間章
とんでもないことだと思った。王族の直系、それも、次期国王たる王太子の婚約者であれば、王の縁戚または公爵家、責めて最低でも侯爵家の出自でなければ。
伯爵家など言語道断。まったく例がないわけではないが、三百年以上脈々と続く高貴なるルクレール家の歴史の中でも、それは片手の指さえ余るほどの稀有の例だった。
とはいえ、伯爵家の方が王家からの婚姻の申し込みを断るなど、王家の面目丸つぶれもいいところ。だからこそ、王家側は公に婚姻を申し込む前に、私信として手紙を寄越したのだ。
このままではいけない。私はベルナール伯爵家の娘。私はお父様に頼み込み、どうにか取り下げてもらえるようにと願った。何かの間違いだったとしてしまえば、今ならばまだ間に合う。少なくとも、そうなってしまうよりはいいはずだ。
しかし、お父様がどれだけ働きかけても、王太子の考えはまったく揺るがない。果ては「この名にかけて」誓うなどという恐ろしいことまで言われてしまった。「彼女しかいないのだ」と。体が震えるほど恐ろしかった。玉璽が燦然と輝く便箋を見た時には、正直卒倒したかった。
恐ろしかった。恐ろしかった、のに。
生まれもしなかったはずの初恋が、少しだけ動いた。
そんな気がした。