12 フランの菓子作り
シチューを食べ終わったギルは、目の前に置かれたデザートに興味津々な表情を浮かべていた。
「ブラックベリー・フール?」
「はい。百年以上前からある、昔ながらのデザートです」
「へぇ……」
ギルは小さなガラスの器に視線を注ぎながら呟いた。濃厚な紫色のブラックベリーと、とろりとしたなクリームが美しく層をなしている。
ギルはスプーンを手に取って、そっと一匙すくって口に運んだ。
「うん、これは……」
ギルの目が一瞬驚きに見開かれ、次に満足そうに細められた。
「ブラックベリーの酸味とクリームの甘さが……ちょうどよく混ざり合ってる。どこか懐かしくて優しい味だ」
ギルは次々とスプーンを動かし、満足そうにデザートを楽しんだ。
「ほんとに……美味しい」
という言葉を、ギルの口から初めてきいた。
「また、作って欲しい」
そう言われたフランは飛び上がりたいくらい嬉しかった。
(そんなに気に入ってくれたんだ)
振り替えればそれが、フランの菓子作りへの第一歩だった。
*
フランはギルのために新しいレシピを試すことに、ますます意欲が湧いてきた。彼の好みに応えるために、フランは特にデザートの研究に力を入れるようになった。
ある夏の日、フランは新しいレシピに挑戦したときのことだった。
それはレモンとミントを使ったシャーベットだった。
甘さは控えめで、爽やかな風味が特徴のシャーベットは、ギルにぴったりのデザートのように思えた。
「ギルさん、今日は新しいデザートを作ってみたの。レモンとミントのシャーベットです」
ギルは興味津々でスプーンを手に取り、一口食べてみた。
そのとき、ギルの顔に広がった笑顔はフランにとって最高の報酬だった。
「これは本当に爽やかだ。レモンの酸味とミントの清涼感が……甘さも控えめで、すごく、気に入った」
フランはその言葉を聞いて心から嬉しくなった。
これまでの努力が報われた気がした。
ギルの笑顔を見るたびに、新しいアイデアを試す意欲がわいてくる。
嬉しそうなギルの姿を見ているだけで、フランの胸には今まで感じたことのない温かい気持ちが流れ込んで来るのだった。
その後も、フランは様々なデザートを作り続けた。
例えば、フランボワーズのソルベや、ライチとローズウォーターを使ったシャーベット。さらにはシトラスフルーツをふんだんに使ったゼリー。
どれも、甘さ控えめで爽やかな味わいが特徴だった。
ギルはその度に感動してくれた。
銀色の人形のような美貌が、小さな驚きで表情を変える。
そして、にこにこしながらスプーンや小さなフォークを動かす男が、フランはもう可愛くて仕方が無くなっていた。
ギルは新しいデザートを楽しみにするようになり、料理もきちんと残さずに食べるようになった。
「ギルさん、最近ちゃんと食べてくれますね」
と、フランが言ったとき、髭も髪もきちんと整えた王子様のようなギルは、フランにだけとろけるような笑みを見せた。
「好きなんだ、って気付いたんだ」
「えっ……」
心臓をぎゅっと掴まれたかと思った。
フランは息が止まった気がして、椅子に座ってムースをつついている長身のギルの、艶やかな銀髪の前髪をじっと見た。
視線に気付いたギルが、ふと顔をあげて、にこっと微笑む。
「シャーベットってこんなに美味しいんだね」
フランの心臓はまた動き出した。
「あ、……そうですね、シャーベット。お好きなんですね」
「自分でも知らなかった。こんなにはまるなんて」
「試したい味があったら言って下さい」
「いいのか!? それじゃあ……」
嬉しそうに果実の名前をあげつらうギルを見て、フランはそっとため息をついた。
ギルには自覚がない。
自分がどんなに魅力的な顔で、フランに甘い言葉を言ったのか。
(今なら砂糖が無くてもお菓子ができてしまいそうだ)
フランは楽しそうなギルに相づちを打ちながら、惹かれ始めていく心に気付かざるを得なかった。




