第1話 椿
ようやく話に入ります。
前振りが長かったけど、これがお話です。
年齢は参考程度に、前ほど検討していませんので。
谷川 椿16歳
椿は最近、悩んでいることがあった。
ダンスのステップがうまく踏めないのだ。
そのため、意識をステップに回してしまう。
踊ることより足元を気にしていたからだ。
そのため、曲に乗れなくて散々な結果だった。
ベテランの先輩なんか踊りながら後輩の指導をしている。
それに比べて自分はと落ち込んでいるのだ。
実際、指導された立場としては、やりきれない。
どうしたらいいか考えてぼんやりしていた。
すると突然抱きつかれてしまった。
「キャー!」
大きな声で悲鳴をあげてしまう。
周りの人はにやにやと笑っているだけ。
その反応でわかった。
雅雄様だ。
「雅雄様、勘弁してください」
半泣きでお願いする。
試験中の重要な時だった。
一回目の試験に不合格を出されて落ち込んでいた。
「隙だらけでぼんやりしているから、襲ってほしいのかなと思ってね」
「そんなんじゃないですよ」
「足に力を入れすぎているから駄目なんだよ」
「え?」
「もう少し、抱き心地がいいとうれしいんだけどな」
「雅雄様、いい加減離して下さいよ」
すると、あっさり離してくれた。
その態度に一瞬拍子抜けしてしまう。
「どう、元気になれた」
その言葉にようやく気づいた。
先ほどまでの落ち込みがどこかに飛んでいた。
「雅雄様、ありがとうございます」
「ん?、お礼を言うというはもっとやって欲しいのかな」
「ちがいますよ」
「それじゃ、真っ直ぐ前を見て頑張りなよ」
そう言って笑いながら去っていった。
相変わらず、いつ現れるのかわからない人だ。
周りの人も協力してくれているはずなのだ。
協定で雅雄様を見かけたら大きな声で挨拶することにしていた。
だけど、誰も気づかないうちに椿の後ろから抱き付いていたのだ。
不思議な感覚だった。
ダンスの講習の続きがあるので、授業に集中した。
試験中で椿は再テスト中だった。
雅雄様の最後の言葉、『真っ直ぐ前を見て』を意識する。
すると背筋が伸びた。
そして、肩が開いたため、腕が動かしやすくなった。
相手の女の子の手が腰に当てられ体が固定された。
曲がかかった。
すると、今まで苦戦していたのが嘘のようにスムーズに動き出した。
さっきまでダンスが苦手という意識があった。
それで、体中に力を入れていたのだ。
雅雄様に抱きつかれたとき、それまでの緊張が飛んでしまった。
雅雄様に意識があるうちにレッスンが始まったので構える暇がなかった。
するとどうだろう、ステップさえ軽やかに踏めていた。
あれだけ練習してもうまく行かなかったのが嘘のようだった。
曲にあわせてそれを楽しんでいた。
うれしくなり、ついつい調子に乗りすぎたようだ。
相手の足を踏んでしまった。
かなりひどく踏んでしまった。
相手の女の子は顔をしかめて蹲ってしまった。
回りも気づいて騒ぎ出す。
教師が近づいてくる。
また叱られるのかと覚悟を決めた。
「椿さん、あなたは完璧よ。さっきまでの動きが嘘みたい。合格よ」
とりあえず、合格の通知はもらえた。
先生は椿のことを誉めると相方の子の足を見る。
心配なのだ、試験のため椿はヒールをはいていた。
踏んづけたところはつま先なので痣になりそうだ。
下手すれば骨折かもしれない。
「あなたほどの人がステップを間違えるなんて」
先生はそう言っていた。
椿のミスではなく相手の娘がミスしたのだ。
「椿さん、ごめんなさい」
そう言って謝る顔は痛々しそうだ。
椿は先生が合格を出してくれたから問題ない。
彼女の足の方が心配だった。
「彼女は僕が連れて行くよ」
雅雄様がひょいっと彼女を持ち上げた。
相変わらず神出鬼没だ。
抱き上げられた彼女、顔は真っ赤だ。
先生も雅雄様が相手では文句も言いづらそう。
しぶしぶ、おねがいしますといっていた。
他の生徒はなんとも複雑な顔をしていた。
雅雄様のすけべぶりを知っているからだ。
雅雄様はそのまま部屋を出て行く。
どちらにしてもヒールでまともに踏んでしまったのだ。
椿としては申し訳なさで一杯だった。
気をつけなければいけないことことだった。
ダンスの最初にいわれていたことだった。
調子に乗りすぎてしまった。
授業が終わって部屋に戻った。
彼女の様子を見に行こうとすると、当の彼女が戻ってきた。
「大丈夫だった?」
彼女はにっこり笑うと
「踏まれたときはすごく痛かったのだけど、医務室に行って靴を脱いだら傷はな
かったの。運が良かったわ」
「ごめんね、もう少し注意していれば良かったのだけど」
「ううん、わたしがステップを間違えたの原因だから、それよりどうしたの?
初めとは雲泥の差だったわ。だから、私がミスったのよ」
「雅雄様に抱きつかれて力が抜けたのよ。それと前を見ろと言われたの」
「前を見ろ?! それでね。急に姿勢が良くなったのは驚いたわ」
「うん、いままで足ばかり気にしてたからどうしても前かがみになってたみたい」
「でも、すごいわね」
「え、なにが?」
「雅雄様よ、あなたの欠点を一瞬で直してしまったのだから」
「そうなのかな? そういえば、足に力を入れすぎだと・・・まさか」
ようやく気づいた。
警告を受けていたのだった。
踊れることに喜んでいて足元に注意が行っていなかった。
普通なら何かを踏めばすぐに力を抜く。
それなのに思いっきり踏み込んでしまった。
力が入りすぎていたのだ。
「どうしたの」
黙り込んだ椿に不審そうな目を向ける。
「ごめん、わたし、警告を受けてたの」
「えっ、どういう意味」
「雅雄様から、注意を受けてたの」
話を聞いた娘はただあきれるばかりだった。
椿のことではない、雅雄の所業にだ。