第6話 菊
道原 菊12歳
菊は入学してから絵を本格的に勉強していた。
それまではただ好きな絵を描いていた。
絵がうまいのは近所でも有名だった。
親が、もっと勉強させようとして入所させたのだ。
成績は今ひとつだったのにおみくじで選ばれたのだ。
菊より成績の良かった者はたくさんいた。
しかし、おみくじの方が優先だったから合格できたのだ。
そして入学した菊に待っていたのは挫折だった。
いろいろな手法の絵に驚くばかりだった。
それまでは見たままを描くだけだった。
学校に来てからはその手法の多さに自信もなくしていった。
自分の描くものがつまらなく見えた。
ただ目の前の物を描くことに平凡さを感じて失望していた。
そして、ぼんやり他人の絵を睨んで日々を過ごしていたのだ.
そんな菊も目の前で練習している先輩をみると元気を分けてもらえた。
なんとなく光り輝いているのだ。
思わず筆をとって写生をしていた。
自分にとって絵は離せないものだと痛感した時だ。
しかし、気は焦るのだがうまくかけなかった。
同僚からはそんなことしてると雅雄様に襲われるよと注意されていた。
集中している菊は隙だらけだからだ。
しかし、絵を描いているときはいくら隙だらけでも襲われなかった。
菊は、そんなことより絵を止めようかと迷っていたのだ。
先輩のおかげで自分のさがとは痛感した。
しかし、自分の描く絵にはテーマなど存在しない。
多くの見せられた絵には作者が何を言いたいのか主張があった。
そんな絵ばかりを見ていたので自分を見失ってしまったのだ。
そのため、注意は完全に散漫になっていた。
絵を描いていてもテーマのことばかり浮かんで集中できなかった。
いままで信じてきたものが崩れていくようだった。
そのため、食堂に掲げられた一枚の花の絵をぼんやり見ていた。
そして、警告通り雅雄にだきつかれてしまったのだ。
抱きついた雅雄。
しかし今回は様子が違った。
いつもなら抵抗するはずが反応がない。
それどころか泣き出してしまったのだ。
雅雄としても予想外だった。
周りからは非難の目。
あわてて、手を引っ張り連れ出した。
後には雅雄を非難する抗議の声ばかり。
雅雄は菊から事情を聞く。
そして、菊が絵の才能に自信をなくしていることを知った。
雅雄の目には菊の絵の良さは一目瞭然だった。
なにより、歴史が証明していた。
だが、菊にとって慰めは傷をふかくするだけだ。
それゆえに雅雄は花畑に菊を連れ出す。
そこに咲く幾百の花。
同じ花が並んでいる。
菊に説明をする。
人間の目から見ればどの花も同じに見えるということを。
菊は何を言ってるのか意味がわからなかった。
数本の花を摘んで、そして、並べられた。
どの花が一番綺麗かと聞かれたのだ。
菊には見分けが付かない。
みんな同じに見えるのだ。
雅雄様に説明された。
本質を知らないものは差が見分けられないことを。
絵も同じだということを教えられた。
本質を見極めた目で物事を見なければなにが重要か見えてこない。
そのためにはひたすら修行するしかないと、
今の菊は絵の勉強不足で知識が不足していることを言われた。
だから、他の絵がみんなすばらしく見えてしまうこと。
他人の絵は良く描けてる様に見えることを教えられた。
菊のテーマそのものではなく絵を書くレベルを上げろといわれたのだ。
そして、雅雄は菊の絵の良いところを教えた。
菊の絵はすばらしいものなのだ。
本人が無意識に書くことが感動を生むテーマだった。
それに気づかずお仕着せのテーマを追っていた。
でも、配色の知識、遠近法、など根本的なものが欠けていた。
絵を描く技術そのものが劣っていることを教えたのだ
丁寧に書いても、色が混ざって滲んでしまうことなども教えた。
錯視の知識だ。
だが根本的なセンスという物は格段の優れたものがあることを教えた。
なにより、菊の絵が生きていることを教えたのだ。
菊は今までの迷いが消えていることを知った。
でもそこまで知っている雅雄様の技術は?
念の為に花のことを聞いた。
驚くべき回答が返って来た。
花の細かいところを説明されたのだ。
それは、花の生育環境などこまかいところまでだ。
花壇の花一つ一つが違う顔を持っていることを教えられた。
花壇の似たような花でさえ見分けがつくのだ。
それでは人間は?
雅雄様が人間を選んで抱きついていることは当然だった。
では、抱きつかれた人間は?
菊はそれを独自に調べて驚いた。
その記録が残っていることも驚きならその結果もだ。
雅雄様が抱きついた人の中に多くの偉人がいた。
菊でも知っている有名な人ばかりだ。
また、抱きつかれた人で卒業できなかったものは一人もいないのだ。
無差別に抱きついているわけではなかった。
では、自分は?
そう、雅雄様に選ばれたのだ。
その事実が菊の自信に繋がっていく。
その後、菊は絵そのものを上手に描く方法を勉強していく。
他の画家と違いテーマなど決めず、ただ目の前の描きたいものを描く。
そんな菊の目に花壇の脇で掃除する先輩が目に入った。
動きがすごくきれいなのだ。
思わず筆を取って描いていた。
その絵は先生に認められ掲示板に掲げられた。
雅雄の評判は落ち続けていた。
菊を抱きついて泣かせたことが問題になっていた。
しかし、掲示板に掲げられた絵を見た者たちから悪い噂はきえていった。
雅雄が菊を蘇らせたことが知れたからだ。
抱きつきが生徒の元気を出させる一つの方法だという噂が広がっていったのだ。
雅雄の抱きつきの記録は雅王女が独自に聞いて記録していたものだった。
卒業生一人一人の面接のときの記録だった。
探すものがいないだろうと目録外で置いていたメモだ。
それは図書館に隠していたものだった。
たまたま菊が見つけて図書の目録に登録してしまった。
卒業後、菊は写実画の天才と言われるようになった。
菊の描く絵は現実に飛び出すとまで言われたのだ。
他の画家と違い頼めばなんでも描いてくれるので人気だった。
天井に絵を描けば平面の天井が立体的になるほどだ。
窓からの採光や入り口からの目線などを巧みに利用しての画法だった。
そういう技術的なものを学校で学んできたのだった。
菊は自分の描いた絵を誰かに見せようとしていた。
しかし、その人が誰か思い出せなかった。
その頃、雅雄はもうそこにはいなかったのだ。
しかし、菊の思いは通じた。
菊の描いた絵は数百年先まで保存され人々に愛されていた。
何よりも、雅雄が作られた世界でも菊の絵は展示されて有名だった。
破壊された中、残された文化の一つだ。
当然、雅雄も桔梗と一緒にそれを目にしていた。
その作者を目にしたのでおみくじを操作したのだ。