研修期間
ということで、ただでさえ忙しい通常業務に加えて新人教育までも俺の仕事に加わってしまった。
レイテシア・フォン・レッドロード。レッドロード家という帝国の侯爵令嬢だそうだ。侯爵と言えば王、公爵に次ぐ位であり、次代を担うまさに支配者の家柄。
家のデカさが自尊心に直結して、あんな厚顔無恥も良いところな自己紹介になるか?
父親と違いすぎる。侯爵閣下はもう少し厳かだったし、ダンジョンへの知見も高かった。
「レンヤ・スカイだ、よろしく頼む」
「わたくしはレイテシア・フォン・レッドロードですわ。このような場所であれば、知らないかもしれませんが――」
「俺も元は帝都にいたから名前は知ってるよ。レッドロード侯爵閣下は非情に賢明な方だと噂はかねがね」
「なら、わたくしの教育係を賜って光栄に思うことね、スカイさん」
「ああ、そうだな。まずは後ろで見ていてくれ」
カウンターについて札を準備中の取りつつ、応対を始める。
「いらっしゃいませ、ご用件は」
「ギルドに初めてクエストを出したいのですが、張り出し方を教えてもらいたくて」
やってきたのは教会のシスターだ。この町は田舎といえども近くにオリオンがある。オリオンの転移者たちは街に買い物に繰り出すこともあるし、教会に訪れることもある。
町で商いや聖職者になることは法で禁じられているけど、その逆は大いに自由。だからこそ、町は潤っている。
「かしこまりました。まずはクエストの内容をこちらの記入例に沿ってご記入ください」
とりあえず、レイテシア・フォン・レッドロードに仕事を見せるのが俺の仕事だ。
「なんですの? この、教会の改修作業と言うのは」
「ああこら、勝手に見るな。すみません、研修中でして」
「ああ、いえ。わたくしどもの教会は長年町を見守ってまいりましたが、とうとうガタが来てしまいまして。転移者の方の中には優れた建築技術を持つ方がいると聞きましたので」
「あら、そう言う事でしたら、わたくしの家お抱えの建築士がいますわ。すぐ手配して差し上げます。どこですの、その教会は、すぐ行きましょう」
「ああ、おい待て馬鹿!」
勘弁してくれ。
その後、馬鹿が輝石でお抱えの建築士を呼んで即座に工事が開始されてしまった。
教会の修繕を何度も賜った高名な建築士だそうで、物の一週間もあれば修繕どころかモダンな作りの建物になるのだという。
俺は教会の前で神の前とシスターの前に膝をついた。
「懺悔します。俺が至らないばかりに後輩の暴走を止められませんでした」
「ああそんな、お気になさらず。ただ、これほどの上等な工事にお支払いできる額をご用意できるかどうか……」
「心配いりませんわ。わたくしの私財で充分ですもの。なに、お気になさらず、これはわたくし、レイテシア・フォン・レッドロードからの贈り物ですわ」
シスターは困ったような笑顔でぺこりとお礼した。
逆に俺は冷や汗が止まらない。まずい、問題を何個もすっ飛ばしているが依然として何も解決していない。
「すみませんほんとに、あとでクエストの発行方法についてはお教えいたしますので」
「お願いします。本当は、転移者の方々に少しでもお仕事を、と思ったのですが」
「転移者、にですか……?」
「はい。転移者の方々にとても親切にしていただいているのですが、その……あまりいい噂がないといいますか、恐怖が、見る目を変えてしまっていると思うのです」
シスターの意外な言葉に、俺は黙ってうなずいた。
そうだ。転移者は皆が恐れる力を持ってはいるが、それを行使しようとする人間は少ない。
シスターの言う通り、イメージアップになるような仕事を紹介するのはギルドの仕事かもしれない。
「ですので、教会の修繕をしていただければ、ここに来る方にだけでもお伝えできるかと思いまして」
「持ち帰って、クエストの募集紹介野方法について検討させていただきます。この度は、私の部下が出過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」
「いいえ。おふたりに主のご加護があらんことを」
シスターに一礼すると、馬鹿令嬢が消えていた。既に工事は進められているし彼女がいる必要がないと言えばないんだろうけど、なんだそれは。責任感はどこにある。
キョロキョロ見回る俺の輝石に連絡が入る。砂のように白い文字がさらさらと浮かぶ。先輩だ。こっわ。どうしよ、ぶっちしてもいいかな。胃が痛くて許されないかしら。
「はい」
『馬鹿が、馬鹿の馬鹿が馬鹿みたいに依頼を適当に請け負って私財で解決している。私は馬鹿に馬鹿を御しろと言ったはずだが』
「可及的速やかに対処いたします」
『ナウだ。いいか、クイックかつスピードで解決しろ』
「イエスマム」
通話を終了。とりあえず、馬鹿令嬢を探して回った。
あるところでは転移者と町人のいざこざを大金で終わらせてみたり。
不作に悩む農家に馬鹿みたいに高い肥料と濃厚魔法をただで渡してみたり。
またある所では川の氾濫を防ぐための堤防を立てたりと滅茶苦茶金を使い回った。
すごいな、レベル感が全く違う。金持ちって暴力だな。物理的にも精神的にも。
一応、ギルドが仕事を請け負うというプロセスを踏む必要があるため、人員配置と事後処理、また事務処理で当分残業が確定した。
別にそれは良い。仕事自体嫌いじゃない。だが、リスクが多すぎる。
「おい待て、レッドロード」
「なんですの? スカイさん」
「やっと捕まえたぞお前。ああクソ、もうちょいで定時だから手短に言うが、勝手は止めろ。手順を踏んで、規定に従った仕事をしろ。今日はもう終わりだから――」
「何故ですの?」
「え?」
「何故、問題を早く解決することが悪いことのようにされなければなりませんの?」
「なぜって、リスクもある上に、これ以上は俺達ギルドが責任を負えない――」
「わたくしがこの名において請け負いますわ。民を助けるのは貴族の務めですもの」
自信満々に言ってのけるレッドロードに俺は文字通り頭を抱えた。頭いてえ。
彼女にとってこの横暴は正義だし、確かに町人にとっても速い事問題が解決するのは願ったりかなったりなのだろう。だが、この解決方法は、あまりに短命的なんだ。
それを説明する時間も技量もぶっちゃけ俺にはないし、何より新入りを残業させるわけにもいかない。




