2‐1
『あぁ、生温かいこの感触。そして鼻を刺すようなこの臭い。そう、これらはかつて姫へと至った者たちの亡骸。
俺は999人の姫の未来を奪ってきた。
寝る度に見るこの走馬灯は双黒の大賢者として覚醒したことへの代償だと思っていたけど、愛すべき姫を救えなかった悲しみからなんだろう。
999人殺めたから1000人殺めていいというわけではない。
「だから――だからひぃたんには、花を摘んで笑って、友達に囲まれて、あの無邪気な声で『しぃたん!』って呼んでほしい。
……ひぃたんらしく、生きてほしいと、今、心から願う。 ……俺の手で、1000人目にしてしまわぬように。』
――「しぃたん、おはよー!」
シスイの思考をぶち壊す、無邪気な声が飛び込んでくる。
目を開けると、そこには大切そうに貝殻のブローチを手にしたヒスイが立っていた。
「あ、起きた?もう、寝るならお布団で寝ないとダメなんだぞ!ねぇねぇ、これひぃたんのお胸につけて!」
幼さ故なのか、ぶきっちょなその手からブローチを受け取ると、シスイはそっと右胸につけ、さらに昨日もらった花冠から一輪の花を抜き取り、隣に刺した。
「これでばっちりだな。べっぴんさんになった。」
ヒスイが「ほんと!?」と目を輝かせる。
その笑顔を見て、シスイはふと心の中で呟いた。
(――この未来が、いつまでも続けばいいのに。)
「さ、一緒に学院にいくぞ?」
「うん!」
シスイはヒスイの手を引き、朝日に照らされた石畳を踏みしめながら、学院へと向かった。
今日は王立魔法学院の入学式だ。
それもあって、本校があるバルゼリアの街は出店で溢れ、まるで祭りのような賑わいを見せていた。
「すっごーい!こんなのひぃたん初めて見たよ!」
ヒスイは目をキラキラさせながら、シスイの袖をぐいぐい引っ張る。
「ねぇ、しぃたんも?しぃたんも?」
「あぁ、噂には聞いてたけど、こいつはすげぇや」
広場では大道芸人が芸を披露し、子供たちが歓声を上げている。
街頭ではポテトやフランクフルト、焼き鳥などの香ばしい匂いが漂い、二人の食欲を刺激した。
そして、目の前には綿あめの屋台。
「買って買って~!あの雲さん、ひぃたん欲しいの!」
ヒスイはシスイの袖を引っ張りながら、大きな目をさらに見開いている。
シスイは小さくため息をつきながらも、財布に手を伸ばした。
(……ひぃたんがこんなに楽しそうなら、今はそれでいいか。)