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第11話 杏

林原はやしばら あんず14歳


杏の苦手は公の場に出ることだった。

人前に出ると緊張して動けなくなってしまうことだ。

この前など、誰かが更衣室の扉を勢い良く開けた。

そのとき小百合先生に見られたと思うだけで動けなくなった。

そのため、いつも裏方のような仕事ばかり選んでいた。

勉強もうまく出来て誉められるようになると怖いので手を抜いていた。

授業はよくわかるので楽しい。

ただ、体育は苦手だった。

体操の時などみんなに見られていると思うと人形の走りだった。

柔らかさがないがちがちの走りだ。

そのおかげでますます注目を浴びてしまう。

真弓先生はなにかを言っていた。

しかし、その頃には頭に血が上って話を聞ける状態ではなかった。

何を言われたのか思い出せないまま過ごした。

普通の授業のとき突然小試験が行われた。

結構前に習ったことを含め広範囲な試験だった。

いつもなら点の調整をするのだがそのときは何も考えずに答えを書いた。

全問正解だった。

全校でただ一人の満点回答だったのだ。

そのため、いきなり表彰されてしまった。

名前を読み上げられてみんなの前にでていくことになった。

体は緊張で硬くなったけど、なんとかやりすごした。

席に戻ったときには、体は節々が悲鳴をあげて死ぬ思いだった。

それぐらい人前に出るのがにがてだったのだ。


それなのに、よりによってお茶出しの模範演技を名指しで受けてしまった。

雅雄様の意地悪い笑いが目に浮かぶ。

きっかけは先ほどの呼び出しの後だ。

授業が終わって体をほぐすため廊下に出て運動をしていた。

どうにか体がほぐれてきたとき抱きつかれたのだ。

周りの反応は同情5割というところだ。

後の5割は?、無視とうらやましいといい気味だった。

ただ一人の全問正解者として一躍名乗りをあげてしまったからだ。

せっかく取れた緊張が元通り?

ふしぎだが消えていった。

それで、思わず癖で反撃してしまった。

腕を上げてたので肘を入れようとしたのだ。

結局は当たらなかった。

しかし、雅雄様は冷汗をかいたと文句をいう。

そして、次の侍女の講義の時、お茶を出す見本を見せるように言われてしまった。

私の弱点を知っているのだ。

去り際に見せた意地悪い笑いがすべてを物語っていた。

心の中には怒りがむらむらと湧いていた。

表彰状を受け取るのとお茶だしでは全然違う。

お茶は流れるように出さなければいけないのだ。

こわばった体で出すのは不可能なのだ。

お茶出しの練習は同僚が付き合ってくれたので完璧だった。

雅雄様とのやり取りはうちの組では有名で同情もされていた。

そして、心配も。


そして、当日

侍女のクラスなので小さな子もたくさん見ている。

いつもよりたくさん出席者がいるようで時間が迫ると緊張してきた。

例の硬直が始まる寸前だ。

自分ではこれから始まる模範演技をまえにまずいと思うのだ。

しかし、体はどんどん固まっていく。

それに伴い頭の中はパニックになっていた。

そのとき、雅雄様が再び抱きついてきたのだ。

おもわず、悲鳴をあげる。

さっきまでの緊張が一瞬に消えて雅雄様を振りほどこうとしていた。

でも気づいたらもう離れていた。

そして、助平そうな顔で手をもみもみしている。

その手つきを見たとたん怒りが頭の中を駆け巡った。

さっきまでの緊張はどこかに消えていた。


雅雄様は所定の位置についてお茶を待つ。

杏は怒りが収まらないまま動きだした。

優雅にお茶をついで完璧に見本をこなした。

去り際、雅雄様にあの手つきをこっそり見せられた。

その瞬間、緊張より怒りが湧いた。

茶器をぶつけてやろうかと考えたがどうにか我慢した。

そして、無事に役目を終えて席に戻った。

終始怒ってばかりでいつもの緊張する暇がなかった。

講師の先生は杏の模範演技を誉めて話を進めていった。


講義が終わったところで仲間の娘達が誉めるためによってきた。

「すごかったわ、緊張癖のあるあなたがあんなにうまくやるなんて」

「そうそう、わたしなんか立ち往生するんじゃないかと心配してたのよ」

などと口々に心配していた。

そういえば、私、人前に出ると緊張するのだったと改めて思い出していた。

でも、なぜ?

そう、怒りが緊張を追い出していた。

あの出場前、緊張してたとき抱きつかれて我を忘れていた。

雅雄様のあのいやらしい手つきを思い出して頭の中はそればかり考えていた。

そして勢いで人前に出て行ったのだ。

お茶を注ぎ終わってほっとしたとき。

再び、雅雄様のいやらしい手つきを見た。

そこで、忘れかけた怒りを思い出したのだ。

もしそこで回りに気づいていたら・・・・。

あの、雅雄様の態度は終始私を怒らせておくため?

まさか、たんにすけべなだけよね。

あの手つきは次は胸をもむぞという予告みたいだから気をつけないと。

そう自分に言い聞かせると仲間に溶け込んでいった。

この日の経験がものをいって、それ以後人前での緊張はうすれていった。

何しろ人前に出るとあのいやらしい手つきの雅雄様を思い出す。

すると、頭の中には怒りが湧いてくるのだ。

それは、条件反射のようになってしまった。

人前に出ることが気にならなくなると成績は一気にトップに躍り出た。


数年後、卒業生代表として挨拶する杏がそこにいた。

そして、その瞬間も頭の中にはあの手が思い出されていたのだ。





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