遅れて到着したっていい
何だこいつは本当に。
とりあえず、物価高を調査するために商人たちの話を聞くことにした。
何軒か回った感じで分かったことは、一週間前から突然買い占めが起きて、高騰しているとのこと。
妙な話だが、いくら買い占めても薬草の絶対量が減るわけがない。俺はさらに大元を辿ることにした。
「スカイ、さん……あ、やっぱりスカイさんだ。お久しぶりですね」
声をかけてきたのは……純白の布鎧に真紅のアーマープレート、と同じく赤いーフコートに身を包んだアスハさんだった。長い髪の毛も後ろでくくってもう一度上げ、ポニーテールを短く結い直す。サイドからはおさげをたらして印象がグッと変わった。
「アスハさん? めっちゃかわいいですね」
「え、あ? あ、そう、ですか? 嬉しいです」
「ああごめんなさい、急に。そうだ、彼女はレイテシア・フォン・レッドロード、ギルドの新人で俺の後輩です」
「レイテシア・フォン・レッドロードですわ。よろしくお願いいたします」
「初めまして、アスハです」
「あなた、転生者……スカイさん、先に行きます」
レイテシアは行き先も分からない癖にすたすたと歩いて行った。
帝国ではファミリーネームを持たないことはない。仮に孤児として教会で暮らしても、教会の名前が付く。この間の孤児なら例えばレンドアが名前になったりする。
転移者の中でも名前のみはそこまで多くないからこそ、転移者だと勘づいたんだろう。ぶっちゃけそれ以外、見た目の上で違いはないのだから。
「私、何か悪いこと言っちゃったかな……」
「あいつの家族は転移者と因縁がありまして……気にしないでください」
「これからお仕事ですか?」
「そうなんですよ。最近薬草が高くて。商人より上流にある仕入れ屋に調査をと思って、この先にデギオン・マリック氏の家があるんです。アスハさんは、こんなところで何を?」
「私もお仕事なんです」
「騎士団に入って、どうですか? 慣れましたか? 何か困った事とか」
「ふふ、大丈夫ですよ。あの、スカイさんってお休みはいつなんですか? ギルドっていつも空いてますよね」
「ギルドの夜勤入るとまた別になりますけど、大体週の半ばに一日」
「一日? そんな、体がもたないです。もう少し休んだ方が……」
「あはは、俺頑丈なんで大丈夫っすよ。あ、それより、俺が特訓する事、他の人には……」
「言ってません。私、口は頑丈なんです」
「硬いんじゃなくて頑丈なんですね」
なんて、あまりに久しぶりな会話を楽しんでいると、奥で微かに叫び声が聞こえた。
この声は、お嬢様がまた何かしでかしたのか?
急いで向かうと、俺たちが向かう予定だった仕入れ屋の邸宅前だった。
どうやら無理に入ろうとしたところを門番に止められたらしい。当たり前だ。
まったく、そう言えば接遇マナーってやつを教えていなかったっけな。それ位、来る前の研修で習っててくれ。ロイヤルマナー以外にも学ぶべきことは多いはずだ。
豪商人、デギオン・マリックの邸宅は郊外に建てられた二階建てで横に広い家だ。大きな庭と背の高い木々。門も立派な構え。町一番の金持ちと言っても過言ではない。
そんな建物の前で騒ぐなよ。
「あの、すみません、ギルドのレンヤ・スカイと申します。デギオン・マリック氏にお会いしたいのですが」
「アポイントがないと何度も伝えているんだがね」
黒服の巨体。屈強な肉体で見るからに力強く、雄々しい。ちょっとやそっとじゃビクともしないその姿は大いに威圧的だ。
「レイテシア、下がって」
「嫌ですわ。話す事すら許さずに、苦しむ民の声も傾けなくて何が商人か」
「勘違いをしているようだなお嬢ちゃん。ミスターはお忙しい方だ。これ以上騒ぎ立てるなら、ギルドに苦情を入れることになるぞ」
「その程度でわたくしたちは退きませんわ。大体、後ろめたいことがあるから会わないのでしょう? わたくしはレイテシア・フォン・レッドロード。きちんとお話ししましょう」
「くどい。用心棒たち、お客様がお帰りだ、丁重にお返ししろ」
黒服がそう言うと、奥から姿を現したのは……二人組の男たち。
確か名前は……ルフス兄弟。
「へっへ、誰かと思いや、この間の公僕じゃねえか」
「お兄ちゃん、こいつら、どうやら色々嗅ぎまわってるらしいぜ。なあ、邪魔だよなあ」
「そうだな、弟よ。この間コケにされた分を、たんまり返さないとなあ」
急に飛び掛かり、地面を殴る。すぐさまレイテシアの背中を掴んで引っ張った。
強烈な一撃……と言って差し支えないはずなのに、随分軽く腕を振っただけで地面を抉りやがった。
レイテシアを引かせてなかったら今頃……。
思わず身震いした。この一撃はまるで、モンスターが俺達にするような純粋な暴力……いや、モンスターに狩人が向ける、殺意だ。
「おっと、久しぶり過ぎて力加減がおかしくなっちまった。すまねえすまねえ、ちゃんと死なない程度に、手加減しねえと――」
ルフス兄が拳を振り上げた瞬間、俺は背中を盾にしてレイテシアを庇った。
重すぎる、まるで城門を砕く鉄球がぶち当たったみたいな一撃に息が消える。
「スカイさん!」
「黙ってろ」
レイテシアを押し出して、追撃を両手で掴み、足を入れて挟み込む――
打撃の関係ない寝技に持ち込めれば……そんな俺の考えは、大木のように動かない肉体にいとも簡単に阻まれた。畜生、こいつ、レベル2か。
「ふん、哀れだよな、お前ら、NPCってのは。どれだけ頑張って技を身に着けても、圧倒的な力の前には、あまりに無力!」
俺が掴んだままの腕を地面に叩きつけた。ギリだ。受け身はぎりぎり、首の前に手を差し込んで間に合ったが、しばらく立てない。
「スカイさん!」
「逃げろ、レイテシア……」
「ひゃひゃ、お兄ちゃん、こいつらマジで無様だなあ。なあなあ、俺ってさぁ、女を普通に殴れるんだよねえ!」
俺に駆け寄ったレイテシアの腹を殴るが、間一髪で後ろへ力いっぱい吹き飛ばした。全部とは言わないが、ある程度は攻撃をいなせたはずだ。ただ、マジで、ただの、気休めだ。
「あひゃひゃひゃひゃ、俺がなんで殴れるか分かる? お前らは、人間じゃねえ、NPCだからだよ!」
死ぬ――
拳を前に死を覚悟した瞬間……金切音が高く鳴って、風が舞い上がった。
「すみません、心配だったので来てしまいました」
目を開けると……細い剣で拳を受けきる、紅の剣士の姿があった。




