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1、世界がバラバラになった時


 地球はバラバラになった。

 日常が変わった瞬間であった。


 後に生き残った人類は生存競争の始まりの日として、新人類生誕の日と呼ばれることとなった。


 その時紗羅(さら)が居たのは学校だ。

 今時の流行りのメイクをして、普通に授業を聞いて、友達と駄弁って、お昼を食べて、そんな何処にでもある日常を送っていた。


「紗羅~。今日の夜絶対見てよ!絶対だよ!」


 今日の夜に、音楽番組を見ろと訴えてくるのは、上條(かみじょう) 景子(けいこ)だ。

 顔の至近距離で見せてくる携帯の画面には、音楽番組のホームページが出されている。


 好きなのは結構だけど、こう念を押されると鬱陶しい。推しバンドが念願叶ってのテレビ出演。興奮するのは分かる。


「ハイハイ、ミルミルー」

「もう!ちゃんと見てよ!」


 テキトウな片言で返した時、ドンッと地面が嫌な音を立てた。

 混乱する間もなく、窓ガラスの破片が粉々になり、生徒達の上に降り注ぐ。

 私は横倒しになった椅子から地面に叩きつけられる。


「いたッ!」


 理解していない頭のまま、自然と声が出た。


 頭に浮かんだのは、テレビのニュースで報道されていた大地震の映像だ。床に倒れたまま、咄嗟のことで動けない景子に私は怒鳴るように言う。


「景子!早く机の下に入らないと!」

「う、うん!」


 教室にいる生徒が自分の机の下に隠れる。机の脚を必死になって掴んでも、揺れが机もひっくり返そうとする。


 怖い、死にたくない!


 そんな思いが必死に生きるための行動をとらせる。


 ひたすら我慢の時間が続いた。

 棚が倒れ、支える人の居ない教卓がドアに叩きつけられるけたたましい音と悲鳴が恐怖を掻き立てる。


 全身から汗が噴き出て、体全身がこの場から逃げろと訴えかける。どれくらい経っただろうか、揺れが緩やかになった。


 胸がバクバクとするのを感じる。異様な状況に緩やかになっても、机の下から出ることができなかった。


 目の前には間に合わなかったのか、痛い痛いと呻くクラスメイトが居た。

 彼女にガラス片が刺さっていた


 パニックになって、すすり泣く人。怒号も聞こえてくる。


「紗羅、紗羅!逃げよう!」

「景子···」


 景子に引っ張り出されるようにして、廊下に出る。窓の付近はガラスの破片が散乱している。その上を上靴で踏みつけながら、人の流れに沿って歩く。

 いつもの避難訓練とは想像できない物々しさだ。


 自然と込み上げてくる涙を制服の袖で拭った。


 そんな時、トンデモナイ光景が目に入る。


「何あれ?」


 口から驚きがこぼれ落ちる。


 校舎を出た先、門の外。そのさきがポッカリとなくなっていた。


 一面海になっていた。



 あの地震の後、家には帰れず、学校で過ごしている。


 直後のことは言われるがままに動き、覚えていない。ただ呆然としていた。


 日にちが経つにつれて、近隣の人が続々と避難をしてくるようになった。

 その辺りからようやく記憶がある。

 ボサッとしている暇はない。


 私が一人暮らししていたアパートは、正門の向こう側、海にのまれて綺麗さっぱり周辺の土地ごと無くなっていた。スマホも繋がらない。何があったか誰にも分からないのだ。


 混沌としたまま、先生たちや警察の人が声を張り上げて、何とか秩序が保たれている。


「景子、カンパン貰ったよ」

「紗羅」


 窓のそばに座る景子の隣に座った。景子の家は学校の最寄駅から5つ乗って、またそこから乗り換える。


 景子の家もここにはない。家族も生死不明なままだ。

 景子の家に遊びに行く時も、いつも快く出迎えてくれる優しいお母さんといった印象だった。その人も生きているかどうか。


 知り合い程度しか知らない私でも、心配で胸が痛む。


 景子は、いつもしていたメイクもしていない。ずっと泣き続けていた。

 今は泣く涙も残っていないかのように、ボンヤリと過ごしている。


「景子」


 貰ったカンパンを景子に握らせる。自分の分を口にいれる。

 もう3日間は経っている。それでも誰かがやってくるわけでもなければ、何も起こらない。いつまで、この状態なんだろう。

 2日間は不安を誤魔化していたが、ざわめきは少しずつ大きくなっている。


 3日間をしかと取るか、3日間もと取るか、現実を直面化せずにはいられない。


 どうなるのかという不安を口に出せば、自分が壊れてしまいそうで口には出せなかった。

 それでも、耳が嫌な話題ばかり拾い上げてくる。


「なぁ、俺たちいつまでこのままなんだろうな···」

「救助は来ねぇんじゃねぇのか」

「そういえば警官が言ってたぜ、連絡に応答がないって」

「そんなの俺たち終わりじゃねぇか。どうしろって言うんだよ」


 そんな話題ばかり。

 不穏な空気に泣き出す赤子の声が体育館に響く。母親がペコペコと頭を下げて外に出ていく。


 不安から声を上げる人が増えてきた。嫌な空気が学校全体に流れ始める。


 その日は景子が家族の夢を見たということで不安定になっていた。隣に寄り添い背をさする。

 少しでも緩和になればと、擦る手が景子の腕に弾かれる。

 ジンジンとする手が事実を突きつける。


「紗羅はさ。親がいないじゃん。だからさ。そんな風に余裕なんじゃない?」


 景子が小馬鹿にしたように、私を鼻で笑う。私は、一瞬何を言われたか分からなかった。後から、言葉が脳に染み込んでくる。


「・・・はぁ?」

「何怒ってんの?事実じゃん」


 景子の言葉に腸が煮えくり返りそうだ。


 親が居ない。それは、私にとってタブー中のタブーだ。一生触れられたくないこと。それは、景子も知っている筈なのに。

 躊躇なく心を抉るようなことを口にした。


 景子は不安定になってるんだ。気にしちゃダメでしょ。私は必死に自分に言い聞かせる。

 手はしっかりと胸の前で握った。

 自分が何をしてしまうのか、自分でも分からなかった。


 景子が再び口を開こうとしたのを目にした。耐えきれなくなって、景子の居る教室を出る。次、なにか言われたら、我慢できる自信はなかった。


 校舎裏まで来て、そこにしゃがむ。ジメジメとしていて影になっている落ち着く場所だ。震える腕で顔を覆う。


 大丈夫、大丈夫だから。

 自分に言い聞かせるように呟く。


「あれ?中川さん」


 一人になって、ほっとした時に声をかけられる。中川は紗羅の名字だ。


「中川さん、ここで何やってるの?」

「委員長」


 紗羅のクラスの委員長だ。名前は、志島(しじま) 篤人(あつと)。背が高く、頭が良い。運動神経も抜群だと噂されていた。親は政治家のサラブレッド。

 更に顔も良いのだから、生きているだけで嫌みな人だ。


 全く私とは違う世界の人間だ。

 平常時なら受け流せても、今は彼の存在すら嫌悪となる。志島のことだ、家族もさぞ心配していることだろう。


 醜い気持ちが沸々と沸き上がるのを隠したくて俯く。


 そんな私の気持ちなど露知らず、委員長は私の前に来ると膝を付いた。


「中川さん。顔色悪いね。よければこれ食べる?」


 骨張った手に置かれているのは、イチゴ柄のあめ玉だ。志島の印象とはかけ離れたものを出されて目を丸くする。手を掬われ、そっとのせられる。


「糖分取ると良いよ。あっ、持ってることは内緒ね」


 その何時もと変わらない表情に、何だかホッとした。


「···ありがとう。そういえば、委員長の家は大丈夫なんだっけ」


 会話を続ける気なんて本当はなかったが、委員長の親切心に、抱いてしまった負の感情が罪悪感を生む。


「うん。うちは裏門側にあるから、あの地震の影響もなかったしね」


 まだあるから気にせず食べろと言うので、そっと包み紙を開けて口の中に入れる。

 平時はなんて無いものも、今は貴重な甘味だ。異変があって以来、甘いものを食べていない。イチゴの味が甘くて美味しい。疲れきった脳に染み渡る。


 視界が歪む。

 込み上げてくる涙は、気づかないふりをした。


「美味しい」

「そう?良かった。妹が好きなんだよ」

「妹さんが居るんだ」

「うん。まだ8歳」

「妹さんは大丈夫?」


 話の流れで無神経に聞いてしまった。しまったと思ってももう遅い、すぐに気づいて顔を上げる。委員長はいつもの柔らかい笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。妹は風邪で休んでて家に居たんだ」

「それでも、ごめん。妹さんの風邪は治った?」

「うん。今は元気が有り余ってるよ」


 困ったように笑う顔は、学校の隙のない笑いかたじゃない。本当に大切に思っているのだろう。

 苦手だった委員長に少し親近感が湧く。今までは完璧な人な感じで遠い人だった。


「それより中川さんは何があったの?」

「ちょっと景子と仲違いしただけ。今はこんな状態だから、気が立っても仕方がないんだろうけどね」


 敢えて軽く言ってみせる。

 今は色々と突っ込まれたくない。


「そう」


 短い一言だった。

 委員長の肯定も否定もしないところが話しやすい。少し心の負担が減った気がした。

 どっちかの肩を持たれても苦しいだけだ。

 結局、その後もあれこれと話してしまった。

 話した後に、若干の後悔が出てくる。私も相当参っていたようだ。愚痴をあんなに吐き出してしまうなんて。


 それとなく目線を合わさない私に委員長がクスリと笑う。

 これは完全に気づかれてるな。さらに羞恥心が増す。


「じゃあ、そろそろ。俺は帰るよ」

「話し聞いてくれてありがとう。妹さんが待ってるのに、引き留めてしまってごめん」

「全然大丈夫。息抜きは誰でも必要だからね。」


 地面に座っていた腰を上げ、軽く砂を払う。


「気をつけてね」

「え?」


 委員長は、低い声で促した注意喚起を、自分は言っていないと言わんばかりの綺麗な微笑みを浮かべる。

 それ以上何も言うこと無く、私を困惑させたまま帰っていった。



 その言葉の意味を知るのはすぐだった。

 生きるには、食べることが必要だ。不安にかられた人の怖さをまだ知らなかった。



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