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3、館


 入ることに了承はしたけど、何だこの家!?


 入るなり、高そうな壺や絵があちこちにある、万が一でも触って傷や割ったりするかと思うと、緊張が走る。


 見ただけで分かる。弁償なんてできる金額じゃない。

 絶対に端は歩かないように真ん中を歩く。


 委員長は私の緊張に気づいている。鼻で軽く笑った後、こちらを見ない。

 途中で洗面所寄ると着替えを用意され、濡れた服から着替えさせられる。ドライヤーを使うのも久しぶりだ。


 急かすこと無く待っていた委員長の後ろを再び歩きだす。


 長い廊下を歩いたその先、お人形のような幼い女の子が座っていた。


 艶々とした真っ黒の長い髪にキュッと結ばれた小さな唇。大きな瞳は、緊張したようにわたしを見ている。


「ただいま、玲奈(レナ)。何もなかった?」


 前の男からビックリするぐらい優しい声が聞こえる。本当に委員長が言ったのか、思わず確認してしまった。

 後ろに居た運転手の男にも視線で確認するが、頷いて返される。


 完全にお兄ちゃんの顔だ。この顔を見ただけで、この子が委員長の妹だと分かる。


「うん、大丈夫。おかえりなさい」


 玲奈ちゃんもふわりと笑って、委員長に返事をしている。


 家族の会話ってこんな感じなんだな。

 委員長が玲奈ちゃんを大事にしているのが一目瞭然だ。

 委員長が私の手を離すと、玲奈ちゃんの額に手をあてる。

 熱を測っている仕草に見えた。この前言っていた風邪がまだ治っていないのだろうか。


「このお姉ちゃんは誰?」


 こてんと玲奈ちゃんが私を見ながら小首をかしげる。


「この人は、今日から俺がいない間に一緒にいてくれる人だよ。中川紗羅さん」


 お世話係ってこと!?なにも聞いてないけど!?

 ハテナマークとビックリマークが頭を飛び交う。

 委員長を問いただす前に、別の人物から声をかけられる。


「お姉ちゃんが一緒にいてくれるの?」


 あっ、ダメだ。

 玲奈ちゃんの目がキラキラしている。委員長と違って心の底から嬉しそうな顔だ。


 そんな顔をされて拒否できる人間がいるだろうか。

 自分でも馬鹿だと己を罵る。

 委員長の罠に嵌まってしまった。


 座る玲奈ちゃんの横にしゃがんで同じ目線になる。


「うん、よろしくね。玲奈ちゃん」

「うん!」


 人懐っこく笑う玲奈ちゃんは、委員長に似ずに可愛かった。

 似てなくて良かったね、と心の底から思う。

 絶対に断れないのが分かっていて、先に説明をしなかった委員長は底意地が悪い。


 玲奈ちゃんにバレないように、こっそり睨んでおいた。


 玲奈ちゃんをベッドに寝かせ、委員長が館の中を案内してくれる。玲奈ちゃんには運転手だった男がついているようだ。


「家の中はこんな感じ。何か質問ある?」


 取り敢えず、一通り中を案内されたが、色々ありすぎて、覚えていられるか不安だ。何故家にこんなに部屋があるのか。絶対に普段は使わないだろう。

 掃除の大変さを考えるとゾッとする。


 キッチンで入れたコーヒーを手に、応接室らしい部屋で向き合って座る。

 ここのソファーもフカフカで絶対にコーヒーを溢せない。早く飲んでしまいたい。


 お高いコーヒーのお味がする。香りが全然違う。久しぶりの暖かい飲み物にホッとした気分になる。

 私の気が抜けるのを待っていたタイミングで委員長が話しかけてくる。


「中川さんって人が良いよね」

「委員長は人でなしだよ。選択肢無かったし」

「褒め言葉かな」

「・・・褒めてない」


 委員長が楽しそうに笑みを作っているが、玲奈ちゃんのような爽やかさは微塵もない。禍々しく感じるのは気のせいか。


「で、玲奈のお世話引き受けてくれる?」

「もう玲奈ちゃんと約束したから、それは引き受けるよ。今日もこんな広いところに一人で置いておいたんでしょ。放っておけないし」

「ありがとう、助かるよ」

「どういたしまして」


 "ありがとう"なんて言葉、委員長の辞書にあったのか。

 素直に"ありがとう"とか言われると毒気が抜かれる。


「内容としては、主に玲奈の世話で他にはご食事と掃除もお願いしたい」

「分かった。特別なことは出来ないし、一般家庭の仕方しか出来ないからね。後、一つ聞くけど、お手伝いさんとかはどうしたの?」

「ああ、こんな事態になったから暇を出したんだ」

「何で?こんなに広かったら居なくなったら困るでしょ?」

「彼らを俺が信用していないからかな。緊急事態になった時、彼らじゃ玲奈を優先してくれないだろうし。火事場泥棒をされたらたまったもんじゃない」


 爽やかでトンデモナイことをはっきりと言い切った。

 コイツ怖ッ。人でなしか。


 普段から関わりがある筈なのに、冷徹に切り捨てる。委員長は怖い人だ。

 何もないから私を選んだということだろう。家も家族も何もない。友人とも距離を置くことになった。

 今の私には何もない。改めて突きつけられた事態に心が重たくなる。


「中川さん、お人好しだしね。あんな状態になっても、玲奈の事を気遣ってたし。そこが一番の決めてだよ」

「当たり前のことでしょ」


 ・・・こういうところがズルい。自分で落としておいて、持ち上げる。

 にこりと何の裏もないかのように笑っていた。

 委員長の意見に逆らったら、色々な意味で消されそう。

 改めて怖い人だと思う。


「そうだ、まだ今起こっていること説明してなかったね」

「この地震?」

「うん」


 委員長が重々しく口を開く。

 聞いた内容に背筋が凍りつく。


 地震が起きてから、何週間も経っている中、何も助けが来ないのは理由がある。


 4県以外と連絡が取れていない。校舎の門の海みたいに向こう側が確認できず、孤立しているとのことだ。

 救助が来るのかも不明。市役所も警察も動けない状態になっているらしい。


 そんなこと現実にあり得るのだろうか。


「孤島みたいになってるってこと?」

「そういうこと。双眼鏡で確認しても海の向こうは確認できないみたい。だから何時救助が来るのか、そもそも救助が来るのか分からない状態みたいだね」

「・・・」


 絶句している私に、落ち着いている委員長。

 それをどうやって知ったのかも凄いが、切り替えも凄い。もうどう動くべきか考えているようだ。

 取り敢えず、私でも考えられる最低限を質問する。


「食料問題はどうするの?」

「うちには幸い一年分の米はある。災害時の非常食もね。因みに医薬品も充実しているよ」


 備えの良さに絶句する。そういえば文化祭の時も先生を言いくるめて、クラスの出し物も滞りなく進めていた。

 準備の鬼か!?


「何かあったら困るだろうと思って」

「何かの規模が大きすぎませんか」


 思わず敬語で返した。

 それにはにこりと笑みで返された。


 その日は疲れていたこともあって、準備されていた私の部屋で泥のように眠った。



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