第120話 戦闘開始
吹雪を突っ切って村の中に出ると、明るい陽射しが一行を出迎えた。ここも一面の雪景色ではあるが、空は青く澄み渡っている。
振り向けば背後には吹雪に満ちた白い世界が広がっており、ここから見るとそびえ立つ断崖絶壁のようだった。
「すごい……。台風の目に入ったみたい」
朱里のつぶやきに、内心では同意しつつも、篤也は油断なくあたりの様子を探る。
廃村に並ぶ家屋の群れは、基本的には和風の屋敷だが、瓦葺きの屋根の上には古いアンテナが立っており、バルコニーなどを備えた和洋折衷のものも少なくない。そこにはエアコンの室外機なども備わっていて、微妙に情緒を損なっている。
もともと西御寺家の重鎮が使っていただけあって、どの屋敷も面積だけは広く、大きな庭を備えているため、戸数のわりには大きな村となっていた。
「来るわ!」
敵が姿を現すより早く耀が警鐘を鳴らす。辺り一帯に濃い魔力が立ち込めているため、判別は困難だったが、それでも彼女は敏感に危険な魔力を感じ取ったようだ。
その言葉の通り、前方の雪が盛り上がり、複数のマリスが姿を現す。形状は古寺や河原で戦った落ち武者型のマリスに酷似していた。
「みんな馬を降りろ。経験のない馬上戦闘はかえって危険だ」
篤也が指示を飛ばすと、仲間たちは、それぞれに馬から飛び降りて武器を構え直す。
「派手に行くぜ!」
先陣を切ったのは慚愧だった。
「奥義、虚空旋月!」
大刀に乗せた魔力を豪快に解き放ち、複数のマリスをまとめて斬り飛ばす。
彼の戦いぶりを間近で見るのは初めてだが、想像していたよりも遥かにレベルが高い。この状況では頼りになる味方だった。
続いて篤也が敵の群れに手の平をかざして使い慣れた魔術を解き放つ。
「雷光よ!」
迸った稲妻が敵の群れをまとめて粉砕していく。
希美のようにあらゆる術を呪文なしで操れるわけではないが、若かりし頃より研鑽を重ねたこの術を使う時は篤也も呪文は必要としない。精度も極めて高く、無駄なく敵を撃ち砕いていた。
「すげぇぇぇ」
感嘆の声をあげる藤咲。
「けど、俺だってこれさえありゃあ!」
藤咲は気合いを入れ直すと金色の剣を大仰に構えた。槍を手にしたマリスが目前に迫るが、金色の武具を手にして超人となった彼の目には、さしたる脅威には映らないはずだ。
臆することなく金色の剣を振り下ろすと、一撃で敵の身体を両断する。
「気っ持ちいい!」
素っ頓狂な声を上げる藤咲。
超人化がある種の高揚感をもたらしているのだろう。初めてのことともなれば、その力に酔いしれそうになるのも無理からぬことだが、彼の横をすり抜けるようにして前に出た朱里が、金色の拳鍔を繰り出して、次々にマリスを粉砕するのを見て、我に返ったようだった。
「お前、すげえな……」
唖然とする藤咲。
実際大したものだ。やや地味で大人しそうな少女が巧みなフットワークと鋭い拳撃で矢継ぎ早に敵を撃破していく様は、なかなかに爽快だった。
朱里は敵から視線を外すことなく、藤咲に向かって告げる。
「油断しないで。これはゲームじゃない。命懸けの戦いだよ」
「お、おう」
意外に素直に頷くと、藤咲は金色の剣を握り直した。素人にしてはマシな構えだが、篤也の目から見れば危なっかしいものだ。
その彼に向かって深天が告げる。
「まずはわたしがまとめて蹴散らしますので、あなたは撃ちもらしを片づけて下さい」
深天が手にする金色の武具は一対になった鉄扇だった。リーチは短いながらも、この程度のマリスは楽に叩き潰せる力を持つ。
しかし、この武器には別の使い方があった。
「くらいなさい!」
叫びとともに一振りすると、竜巻のごとき突風が吹き荒れる。それはマリスを吹き飛ばすのみならず魔力に満ちた暴風によって粉々に撃ち砕いていった。
これを左右の手で交互に繰り出すことで、凄まじい殲滅力を発揮するが、ストックされた力を使い切ると、魔力のチャージが終わるまで風を起こせなくなるという欠点がある。
この場合、それを補うのが藤咲の役目というわけだ。
彼は深天が後ろに下がるタイミングで前に出ると、暴風をすり抜けてきたマリスを手にした金色の剣で斬り裂いた。
一体、二体と斬り裂くうちに武器が身体に馴染んできたのか、身体のキレが増して目に見えて戦闘力が高まっていく。
奮戦する仲間の姿を、耀だけは直接戦闘に参加せず、コカトリスを胸に抱えながら見つめているが、これは全体の戦況を把握して、必要に応じて適切な支援をするためだ。
神聖術を失い、金色の武具も手にしていないが、彼女はもともと篤也が認めるほどの魔術師である。
積極的に前に出れば、かなりの敵を蹴散らせるだろうが、この戦いの目的は敵の殲滅ではない。未来の救出さえ果たせれば、その時点で撤退することになっている。その時のためにも可能な限り彼女には魔力を温存してもらう予定だった。