ふかふかの紅茶
「アスハ、さん?」
「何をしているのか分かっているのですか? 相手は、帝国人なんですよ」
「ちっ、クソエンドールの犬頃が、そいつら公僕のクソNPC共が何打ってんだ? 俺らはそいつらより、あらゆる点で優れてんだよ」
「では何故、彼に従っているのですか? ルフス兄弟は帝国人の誰よりも優れているのなら、今すぐにでも裏切るべきでは?」
「お嬢ちゃん、これには深い理由があってね。俺らとて、金が要るんだよ。帝国のアホは金払いが良くていい」
「へっへへへ、お兄ちゃん、こんなクソ生意気な女、さっさとぶっ飛ばしちまおうよ。どうせやるつもりだったんだからさぁ」
「まあ待て弟よ。ここはお兄ちゃんが、ひとりで躾けよう」
ルフス兄は手斧をふたつ取り出すと、手の中で何度も回転させて見せた。
「女、最近騎士団に入ったようだが、名前を聞いておこうか」
「……アスハです」
「そうか。アスハお嬢ちゃん、そんな奴ら庇ったってしょうがねえだろ、NPCを」
「スカイさんは、NPCなんかじゃありません。次にその下衆な口を開けば許しません」
「はっはっ、そうだなあ、口より手を動かさなくちゃなぁ!」
爆発的な瞬発力で地面を蹴り、上空から手斧で襲い掛かる。
アスハさんはゆっくりと剣を傾けるようにして防ぐ構えを取るが、ルフス兄は笑った。
手斧を途中で投げて、アスハさんの剣を弾く。
空いた胴を狙って手斧で斬撃を無理やりねじ込んだ――
しかし、あまりに冷静で落ち着いたアスハさんは弾かれた剣をそのまま工法で速度を着ける錘にして回転。
戻り様に上空のルフス兄を弾いた。
鋭い剣戟に風が吹く。衝撃波が音になって耳の横を掠めていった。
分かる。たった一撃の剣戟だけで、俺と彼女たちとの間では、大きく隔たりがある。
「少しはやるじゃねえか。楽しくなってきたなぁ!」
蹴り上げる。強烈な一撃を細剣一本で受け止めるが、砂地を擦り上げてかなり体勢を崩した。持っている剣が大きく揺れる。
さすがに、力量差があるか……。
「お前と俺とじゃ、格がちげえんだよ! まともな訓練も受けてねえお前に、50年殺し合いをしてきた俺らに勝てるのかって!」
「格とは、持たない人間ほど口にするものです。それに――」
一閃――
彼女の剣がルフス兄の屈強な腕に切り傷を着けた。
「口を開けるなと言いましたよね」
速すぎる……ついこの間見た彼女の戦い方は、こんなものじゃなかった。
まさか……最近ダンジョンの調査許可を取っていたのは……ダンジョンでレベルを上げるために?
「俺と同格だと? 貴様が? 新入りの、貴様が? おいおい、あのエンドールのガキも、随分甘くなったもんだなあ。厳格なレベル制限も、お構いなしか。はあ、これだから!」
飛び掛かりながら斬撃を加える攻撃の嵐。屈強な肉体からは想像も出来ない程の敏捷性。上、横、突進。暴力的ながら鋭く、もう、俺の動体視力でもギリギリだ。
レベル差じゃない、なんだ、この速度……。
ただ、アスハさんにはよく見えているようで、細い剣でギリギリいなしつつ、反撃の機会をうかがっていた
「足りねえなあ、お嬢ちゃん、殺意が!」
「そんなものに、意味なんて――」
「あるんだよ! これが!」
たたき落とした斧を地面に刺さる直前で静止。同時に反転、アスハさんに向けて切り上げる。
確実に首を狙った一撃。殺そうとした、言葉通りの明確な殺意。
反応したのは、涼しく細められていたアスハさんの目。冷酷なまでに鋭い視線が見開かれ、返す刀で、斧を持つ手を……斬る。
見たことのない量の鮮血が飛び散り、腕が跳ぶ。まるで現実離れした光景に、俺は頭痛を覚えた。
フラッシュバックする記憶。飛び散る赤い模様は……血。見える、思い出し、た。
あそこにいたのは、ゴブリンだけじゃない……アレは……そうだ、確か一緒に来ていた人が、言っていた……ボス、モンスターって。
「やるじゃねえかお嬢ちゃん。無駄だけどなあ」
ルフス兄が腕を抑えると、斬り飛ばされた腕が再生した。これがまさか……スキル。
「さすがに強力なスキルと経験でBランクに上り詰めただけはありますね」
「それはギルドの公僕共が勝手につけたランクだ、俺らは試験を受けてないだけでSランクだよ」
「何故、そんなにお金が必要なのですか?」
「初心者と違って俺たちはオリオンにいたところで円卓会議から金がもらえるわけがねえ。その上オリオン以外の居住が認められねえし、移動にも許可証がいる。金が要るんだよ、生きるためにはなあ!」
強烈な攻撃の嵐を捌き切るのに、アスハさんはかなりの集中力を使っている。
反撃にも神業のような反応と斬撃を要する割に即座に回復されては是非もない。
ただ、これ以上……こんな馬鹿みたいな問題を大きくさせるわけにはいかない。
体力を十分回復させた俺は立ち上がり、ルフス兄に向かった。
「邪魔だガキが!」
剛腕の裏拳が炸裂する。まるで大木が躍るような一撃。
寸前で膝を折って地面を滑り、躱すと同時に腕に取りついて、関節を極める。どれだけ鍛えていようと、ここは関係がない。
「邪魔だって、言って――」
「少し手荒になります。お覚悟を」
目に見えない程の斬撃が、赤い風になって吹き荒れる。豪風が襲い掛かり、ルフス兄は胴体から上が地面に落ちた。
「スキルは大きな力ではありますが、帝国人が魔法を使うために魔力を使うように魔力を使います。さすがに胴体をくっつけるのには時間がかかるでしょう」
「ああ、お兄ちゃん、いけないや、こんなところで、死んじゃあ――!」
「そこまでだ。お客人、すまないな、日課の読書をしていたところだ、入ってくれ」
黒服を伴って現れた初老の男性。少し禿げあがった頭頂部に顎髭。ワシのように高い鼻にまだぎらつきが残る瞳。黒いノーカラースーツにワインレッドのシャツ。柄が特殊なネクタイ。確かに金は持っていそうな出で立ちだった。
彼こそが、デギオン・マリック。
「それとも、今の今まで殺し合った奴の茶は飲めないかな?」
「いいえ。逆にこちらもドレスコードがなってない件については不問にしていただきたい」
「ああ。お役所勤めも大変だな。そちらの方は?」
「円卓会議騎士団のアスハと申します。私の用事は、そちらのルフス兄弟です」
「彼らは私が雇っているのでね、雇用主として話も私が、しよう」
「レイテシア、大丈夫か?」
「大丈夫……ですわ……」
「へへっ、また後でな、お嬢さん方」
互いに剣を納める中で、ルフス兄はもう再生していた。とんでもないスキルというか……強すぎるだろう。
通された客間は見たことがない豪華な調度品にふかふかのソファ。
雰囲気そのものが心地いい。
さっきまで応対していた黒服が珈琲と紅茶を三人分適当に置いた。
レイテシアは俺の前に置かれた紅茶を取り、香りを楽しんだ。




