③
「あーら、遅いお目覚めですこと。
床にはいつくばって何をされているのかしら? 」
「やだ、見て、食べ物を漁っているわ」
「やーだ、きたなーい、きゃはは」
「こらこら、そんなに笑っては失礼よ。
いくらなんでも、乞食みたいとは、ねぇ?」
「やだ、メアリーったら、私、乞食だなんて言っていないわ。きゃははは」
フィオナは床に散乱したものを、必死に拾おうとしていた。
食べ物を粗末にするなんて、信じられません!
「グー」
とフィオナのお腹の音が響く。
「やだ、マーシャル、今の音聞いた?
ロシュフォール伯爵様の婚約者が来ると聞いていたけれど、手違いで物乞いが入り込んだようよ」
「きゃははは、メアリー、言い過ぎよ。あー、おかしい、いい気味ねって、モアナ、なた、何する気?」
伯爵家の侍女達三名が、フィオナを見下ろすようにして取り囲んでいた。
中心にいて最初に声をかけてきたメアリーと、その隣で笑いそやすマーシャル。
今までそんな二人の様子を黙って見ていたモアナは、ツカツカと転がった水差しを拾い上げる。
「モアナ、あなた手伝う気じゃないでしょうね? 放っておきなさいって、プッ」
「ウケる~」
モアナは転がった水差しの中を確認し、まだ中に水が入っているのを確認すると、
フィオナの頭の上から浴びせた。
「ひゃぁ‼︎」
頭上から突然水をかけられて驚くフィオナ。
ポタ、ポタ、ポタ、とゆっくりと水が、少しくすんだ金髪を濡らしながら床に落ちる。
これはっ! 気のせいではなく明らかに嫌がらせですね?
今は、一刻も早くこここを綺麗に掃除して、旦那様にお会いしたいのですがっ。
濡らすのはやめてもらえますか‼︎
染料がさらに落ちたらどうしてくれるのですか⁉︎
と悲痛な声を心の中で叫ぶ。
フィオナが立ち上がり、口を開きかけた時だった。
パチッと目が合ったモアナが、フィオナの後方を見てメアリーと、マーシャルに合図を出す。
「中へ‼︎」
突然勢いよくフィオナは、モアナとマーシャルによって室内に押し込められた。
「何するのですかー?」という声は扉が閉まり外へは聞こえていない。
今、突き飛ばしましたねっ?
いったいどういう教育を受けているのでしょう。
仮にも伯爵家に仕える侍女ですよね?
我が家にいた侍女達のほうが優秀です。
なのに、お給金が払えなくなって……
雀の涙ほどですが、精一杯の退職金と推薦状を持たせましたが、皆どうしているでしょうか。
良い奉公先が見つかっているといいですが。
「ちょ、まずくない? 旦那様が来るなんて聞いてないんだけど」
「しっ、余計なことを言わないで」
マーシャルの泣き言は、モアナにより制止される。
「旦那様? 旦那様が来られているのですか? ちょっと、お話したいことが!」
フィオナが二人を押し退けて、扉に近づこうとした。
「させないわ! どうせ、旦那様に言いつけても無駄よ」
「そ、そうよね。だって白紙に戻したいって旦那様自ら公言されてたの聞いたんだから」
フィオナが自分達のことを訴えるつもりだと勘違いした二人は、両側からかっちりと拘束した。
「ちょ、ちょっと、放してもらえますか?」
「ばかなの? そんなこと言われて、放す人がいるとでも思ってるの? きゃははは」
「しっ! マーシャル、声抑えて。」
ジタバタもがくフィオナだったが、さすがに二人がかりで拘束されているので、逃げ出すことができなかった。