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放課後のエンタングルメント  作者: 五五五 五
第三章 冬の果てに
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第124話 絶体絶命

 セラフモドキから逃げ出した藤咲だったが、その前方には当然ながら落ち武者型のマリスが居並んでいた。


「どけぇぇぇっ!」


 叫びながらデタラメに金色の剣(ソード)を振り回す。

 剣の扱い自体素人で基本すらできてはいないが、超人化によて拡張された身体能力は凄まじい剣速を生み出し、落ち武者たちを次々に斬り刻んでいった。

 しかし、いかに金色の武具(アースセーバー)の魔力によって超人と化し、スタミナも倍増しているとはいえ、それでも限界はある。戦いが長引くにつれて息が切れ、動きが鈍くなっていくのが自分でも分かった。

 もはや余裕はなく、必死の形相で敵と戦いながらデタラメに逃げ続ける。何体の敵を屠ったかは覚えていない。十体より先は数えていなかった。

 気がつけば、廃屋の壁を背に落ち武者たちに周りを取り囲まれている。

 周囲を見回すが近くには仲間の姿もない。乱戦の中で、いつの間にか孤立してしまったようだ。

 腕が重く、息が切れて、疲労と恐怖で膝が笑っている。気温が低いせいか吐く息はやたらと白く、全身からも湯気が立ち上っていた。

 目の前には無数の敵が立ち並び、刀や槍を手にジリジリと近づいてくる。手にしたその刃で藤咲の身体を貫き、引き裂き、肉片に変えるために。

 初めて死を意識し、魂が凍りつくような焦燥感が込み上げるが、それに呑まれたら一巻の終わりだ。それくらいのことは分かっている。


(お、落ち着け、俺。ピンチなら、これまでだって何度もあっただろ)


 必死で自分に言い聞かせて恐怖を振り払おうとするが、そんなに都合良く自分の心理を制御することはできない。いつしか歯の根がガチガチと音を立て始めていた。

 ついには心理的圧迫によって視界が揺れ始める。辛うじて剣を握りしめてはいるが、それを振り回すことさえできそうにない。


(死ぬのか、俺は……? こんなところで……?)


 これまで何度となく窮地を救ってくれた希美もここにはいない。彼女は今、こんな落ち武者よりも遥かに危険な相手を引きつけてくれている。

 それを意識した時、藤咲はようやく気がついた。


(ああ……あいつらって、本当に正義の味方(ヒーロー)だったんだな)


 慚愧に言われたとおり、正確にはヒロインと呼ぶべきなのだろうが、この方がしっくりとくる。

 日常に割り込む非日常的な危機。並の人間では太刀打ちできない圧倒的な恐怖。そんなものから人々を守るために地球防衛部は存在していたのだ。

 学校では変人の集まりのように揶揄され、一般人からは決して理解されないにもかかわらず、あえてその看板を堂々と掲げ続ける理由も今ならば分かる。

 彼らは常にサインを出していたのだ。こんなバケモノから人々を守る存在が、ちゃんとここにいるのだと。

 正義を名乗れば、すぐに揚げ足を取られて「偽善」と罵られる時代にあっても、変わることなく正道を貫く者たち。そのありがたみが、ようやく身に染みていた。


(やっぱり、俺なんかとは違うんだ。自分の色恋のために戦う俺には、金色の武器(これ)を持つ資格なんてなかった……)


 自らが手にする剣の輝きを見つめながら静かに思う。


(未来さん、希美……それに、みんなもごめん。せめて俺の死は背負わないでくれ)


 藤咲は胸の裡で祈るようにつぶやいた。普段は冗談ばかり口にしている彼だが、これは心からの願いだった。

 諦観に呑まれた藤咲に向けて、ついに落ち武者が殺到する。

 だが、もう身動きひとつできない。襲い来る絶対的な死を静かに見つめるだけだ。不思議と恐怖は消え、穏やかな気持ちで瞼を閉じる。

 これでやっと楽になれる。そんな気持ちにさえなっていた。

 衝撃が彼を襲い、硬い物がまとめて砕け散る音が響く。


「がはっ……」


 痛みで思わず声が漏れた。

 何が起きたのか、すぐには分からない。

 魔力の暴風に煽られるようにして壁に叩きつけられたのだと知ったのは後になってからのことだ。

 ただ、その衝撃によって藤咲はようやく我に返っていた。


(バカか、俺は! 悟ったふりして諦めてんじゃねえ!)


 自分に向かって毒づくが、すぐには身を起こすこともできない。地球防衛部のマントによってダメージはほとんど受けなかったようだが、蓄積された疲労が四肢から力を奪っていた。

 それでもなんとか目を開ければ、そこに地球防衛部の部長――月見里朋子の姿がある。彼女は金色の大金槌(ロングハンマー)を両手で構え、敵の群れのど真ん中で不敵な笑みを浮かべていた。

 彼女の周囲には粉砕された落ち武者の残骸がガラスの華のように舞い上がっている。美しくも凄絶な先輩の姿に、藤咲はしばし声を失くしたように見とれていた。

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