第5話 百合
野山 百合14歳
百合は紅国出身だった。
父親が商売で白国に来たとき雅学校のことを知った。
初めは冗談で言っていると思ったのだ。
それが、結局押し切られて入学していた。
武術はそれまで猪拳を習っていた。
しかし、学校には猪拳は無かった。
自分の習っていた武術が田舎の拳法だと思うといやだった。
そのためみんなには内緒にして狼拳を習っていた。
一緒に習っていた梨花という娘は速度もあってうらやましい。
いくらこちらが攻撃しても当たらないからだ。
腹が立つのでけんか腰で相手をする。
それがあるときから、早く動く要領を教えてくれるようになった。
相手の態度に対してこちらの一方的な態度に恥ずかしくなってきた。
それで、こちらも態度を改めて素直に応じるようにしたのだ。
いまでは梨花と大の親友になっていた。
けれども、梨花と違い狼拳は肌に合わないのが本音だ。
このままでは最後の発表の場では梨花に大きく差をつけられてしまう。
どうしたら良いか、ぼんやり考えていた。
ただその場所が良くなかった。
食堂のみんなのいるところなので油断していた。
抱きつかれて初めて雅雄様の接近に気づいた。
誰も警告してくれなかったのだ。
「百合ちゃん隙だらけ」
名前まで呼ばれていた。
悲鳴こそあげなかったが完全な油断だった。
「雅雄様ゆるして」
泣きまねで勘弁してもらおうとしたのだ。
しかし、見抜かれているいるせいか許してくれない。
「駄目、後で道場へ来るなら許しちゃうけど」
周りから見られて恥ずかしい。
「わかりました、必ず伺いますから」
そう言うとようやく離れてくれた。
「それじゃ、待ってるからね」
いかにも軽い感じであれで師範かと思う。
周りの人はにやにやと笑っているだけ。
梨花が同情するように近づいてきた。
「油断したわね」
「うん、ちょっと考え事をしてたので」
「どうしたの、めずらしいわね」
「うーん、武術のことだけど」
「やっぱり」
「え、わかってたの」
「なんとなくね、百合最近道場で元気ないから」
「わたしね、猪拳をやってたの」
「すごい!、だから威力があったのね」
「うん、でも速度が全然で」
「わかるわ、足運びが違うから」
「どうしても癖が出てしまう」
「どうする。呼ばれたのでしょう」
「行くしかないわよ、雅雄様しつこいから離してくれなかったの」
「そうかしら。私のときはそうじゃなかったわ」
「え!、あなたもやられたの」
「ええ、悲鳴をあげてしゃがみこんだわ」
「まさか?」
「それがね、夢を見てるぐらい隙だらけだったのよ」
「なに、それは」
「思い出したくないわ」
まさか、目の前の百合を串刺しにしたなんて言えない。
それからなのだ、百合と親友になったのは。
あれがなかったら今でも、下手すれば憎みあってたかもしれない。
その不思議な縁に驚いていた。
2人は少し話をしながら教室に向かう。
百合は言われたように授業後道場に向かった。
道場の扉を叩く。
緊張の一瞬だ。
出てきたのは小百合様だった。
部屋には雅雄様一人だけだ。
「来たな、待ってたんだ」
「あの、なんで小百合様が」
てっきり、雅雄様だけだと思っていたのだ。
「決まってるだろう。若い男女が同じ部屋にいることになったら・・・」
小百合様が怖い顔で
「雅雄様、私も若い娘です。おかしなことは言わないで下さい」
叱られていた。
小さくなる雅雄様。かわいい。
思わずほ微笑んで、緊張が解けていた。
小百合様はこちらを見て声をかけた。
「百合さんは猪拳の流れって本当?」
驚いた、誰も知らないと思っていたのだ。
話したのも梨花が初めてだった。
でもその後梨花は一緒にいた、部屋を出るとき後ろにいたのだ。
教える暇はなかったはずなのだ。
「なぜそれを」
「雅雄様から聞いたのよ。なんでも抱き心地がそうだとか」
小百合先生は雅雄様を睨んでいる。
抱き心地といわれると顔が赤くなってくる。
「まさか、それだけで?」
「雅雄様のいうのは正しいのかしら」
「はい、その通りです」
「どう、見せてくれる」
まだ初心レベルのステップだ、人前で見せるのは恥ずかしかった。
しかし、憧れの小百合先生の依頼に動いた。
そして、入門演舞を披露したのだ。
「どうだ、小百合しっかりしたものだろう」
「ええ、入門とは思えないわ。もったいないわね」
2人の会話に驚く百合。
猪拳を知っているのだ。
「お二人は猪拳を知ってるのですか?」
思わず、質問していた。
「小百合は、猪拳正式師範免許を持っている」
雅雄様が答えた。
猪拳の正式師範免許!聞いたことはある。
どこでも道場を開いていい免許だ。
その上、幹部の証明だ。
でも噂では小百合様は舞踊拳の師範とも聞いていた。
まだ20歳そこそこの若さだ信じられなかった。
「どうする。猪拳をやりたいなら私が面倒をみるけど」
小百合様が声をかけてくれた。
夢のような話だ。
でも狼拳に断りを入れないと返事はできない。
「狼拳の方は真弓に行かせるから大丈夫」
雅雄様が、訳のわからないことを言う。
「でも、それでは」
「大丈夫、真弓は狼拳上位師範だから逆らえない」
雅雄様は、とんでもないことをさらりと言った気がした。
ここに来てる師範は狼拳の跡継ぎのはず。
それより上位師範というのは?
「雅雄様、それは秘密のはずですよ」
「すまんすまん、たいしたことではないので」
「あのう、まだ秘密があるのですか?」
「小百合が舞踊拳総師範と熊拳No2と猪拳No2と蛇拳No2だったかな」
「・・・・・・」
「それで真弓が狼拳No2と舞踊拳No2と蠍拳No2と虎拳No2かな」
もう言葉にならなかった。
有名だったシード拳法の上位を2人が占めていた。
もちろんNo1は現総師範のことだ。
どこの拳法も師範の順位が決められている。
上位師範の言うことは逆らえないのだ。
その上位Noを一人が持っていることに驚いていた。
もうこれは下っ端の考えることではなかった。
「もちろん、今のことは秘密だよ。猪拳上位師範からの命令だからね」
「はい、わかりました。猪拳を勉強したしたいです」
「素直でよろしい。小百合これからは頼んだよ」
「はい」
小百合師範が頭を下げていた。
では雅雄様は小百合様より上?
疑問が持ち上がったが質問できる雰囲気ではなかった。
雅雄様がいないときこっそり小百合様に質問した。
そのときはもっときつく睨まれてしまった。
どうやら禁忌のようだ。
その後、百合は小百合様の指導のもと猪拳を本格的に始めた。
当面、道場がないので人目に付かないところでステップの練習をしていた。
百合が一生懸命練習していると後輩がそんな百合を写生していた。
事情を聞くと百合が輝いているとおかしなことを言う。
でも百合にはその言葉はうれしかった。
いままでの暗いトンネルを抜けたように思ったからだ。
卒業発表のときなんと紅国猪拳総師範が呼ばれお披露目になった。
そして、その場で百合は師範登録の認可を貰った。
その次の年から雅学校でも猪拳を正式に始められるのだ。
師範は百合だった。
梨花と2人仲良く師範を始めたのだ。