2、志島家
あれからさらに1週間、誰もまだ助けに来ない。避難のために来ていた人の誰も彼もが疲労を浮かべていた。
一時は学校に避難していた人たちも、いつまでも来ない助けを待つことはできず、帰れる人はここを出ていった。
警察の人たちもどう動くのか分からないといった雰囲気だ。どうも3、4県としか連絡を取れていないらしい。他の県はまるで分断されたかのように海で囲まれているとのことだ。
未曾有の事態に誰もが混乱しきっている。所々で怒号が聞こえてくることも多くなった。
空気感は最悪と呼べるだろう。
歯でパンを千切る。
支給された食料を少し食べる。食料もいつまで持つか分からない。大切に食べなくては。
モクモクと一人で食べていると、誰かが近づいてきた。目があっただけでいさかいが起こることもある。目を合わせないことが静かに生きるために学んだことであった。
だからこそ対処が遅れた。
「その食べ物私に頂戴」
「何言ってるの?」
聞きなれた声、そこには景子が立っていた。あの日以来、近づかないようにしていたのに何で。
言われた言葉を理解ができず再度聞き直す。
言葉を交わすことも無駄だとでもいうように、いきなり私の手を掴むと、パンを取り上げる。
目に隈を作り、以前と比べて窶れた景子のどこにそんな力があるのか、抵抗しようとした途端、頬を張られる。
目の前が一瞬ブラックアウトし、身体が横に倒れる。呆然としてしまう。幾ら仲違いをしたとしても、友達であった存在から手を上げられる程のことをしただろうか。
遠くで罵る声が聞こえてくる。
周囲はその声を止めるようなことはなく、またかという目で見つめるだけ。誰も止めようとはしない。巻き込まれたくないとばかりに目をそらしている。
その瞬間フツリと我慢していたものが切れた気がした。
後は覚えていない。
気づけば、通学路にある公園の土管の中に入っていた。土管の中で膝を抱えて丸くなる。外は雨が降っていた。
足を動かせば、泥と壁が擦り合う音がする。
どれ程ここに居たのだろうか。制服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
「戻らなくちゃ」
そう言葉にしながらも、足が動かない。
戻る場所は何処にもない。
「中川さんは猫みたいだね」
「・・・」
驚いて声のした方を向くと、委員長がいた。傘を差している。
「そのままだと風邪ひくよ」
おいでと手を差しのべてくる。その手が怖くて、ジリジリと反対側に下がる。
「あれ? 意外とまだ警戒心が強いね。まぁ良いや」
何が良いのか分からない。困惑したままさらに下がろうとする前に、腕を掴まれた。
優男な見た目とは違い、とても力強い。前につんのめりそうになりながら、強引に引きずり出された。
「ちょっと!」
「完全に身体が冷えてるね。いったい何時間ここに居たんだか」
転げそうな態勢から、どうやったのか肩の上に担ぎ上げられた。一瞬過ぎて何がどうなったか分からない。
足をバタつかせても、離してもらえない。話を聞いてもらえないまま、どこかに歩き出す。肩が鳩尾に当たって痛い。
「抵抗すると地面に落とすからね」
本気のトーンで言われた言葉に身体をピタリと止める。こんな不安定な態勢から落とされては叶わない。
何より、いつもと違う委員長が怖かった。
「フッ、良い子だね」
見知らぬ車に乗せられている間も、委員長に手を繋がれたまま、おとなしくしていた。
大きな門を抜け、車を中に入れると直ぐに停車する。
「着いたぜ」
運転手をしていた男が後ろのドアを開ける。それを当然のように受け入れ、私にも降りるように促す。
今度は担ぎ上げられること無く、手をしっかりと握られた。
運転手の男が逃げ出さないようにか、後ろを着いてくる。
「逃げないから、手を離して」
「まだダメだよ」
もう何が何だか分からない。いったい何でこんなことになっているのか。手を引かれるままに足を進める。
目的地についた。車を降りてから多分15分程度、目の前には館と言いたくなる大きな建物が立っていた。隣にはガラス張りの温室のようなものもある。
「大きい・・・」
「そう?まだ小さい方だよ」
平然と目の前の家を小さいと言ってしまえる委員長が怖い。
ここの敷地に部屋処かマンションが2、3塔は余裕で立ちそう。
運転手の男が車ごと大きな門を潜り抜けて15分。目の前には家とは呼べないテレビで見るようなお屋敷が建っていた。
「・・・」
「クスッ、引かないでよ。一応ここは別邸の一つだから、本邸よりは小さいし」
本当に住む世界が違う。噂では聞いていたが、圧倒的に違いすぎる。
私の言葉に肩をすくめる委員長の後ろを着いていく。
館に見合った大きな玄関。横のブロックみたいなのを押すと、何かが表示されて、委員長が操作している。その間も握られた手は離されないままだ。
マナー的にも見ない方が良いかとそっぽを向いておく。
強引に連れてこられたのに、なんでそんなことをしているのだろうと、自分でも疑問だ。
そこでふと、おかしなことに気づく。
「・・・良く考えたら、ここだけ電気が通ってる?」
「今そこかよ。ここは発電機もソーラーで動いてるから電気が使えるぜ」
呆れたように運転手の男がつっこんでくる。よくよく考えてみると、門も自動で開いていた。
流石にボケすぎだ・・・。
自分にゲンナリする。
「お待たせ。中には入ろうか」
委員長が読めない微笑みを浮かべながら、促す。今更抵抗しても無駄だろう。
拒否権が含まれない文言に、唾を飲み込んで頷いた。




