第8話 恵
平河 恵16歳
恵は武術が苦手だった。
この学校のほかのものはそこそこの成績だった。
選択の武術だけは好きになれないので選べずにいた。
行くところがないので笑拳というふざけた名前の拳をえらんだ。
そして、選んだだけで参加していなかった。
16歳で一応の成果発表がある。
必ずしなければいけないものではないが卒業追い込み目安だ。
なんにも修行していない恵には迷う試練だ。
卒業までに形にするか、未発表で過ごすか。
どうしようか迷っていた。
6年間放っておいていまさら顔は出し辛い。
そもそも6年間催促もなかったのが悪いと開き直ってもいた。
そんな時、卒業する先輩の武術発表を見た。
掃除などという日常の動作を武術に取り入れた凄いものだった。
発表後先輩に会って事情を聞かされた。
先輩も同じ悩みを抱えていたことを知った。
それでも成果発表にどうしたらいいか悩んでいた。
そのせいで周りの配慮に隙が生まれていた。
雅雄に抱きつかれようやく我を取り戻したぐらいだ。
「雅雄様、許してもうサボりませんから」
思わず頭の中で考えていた道場へ行ったときのせりふを口走っていた。
「本当にさぼらないか?」
「はい、心を改めます」
「今からでは手遅れかもしれんぞ」
やはり言われてしまった。
雅雄様は解放して事情を聞いてくれた。
戦うのが好きじゃないことを言う。
雅雄様はうなずいていた。
「戦うのが嫌いなことは認めよう、だがここの決まりだ」
「はい、承知しています」
「それで何が得意なんだ」
「庭球ぐらいしか運動したことありません」
「ふむ、庭球か・・・よしそれで行こう」
「????」
「それじゃ、授業が終わったら道場に顔を出すように」
「はい?」
「恵、逃げるなよ」
しっかり名前を呼ばれていた。
6年前に一度入門に顔を合わせただけなのだ。
その後、雅雄様に関する講義は一度もなかった。
それなのに、名前を呼ばれたのだ。
驚くばかりだった。
授業終了後、笑拳道場に顔を出す。
そこに居たのは雅雄様と小百合様と百合だった。
百合と小百合様は見たこともない動きを練習していた。
後で知ったのだが猪拳というものだった。
雅雄様は庭球のラケットと同じ長さの棒を持っていた。
恵はそれを受け取ると道場の真ん中に立たされた。
そして、恵の周りにしるしを置いていく。
番号が入っていた。
8方向にみんな違うものだ。
その頃には百合と小百合様も見ている。
恥ずかしかった。
準備が出来たのか雅雄様が離れていく。
「では、レシーブの構え」
言われたように相手のサーブを待つ構えを取る。
棒がラケットのような感じだった。
「膝の高さのボールを叩く要領で振るように」
ようやくやることの意味がわかった。
「3横!」
靴の上50センチぐらいの所のボールを叩くように棒を振る。
「6縦!」
とっさにどこだったか思い出せなかったが目で探し棒を振った。
「遅い!」
叱られてしまった。
「8縦!」
今度は振り向きざま振ることができた。
その要領でしばらく続ける。
終わると目標が少し離された。
今度は一歩動かないと届かない。
また同じように繰り返す。
今度は道具の位置を入れ替えられた。
初めは混乱したがすぐになれた。
「よし、完成した。庭球拳だ」
一瞬なにを言われたかわからなかった。
「庭球拳?」
「そうだ、創始者恵だ」
「冗談ですよね」
「本気だ、小百合相手してみるか」
どうやら本気のよう。
小百合様真剣な顔で頷いていた。
正対して挨拶する。
棒をレシーブの時のように構える。
腰を落として準備する。
始めの合図で小百合様が動き始める。
「恵、相手の膝を叩く要領で振れ」
言われたように目に付く膝に向けて棒を振る。
とっさに距離をとられて届かなかった。
すぐに元の位置に戻る。
相手があの目標の範囲に入ったところで棒を振るのだ。
体が条件反射のように覚えていた。
小百合様はいろいろ仕掛けるのだがお互い隙がない。
正面に構えをとった。
どのように攻撃してくるか身構える。
次の瞬間、棒は叩き落とされていた。
なにがおきたのかはわからなかった。
まるで滑るように接近してきたのだ。
そのため距離感がつかめなかった。
「まあ、そんなものだろう。小百合にスライドを使わせたぐらいだ」
雅雄様は結果は当たり前のように見ていた。
あの独特の動きは信じられないものだった。
滑るように動いてきたのだ。
「なんだ、不満か?2時間の付け焼刃だそんなものだろう」
部屋の隅で見ていた百合は目を丸くしていた。
小百合様は恥ずかしそうに百合の方に戻っていく。
「どういうことですか」
「小百合が半分本気でやらないと勝てないと判断したんだ」
「でも、単に棒を振るだけなのに」
「理にかなった棒振りは十分な武術なんだ」
「どういことですか」
「どんな攻撃も足が基点になる。その基点になる膝を砕く攻撃は脅威になる」
「でも」
「それだけ、恵の棒の速度が速いからさ」
「でも私は庭球の要領で振ってただけ」
「ところが、基本は猪拳のステップなのさ」
「え、猪拳?」
雅雄様の言葉に、百合もこちらを見て驚いていた。
「ただ、上体の鍛錬が足りないから武器を持っただけ」
恵は武術の奥を覗いたきがした。
いままで、武術は野蛮なものと毛嫌いしていた。
でもそれが、日常の行動の中に潜んでいることを知った。
庭球という運動も一歩見方を変えれば武術ということを知ったのだ。
さすがに庭球拳は発表しなかったが百合と一緒に猪拳を修行した。
卒業の時、猪拳白国師範からは誉められた。
学生にしてはよく修行していると言われたのだ。
うれしかった。
誉めた師範。
まさか、2年後には自分の立場を脅かす生徒がいるとは気づいてなかった。