なんだこいつ
気品ある嵐ことレイテシア・フォン・レッドロードがギルドに新人として入って来て一週間。序盤こそ彼女の奔放な仕事ぶりに疲弊の限りを尽くした俺達ギルド職員は、徐々に慣れを覚え始めていた。
ただどうしようもなく、彼女は人の話を聞かない。自分がすべて正しいと、ノーブルオブリゲーションをはき違えている。どうしたらいいか、俺にはよく分からない。
「なあ、レッドロード。お前、何でギルドに入ったんだ?」
「……何故って、ギルドは民への奉仕が仕事ですわよね? それ以外の理由がございません」
「だったら別に、家督を継いでも出来るんじゃ?」
「父の力を使っては何も出来ませんし、私はレッドロード家を継ぎません。どこかほかの貴族に嫁がされます。それが、貴族令嬢というものですわ」
どこか寂しい顔をする彼女の背景がようやく、チラついた気がした。
何か理由があってここに来てるんだろうし、何か理由があって、こんなことをしているんだろう。
「なあ。家が、お父様が、嫌いなのか?」
「いいえ。わたくしが許せないのは、わたくし自身です。父は立派に責任を全うしています。我が家はウォッチを創設したのはご存知ですか」
「図書館通いなのでその辺は知ってる。それならそもそもウォッチに行けばよかったのに」
「ウォッチは50年前、転移者と戦い負けた。その戦いで祖父は死に、家督を継いだ父は政敵に襲われ、代わりに母が死にましたわ」
「お悔やみを」
「ありがとうございます。ウォッチはわたくしにとっては家族を奪った存在ですわ。わたくしから、唯一残された父上すら、奪った」
「お父上は立派な方だよ。帝都で働いていた頃、よく噂を耳にした。ウォッチ史上、最も厳格で、ダンジョン攻略をも進めた」
だからこその違和感だ。
俺はダンジョン調査の際、お父上、ゼネウス・フォン・レッドロード卿が手配したウォッチの護衛がいた、はずだ。データではそうなっている。記憶の中では同期と転移者の記憶しかない。
「わたくしは父がウォッチで成しえなかったことを、ギルドで成したい。ここへ来たのは、父の差し金ですが、すぐに戻りますわ」
「どこに」
「帝都。わたくしの家ですわ」
「……俺もな、帝都に戻りたいんだよ。そのために、協力してくれないか?」
「帝都に戻るというと、あなたは元々、帝都に?」
「ああ。ちょっと前のダンジョン攻略で、俺だけ生き延びてしまって、その罪滅ぼしさ」
「あなたがあの、生還者だと?」
「辞めてくれ。落ち伸びたようなものだ。だけどまあ……みんなの分も生きるだけだ」
「……少々誤解しておりましたわ、あなたには意志と熱意があったのですね」
「まあな。じゃあ新人、町を見て回るぞ。今の物価高を知っているか? 薬草が800Gになっちまってる」
「でしたら他の薬に頼ればいいではないですか」
「安いことに意味があるんだ。モンスターとの戦いはもちろん人との戦いから、頭痛、リウマチにまで効く。ヒール魔法と合わせればもう少し大けがも治る。市民の生活必需品だ」
「わかりませんわ」
「そうだろうな。それでいい。先輩、外行ってきます」
「おん。最近ダンジョンへの調査許可が多くてな。私は行けそうにない」
ダンジョンへの攻略が始まる前の前段階かな。まだ外に出してはいけない情報のはずだから、俺は適当に苦笑して見せた。町へ向かう準備をしつつ、仕事を整理しよう。
町を回る理由はもう一つ。上手いこといってるかどうかだ。まず向かったのは教会。
一週間で終わる工事がまだ終わってない。
「こんにちは、シスター」
「ああ、ギルドのスカイさん。それと、ギルドの新人さんの――」
「レイテシア・フォン・レッドロードですわ。家の名よりも、お名前で呼んでくださる?」
「ではレイテシアさん、こんにちは。本日は何のご用件でしょう」
「工事が終わっていないようなのでどうしたのかな、と」
「ああ……ウチでは孤児を預かっているのですが、工事中でもはしゃいでしまっているようで、その度にストップしているんです。あとは、少々豪奢な飾りつけで、お手入れが出来ないので簡素にしてほしいとお願いしたのですが……職人様のプライドに障ったらしく……」
「帝都でも名高い職人ですので、終わるまで口出しせずに待つのが礼節というものですわ」
「シスター、改めて転移者を派遣しますので、後日改めてお待ちいただけますか? お代は既にお支払いいただいたもので結構ですので」
俺はシスターに一礼して、レッドロードの腕を引いて教会から少し離した。
「庶民の現実を知れ、ご令嬢」
「レイテシア、ですわ」
「ああそうかいレイテシアお嬢様。求めてないことまでする必要はないんだ」
「良い生活をすることが不要だと?」
「レイテシア、君のやり方は、教会を直すっていう目標から外れてる。施しは寄り添いから遠い場所にいるんだよ」
「施しって……」
「知らないだろうが、ギルドにクレームが増えた。内容は、この間はやってくれた、だ」
「どういうことですの」
「下手に前例を作り出すと、以降も同じサービスを平気で求められるんだ。例えばそれが特殊技能だったり、その人にしかできないこと、大きくお金のかかる事だったら、次に受け付けた人が出来ない可能性が大きい。了承が出来ないから指標に従ってできることとできないことを伝えているんだよ」
俺達お役所仕事が馬鹿面倒くさいのは、利用者に期待を持たせない事。頼まれたことがガイドライン通りなら確実に俺たちが寄り添って解決可能だからだ。
伝える前に外に出してしまった俺の責任ではあるが、レイテシアは随分と、深く悩んでしまったようだ。
動きを止めて、口元を隠して狼狽している様子だった。俺も言いすぎたが、誰かが言っておかないと、レイテシアは止まらなった。
「分かりました。ですが、わたくしは正しいと、あなたに必ず認めさせます。それまでは、教えを乞いましょう」
「教えを乞う姿勢でもなんでもない。どうして上から目線が続けられるんだ」
「早く行きましょう」




