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フィオ姉様と結婚されるのだから、心の中ではお義兄様とお呼びすべきでした。
ですが、なかったことにしてほしいと……
ロシュフォール伯爵様とお呼びすべきでしょうか。
いえいえ、ここは語呂的にも旦那様の方がしっくりきますね。
それに今の私はフィオーリなのですから、しっかりと心の中でも成りすましてみせます。決してロシュフォール伯爵様が言いにくいからではありません。
昨日は意味不明のことを言われた驚きもあり、あの後ぐっすりと今朝まで眠ってしまいました。
ふかふかのベッドが気持ちよくて。
さすが伯爵家です。
ルブラン家では食事は各自別々で摂っておりました。
そう、言葉通りに各自で自腹を切って賄っておりました。
極限まで節約するために、煮込み料理などは論外です。
姉様達がどうしていたかは把握しておりませんが、私は主にパンをメインに━━
見栄を張ってはいけませんね。
朝と晩はパンだけを食べておりました。
お昼のみ食堂でランチを頂いておりました。
賄い付きのお仕事は最高です。
フィオ姉様と私はこっそりと身分を隠して働いています。
というのも、私達には8歳下の弟がおりまして、せめて弟のライアンには苦労させたくないと思っております。
姉様と協力して学費を出し合って、なんとか寮付きの学園に入学手続きができたのです。
食事付きで安心です。
私と姉様は空腹を誤魔化すことはできますが、ライアンにはひもじい思いをさせたくはありません。
そして、将来ルブラン家を立て直してほしいです。
それまではしっかりと働くつもりだったのですが。
とはいえ、さすがにお腹も空いています。
身の回りのことは自分で出来るので、勝手に部屋のバスルームなど使用させてもらいましたが、呼び鈴を鳴らしてよいのでしょうか。
フィオーリに成りすましたクリスティナは、壁にずらりと並ぶ呼び鈴の紐を見つめていた。
「こういう時は、どれを鳴らすのでしょう? 困りましたねぇ」
フィオーリに成りすましたクリスティナは、遠い昔に思いを馳せる。
我が家にも昔は、このような呼び鈴がありましたねぇ。
ここまで数は多くなかったけれど。
紐を引っ張ると、その紐が繋がった部屋の呼び鈴が鳴る仕組みだ。
厨房や洗濯室、使用人達の部屋へと繋がっている。
我が家では人数が減るにつれて、このタイプの呼び鈴は使われなくなった。
使っても意味がないからだ。
代わりに、手に持って鳴らすハンドベルタイプの呼び鈴は部屋に常備していた。
どうしても、困った時に鳴らしていた。
困ることとは、大抵、虫退治なのですが。
えぇ、えぇ、貴族の邸宅にも出るのですよ。
色々な虫達が。
まだライアンがいた頃は良かったのですよ。
お父様は役には立ちませんし。
今では、ほうきでササっと平然と掃くことぐらいはできるようになりました。
さすがに、捕まえたりは無理ですけれど。
フィオ姉様とは、お互い助け合う目的で慣らしていました。
「きゃぁ」とか「こわい」とか
令嬢らしく怖がっていたのですよ、フィオ姉様も私も。
ですが、見ないふりして一緒に虫と生活などできるはずがありません。
私も姉様も強くなったものです。
と、いけない、いったい何を考えていたのでしょうか。そうでした、呼び鈴でした。
そうですね、とりあえず順番に引いていきましょう。
フィオーリに成りすましたクリスティナは、
フィオーリに成りすましたクリスティナ━━フィオナと命名しましょう。
フィオナは左端の紐をそっと引っ張った。