけたんだと思う。今言ったところでプライドを傷つけそうだから何も言うまい。
「いずれにせよ俺たちの仕事の限界だ。どこかのヒーローか何かに頼む以外道はない」
「そんなこと許していいのですか?」
「許すも何もそれがルールだ。俺たちはルールを守るのが仕事だ」
「では、相手がルールを破った場合は、町民の生活を脅かす場合は。どうなさるおつもりなのです?」
「そんなもの天秤にかけねえよ。いざという時は破るさ」
「……あなたのことを少し誤解していました。これからは、先輩として敬います。では、失礼いたしますわ、スカイ先輩」
「おう。気を付けろ……おい今先輩て言った……いねえし」
溜息を吐いてギルドに戻る。今日あったことを報告書に書き上げるのにそれほど時間はかからなかった。二枚書き上げて足早に事務デスクの島を抜けていった。
課長に報告書を提出すると顔を青くさせてビリビリに引き裂かれたから、あらかじめ用意しておいたもう一枚の方を提出した。
「これはなんだ、もう私は今視力が著しく低下しているんだが」
「デギオン・マリック氏がこの物価高は一時的なものだと明言したことについてです。ルフス兄弟や円卓会議の件は書いていないし、俺とレイテシアは道すがらモンスターに襲われたところをアスハさんに助けてもらったことになっていますし、何なら俺らの手柄で周辺住宅への被害を減らしたことにしてます」
「いいじゃない。良い文章書けるじゃない。え、もしかして文豪?」
「違います。もう帰っていいっすか?」
「いいよいいよ、お疲れさん。労災も後で申請しといてな」
まったく現金な課長だな。問題はなにひとつ解決していないし、自分の無力さにはむしゃくしゃしてならない。
結局、レイテシアの言う通り俺たちは何も出来ないってことだけを突きつけられた。
あいつの方が間違いなくガキなのに正しく思えて仕方がない。
「おい、スカイ」
「……先輩」
「飲み行くぞ」
「え、仕事は?」
「半休だ。私は課長の弱みをいくらでも握っている。レイテシアにも声をかけておいた」
「なんでまた」
「お前たちが私の後輩だからだ」
先輩の小さな背中を見ながら俺はいたたまれない気持ちになった。全部バレてんのか。
とりあえず、先輩が出てくるまで外で暇を潰そうとしたが、すぐにレイテシアと遭遇することになった。さっきのさっきで少し気まずかったが、向こうは特に気にした様子がないので俺も気にしないことにした。
「レイテシアは庶民の飲みとかしたことあんのか?」
「ありませんわ。お酒もつい最近嗜めるようになりましたので」
「そうだよな……大丈夫か?」
「馬鹿にしないでくださいます?」
「いや心配をしてるんだよ。俺も先輩も庶民派だからいい店とか知らないし」
「誰が貧乏人だ。良い位は店は知ってるさ。ただ、良い店程ビールが不味い」
「雰囲気で酒飲んでるでしょそれ。味とか分かるんすか?」
「殺すぞ貴様。ったく、良いからさっさと行くぞ」
先輩が連れて行ってくれた店は結局あの名物店主みたいなのがいる居酒屋だ。席への誘導から注文取りまでどこか癖になる話し方をしてくる。
「いらっしゃいませ、三名様ですねー、はいではこちらへどうぞー。お飲み物は」
「ビールと、お前らは」
「俺もビールと……そこのメニューに載ってるのがアルコールで、こっちがソフトドリンク。ワインはそこまでよくないぞ」
「お安くとも美味しい物を揃えておりますー」
「だそうだ」
「果実酒で」
「かしこまりましたー」




