鏡の中の神隠し
―――そこに、鏡あり
―――ある刻をすぎる頃、導かれし者は帰らぬ者になるだろう
―――それはそれは、不思議な魔力に吸い込まれ・・・
「……何を読んではるんです、アノン殿」
ふと声を掛けられて、アノンは顔を上げる。
そこには助手のゴンドがティーカップを持ちながら、立っていた。
「何を読んでいたかって、最近世間で話題の『神隠し』さ。今朝の新聞にまた記載されててね」
そうアノンは返す。
「探偵の血が騒ぐ、という話ですかねぇ」
「……あぁ、そうさ」
▪▪▪
彼の名は、アノン・ノート。
幼少期に動物の『コトバ』を読み取れるようになったのを切っ掛けに、通常の人とは違う能力を幾つか所有するようになっていった。
一部の人々からは煙たがれる一方、自身の力を使った人助けで人脈が出来上がり、数年前に異能探偵と呼ばれる特殊な探偵として、首都のガンロンで事務所を構えるようになったのだ。
今は助手 (お手伝い) のゴンドと共に、日々生活している。
「……で、アノン殿。その『神隠し』について、有力な情報は載ってはるんですか?」
そうゴンドが言う。
「また一人消えたって話だけだな」
今現在、『鏡の中の神隠し』と呼ばれる怪事件を通常任務と共に情報を追っている。
ガンロンを含めた周辺地域に魔力の持った鏡が存在しており、それを見かけたという人々が居なくなるという。
直接の依頼は来ていないが、新聞をマメに確認しているのだ。
ゴンドは溜め息を漏らす。
「ほんなら、手詰まりではありませんか。最初の事件から、既に半年を過ぎましたよ」
「最近じゃあ、記者も旨味が無いと思って追わなくなった。こうなったら、うちらが直接出るしか無くなる」
椅子の背もたれに寄りかかりながら、アノンが返す。
「情報は、どう探すんです?」
ゴンドの言葉に、アノンは腕を組む。
「決まっているじゃないか、俺の能力を使うのさ」
▪▪▪
その日の午後、アノンはガンロンの隣街であるゾメラへ向かった。
最初の被害者が住んでいる街であり、ゴンドに頼んで調べて貰った被害者の家へ赴こうとした。
「ここ、か?」
ようやく、家を見つけた。
情報によれば妻と共に二人で過ごしているとの事で、今は妻が居る筈だ。
アノンは、玄関のチャイムを鳴らすも返答が無い。
耳を澄ませても、中に人が居るようには感じない。
ドアノブを回すと、鍵は掛かっていないようだ。
(こりゃあ、おかしいな)
探偵法第7条に、『建物の中に人が住んでいる筈なのに居ない場合、確認をしてもよい』と項目がある。
これを行使して、中に入る。
「……なんだ、これは」
家の中は、誰かに荒らされたような状態になっている。
流石にこれは想定外で、正直驚いている。
「奥さん、居ますかー?」
声を掛けながら、アノンは奥へ向かう。
そして、寝室へ入ったその時だ。
(……なんだこれは!?)
寝室には、割られた鏡が無数あるのだ。
それを見て、家の中の手鏡が全て無くなっていたことを思い出した。
アノンはその中にある、手鏡に触れようとした瞬間だ。
「……イッ!!」
腕に電流が走ったような強い痛みが襲い、思わず手を引いた。
今までの経験上、電流が走るような痛みは『呪い』を表していることが多い。
(被害者の奥さんは居らず、割られた鏡は呪いの類い……厄介になってきたな)
アノンは外へ出ると、コシュラ (小型通信機) を使いゴンドに連絡を取る。
『はい、こちらゴンドでございます。アノン殿、どうされました?』
「実はだな――…」
ゴンドに家の中の出来事を話した。
『そうでしたか……それは危険ですね』
「ああ」
ふと視線を感じ、アノンはその方向を見る。
向かいの家の住人が、こちらを見ている。
……何か、話したいような感じがする。
「済まない、急用だ。また後で話してもいいか」
『はい、判りました』
通信が切れた事を確認すると、アノンはこちらを見ていた住人に話しかける。
「どうかしましまか」
「確か、異能探偵のアノン様ですよね。実はお話したいことがありまして……」
もしかしたら、『神隠し』の件を聞けるかもしれない。
「分かりました。ここでは話し難いと思うので、場所を移動しませんか」
「……はい。家へどうぞ」
二人は家の中へ入っていった。
▪▪▪
居間へ通され、席に座る。
「それで、お話したいこととは?」
そうアノンが口を開く。
「向かいのゼンレさん、確か『神隠し』の被害者でしたよね。……実は、その」
住民が、手鏡を机に置いた。
―――あの場にあった鏡のように、不自然に割れている。
触っても良いかと確認を取り、了承を得たので触れる。
先程のような強い痛みではないが、似た感触があった。
「これはどういう経緯か、教えてくれませんか」
住民は頷き、口を開いた。
▫▫▫
これは、つい最近の事です。
夜中の一時を過ぎた頃に私は目を覚まし、お手洗いに行こうとした時です。
サイドテーブルに置いてあった手鏡から、蒼白い光が出ている事に気が付きました。
何事かと思って、見ようとしたときに急に割れたのです。
一瞬の事で驚き、近くに置いてあった聖水を手鏡にかけました。
そうしたら、光が消えてこれ以降は何事もありませんでした。
それで、少し落ち着いた頃に『神隠し』の事を思い出しました。
もしかしたら、と思ったのですが……確信も無く、人様にはどうも言えませんでした。
▫▫▫
「それで丁度調べに来ていた俺に声を掛けた、という事ですか」
住民はその言葉に頷いた。
時刻は夜中の一時、手鏡が発端―――
聖水で力が衰えた事を考えると、『呪い』の類いで間違いない。
これだけ情報を得れば、解決に至る可能性が高い。
「情報、ありがとうございます。これは俺からのお気持ちで」
懐から紙幣二枚を取り出して、机に置く。
「そんな、受け取れません……!」
住民は返そうとするが、アノンは手を横に振る。
「これは俺のポリシーなので、どうか受け取って頂きたい」
▫▫▫
それから、事務所へ戻った。
ゴンドに改めて、情報を伝える。
「『神隠し』の正体は、『呪い』……それで一体どうするんです」
ゴンドがそう聞く。
「さっきも言っただろうが、出る条件がある。それが出るまで待ってから、始末しないといけない」
「始末って、神父様でもない私達でいけるのですか!?」
声を少し荒らげるゴンドを、アノンはなだめるように手を出す。
「教会の主は生憎だが、『乗り移った人』しか救えない事は承知の上だろ。神隠しに逢った人達が居ないとなれば、今俺がどうしないといけないか分かるな」
「は、はい……確かに仰る通りです」
少し冷静になったゴンドはそう返す。
「それじゃあ今夜、日付が変わった頃に始めるぞ」
▪▪▪
―――日付が変わった、夜中の一時前。
事務所の部屋に手鏡を用意して、その時を待っていた。
思わぬ巻き込みを防ぐ為ゴンドには部屋の外で待機をしており、教会の神父にも来てもらっている。
今手元には、呪い対策用の札を用意してある。
それと自身の力があれば、とりあえずは大丈夫であろう。
そして、一時を回った……その時だ。
蒼白い光が鏡から出始め、甲高い音で割れたのだ。
(……来る!)
札を持ち、アノンは身構える。
鏡の割れ目から手が出たかと思うと、人影らしいモノが現れる。
「貴様か、『神隠し』の正体は!」
そのモノは何も言わず、こちらへ手を伸ばし鏡の中に引き入れようとする。
アノンは札を手首に巻きつつ、力の限り引き抜く。
そしてモノの頭が部屋の地面に付いたのを見ると、アノンは馬乗りになりもう1つの札を首に押し当てる。
「これ以上、現世の人々を巻き込む事は辞めろ!もう、元の世界から出てくるな貴様ァ!!」
そう言うと、モノはすぅっと姿を消した。
▫▫▫
事が終わり、外に待機していた二人が入ってきた。
「……これはこれは、禍々しい気配が消えて驚きました。貴方様のお力は聞いていましたが、これ程とは」
そう神父が言う。
「とりあえず退治をしましたが、これで大丈夫……ですよね」
アノンが言うと、神父は頷いた。
「あとは神隠しに逢われた方の確認を、役所のお役人様に頼んでおきましょう。その後の事は、お任せして頂きたい」
▪▪▪
それからと云うもの。
被害に逢った方々は無事に帰ってきて、神父のお祓いを受けたという。
その後に、教会の禁域図書室の書物に今回の『モノ』の正体が分かった。
―――奴の名は『ガドロンド・ゾネ』。
鏡の中に住む悪魔の主で、700年周期で生け贄を貰いに現世に現れるとの事。
丁度、今年が700年の節目だった為に現れたという訳だ。
現れた年は数千人が犠牲になると記述があるが、今回はアノンの活躍で被害は抑えられた。
「なんとか、被害が抑えられて良かったですね」
一連の事件が終わったとの記事を見ながら、ゴンドがそう呟く。
「ああ、そうだな」
そう、アノンは返す。
その時、事務所の扉を叩く音が聞こえた。
「……入ってどうぞ」
―――こうして、今日も決して光を浴びない探偵の一日が始まる。




