闇に紛れて人は行動する
とある闇市の某所にて、来客が一人訪れた。それを歓迎する者もまたそこに居る。
彼らは旧知の間柄であり、砕けた話し声がその部屋を満たしていた。
「よぉ、久しぶりだなぁ『トレジャーハンター』。元気してたか?」
と、鳩の獣人の男は気さくに来客を迎える。その反面、訪れた客は実に冷たいものだった。
「……どうでもいいだろ、そんな事。第一そんな事を気に掛けるようなやつではあるまいに」
「へへっ……まぁそうなんだけどよ。もう少し愛嬌ってもんをなぁ……まぁいいか、それで? 何が知りたい?」
鳩の彼は所謂情報屋であり、彼の下に訪れる者は総じてそういう人間しかいない。
「奴ら……組織の動向が知りたい。分かるか?」
「ああ、お前の居るところの話だろ? 一体どんなヘマしたか知らんがお前を捜しているみたいだな」
どうやら客が何かしでかしたのか、その組織とやらに追われているようだ。
それを聞いた客は「やはりな」と思いながらも勝手にそのような行動に出られている事に苛立ちを覚える。
「……つくづく耳聡いだけで早計な奴らだ。こちらもこちらで考えがあって行動しているというのに」
「まぁまぁ、どうせ奴さんらは捨て駒程度にしか考えてないんだ。そこに信頼も信用もあるわけないさ」
「こちらとしてもナット・ガインがやられたのは少し想定外だ。奴は敵相性無視の不意打ちを好んで戦う。決して真っ向からは仕掛けない。故にやつもその術中にハマったのだが、信じられん事に初撃を耐えたやがった。普通ならそれで死ぬ」
客は続けざまに愚痴をこぼしていく。
「おまけに敢えて安いポーションを与えて回復に掛かる日数を稼ごうとしたにも関わらず、すぐに完治しやがった。見た目にそぐわぬ超人的な肉体だ」
「……まぁいい、最早過ぎたことだ。取り敢えず、今の自分が組織内でどのような立ち位置に置かれているのかは分かった。ほら……金だ」
そう言うと客は規定の金額を支払う。情報屋はそれを陽気に受け取る。
「毎度ありっ……とぉ。それで? これからどうすんだ?」
「……誤解を解かねばなるまい? 件の奴を仕留めに行く」
そう言うと客はこの場から立ち去ろうとする。それに対し情報屋は軽口を叩く。
「はーー、仕事熱心な事で……。流石は裏社会でも一部の人間しか知り得ない『ニャ語尾のペテン師』と言わしめた羽柴ミニルさんだなァ?」
すると、ミニルは情報屋を少し睨みつけながらこう返した。
「御託はいいし、褒め言葉にもなっていないからな。勘違いするなよ」
「へいへい……それじゃあほとぼりが冷めた頃にでもまたな」
話は終わり、ここから立ち去ろうと扉の取手に手をかけた彼女の背中を見て、何かを思い出したかのように情報屋は呼び止めた。
「あぁ、それと一つ聞いていいか?」
「何だ? 手短にな」
彼の呼びかけに少々不機嫌そうに彼女は返事をするも、彼は気にせず質問する。
「聞いてて思ったが、お前どうして奴が怪我で疲弊しているところを狙わなかったんだ? お前にはそれが出来るはずだろう? 十八番じゃないか」
彼からの問いに彼女の何か気でも触ったのか、さらに不機嫌そうに答えた。
「黙れ、お前から先に殺すぞ」
暗闇の中でもギロリと光る猫特有の目付きに牙がチラリとむき出す。
彼はその反応に笑ってあしらう。
「へっ、可愛らしい脅し文句じゃないか。ま、何でもいいけどよ。これからは間違いのないようにな」
「……余計な世話だ」
彼女は小声で捨て吐くようにそう呟き、そこから出ていった。
◆
「ほら起きな。出発するよ、君達」
深夜の真っ只中。京極凛風は神閤紅音とグリルを呼び起こす。
呼び起こされた彼女は目を覚ますも眠気が強く、完全には起きられてはいなかった。
「……ぁあ? ……まだ眠いぃ」
「四の五の言わないの。ほらっ起きるんだ!」
そう言うと凛風は彼女たちの掛け布団を無理やり引き剥がす。布団を引き剥がされたことで彼女たちは嫌でも起きてしまう。
「……うわっ寒! 布団取んじゃねぇよ! ……ってまだ夜じゃねぇか!!」
彼女の純粋な疑問に凛風は当然のことのように答えた。
「そうだよ。今のうちにさっさとこの街を出るんだ」
「あぁ? なんでまた……明日の朝でもいいだろ別に」
彼女がもう少し寝ていたいのもあってか、この時間に旅立つのを拒む。しかし凛風はそれを良しとはしなかった。
「いいや、それは遅いと言わざるを得ないね。仮にも君は追われている身だ。暗闇に乗じて逃げるのは世の常さ」
「……はぁそういうもんかね。……ていうかお前着いてくる気か?」
彼女は凛風が自然と着いて行こうとしている事に気づく。百歩譲って先のダンジョンの事は良いとしても、これからの旅路にまで着いてくるのは困る……というよりかはまるで意味が分からなかった。
「当たり前だろ? 君みたいな奴に全てを任せられるほど、私も馬鹿じゃない。……というか無理でしょ」
凛風としては乗りかかった船とでも言うべきか、事の次第に関わったものとして最後まで責任を果たそうとしているようだった。
そんな彼女の考えを大方感じた紅音ではあったが、彼女とて今まで別の理由で旅をしたきたはず、だというのにそれで良いのかと紅音は疑問もそうだが、少し申し訳無さも感じていた。
「随分とばっさり言うじゃねぇか。ま、否定はしないけども……だがお前も故郷を出て旅してるんだろ? いいのか?」
「そこは安心したまえ、私の旅の目的は少しの人探しと武者修行さ。この状況……まさにうってつけだろう?」
どうやら紅音の心配は杞憂だったようで、凛風の旅路にそこまで大きな変更は無く、寧ろ新たな強敵との出会いに望めると期待も抱いているようだった。
しかしだからといって彼女を連れて行くのは本当にいいものか……そう考えようとしたが眠気で頭が回らず、正常な判断がつきそうになかったために思考を放棄するのだった。
「あぁそうかもな。……まぁ何でも良いさ。今は寝ぼけててまともに頭が働かんから後で考える」
「そうかい。じゃあさっさと荷造りを整えるんだ」
「はいはい……グリルも起きろよぉ」
そう言って彼女はグリルの身体を擦るのだった。
旅立ちの支度を整え、宿屋を出てすぐだった。夜の外の寒さに紅音は少し震えた。
「たくっまだ眠いな……それに夜だからか少し寒いな」
寒さで震える彼女をよそに凛風は何かを待っているようだった。
「そろそろかな」
「何がぁ……ん?」
彼女の視線の先には一つの人影があり、近づいてくる人影はやがて像を結んでハッキリと捉えることが出来た。その人影の正体は……。
「よぉ待たせたな。ほらこれ」
その正体はカイザール魔術付与工房の店主であった。そして何故か現れた店主は彼女に例の魔術付与が施された装備品である【身体強化の腕紐】を手渡したのだった。
「えっ!? 何でっていうか、これ明日じゃあ……」
彼女は驚きとともに疑問が湧いてきた。それに店主は軽口を叩きながら答えた。
「はぁ……お前の連れに脅されたんでな。まぁ受け取れや」
「おやおや、脅しとは心外だね。懇切丁寧なお願いじゃないか」
凛風の言葉に店主は少し鼻で笑うも、彼女へ話しかける。
「よく言う……まぁそれよりもだ。お前……アレを潰す気なんだろ? とても正気じゃねぇが、まぁせいぜい頑張るんだな」
そう言いながら店主は彼女の肩をポンっポンっと、少し叩くことで店主なりの激励をする。
「え、何でそれを……アッ!! お前もしかして!!」
何故店主がそんな事を知っているのかが分からなかった彼女だったが、起こされてからこれまでの流れを振り返ることで凛風が店主に教え、協力を乞うた事を察したのだ。
今にも何か言いたげな彼女を鎮めるように凛風は言う。
「まぁまぁそれは良いじゃないか。それじゃ、さっさと出発するよ」
「たくっ……食えねぇなぁ。すまないな、迷惑かけたみたいで」
「いや別にそうでもねぇさ。たまにはいい気分転換になるさ、こういうのも」
「そうか……じゃあな! 色々とありがとよ!」
「あぁ、次来た時はゆっくり仕事させてもらうがな!」
こうして彼女たちは店主と去り際の挨拶を済ませ、互いに行くべき道を進むのだった。
街の出口に差し掛かった時、その大扉の前にまたもや一つの人影があった。彼女たちが近づいていくと、その人影の正体は彼女たちを襲ったライル・ディードッグと名乗る賞金稼ぎだった。
「あ、お前……どうしてここに? まだ諦めてねぇのか?」
警戒混じりに彼女がそう言うと、彼は少し笑いながらそれを否定した。
「まさか、諦めたさ。ただ一つ言っておきたくてな」
「何だよ?」
何かを告げに来た彼に彼女は少し身構えるも、その内容は彼女が思っていたようなものではなかった。
「俺は自身が生きるために多くの人や魔族を殺してきた。その中には悪人だって居た。だがこれからはそいつの善悪関係なしに今まで殺してきた奴のために少しでも償っていこうと思う。……自己満足でしかないと思うがな」
「そんな事をわざわざアタシに? ……そんな事を言われても困るんだが」
彼女が思っていたのと違っていたのと、そのように決意を固めた旨を言われた所で少々荷が重く感じた彼女はそれに気の利いた事を言える訳でもないので少し困ったのだ。
そんな彼女の反応に彼はまた少し笑う。
「ふっ、そうかもな。だが敢えてお前にわざわざ言いたかったのは俺が俺に対するケジメだ。殺した奴らと向き合うための誓立てをするには一人じゃ意味ないだろ? 聞いてくれる奴は必要だ」
「そういうもんかね……。終わったんならもういいか?」
「あぁ……いや、ちょっと待ってくれ。ここからはどこへ向かう気だ?」
どこへ行くも何もこのまま先へ進むだけ……というのは流石に憚れる解答だと思った彼女はどう答えるべきか悩んでしまう。大見得切った割にほぼ無計画と言える程ずさんであるとは言い難かったからだ。
「え? ……うーんと、そうだなぁ。まぁ取り敢えずは次の街にでも行って情報収集とかか? ……大見得切った割には計画性がなくてすまんね」
途中から諦めて素直に打ち明けた彼女であったが、彼はそれを見越していたのか、はたまた誰であろうとこうなるのは自然なのか、彼は彼女にとある情報を伝える。
「なら丁度いい。噂話でしかないが奴らの本拠地はマデロコス帝国にあるらしい。あの国は物資の流通が周辺国家と比べてとても盛んだ。金の流れるところに人の闇はあると良く言う。あくまでも噂話だが俺はそうは思わん。きっとこの情報は的を射ていると思う。役立ててくれ」
「おう、ありがとうな。……しっかしマデロコスと言えば──」
彼の見立てを聞いた彼女は話に出てきた国名に聞き覚えがあった。それはかつて羽柴ミニルが彼女へ勧めた国名である。
「ん? どうかしたの紅音?」
と、眠い目を今でも擦り続けているグリルがうわ言のように言う。彼女はそれを受けて今ここで立ち止まって考えることではないと思い、一旦その違和感は置いておくことにした。
「いや何でもねぇ。とにかく、お前も頑張れよ」
「あぁ、達者でな」
こうして彼女たちは自身らを襲ったかつての敵と分かれを済ませて、ようやく街を出たのだった。
◆
彼女たちと分かれを済ませた彼──ライル・ディードッグ──は未だそこから離れず、そこにしばらく居座り続けていた。
「……ん、あれは?」
すると彼の予想通りか、前方から何かが近づいてくる。彼はそれに少し近づき呼び止めた。
「そこのお前、止まれ。こんな夜更けに何処へ行く気だ」
彼の目の前に現れたのは肌が見える隙などがないほどに包まれた純白の法衣を身にまとう何処かの神官のようにも感じる人物であった。しかし法衣に施された青白い模様は稲妻のような激しく枝分かれした線を各所に帯びていただけであり何の宗教家なのか分からず、おまけに顔はフードとフェイスベールによって何も分からなかった。
彼の問いにその人物は無愛想に答える。
「何処へも何も無い。ただ俺は……この街から出ていくだけだ」
彼が聞いたその声色は完全に男のものだった。重低音で妙に威厳を感じるような逞しい声……。彼が目の前の人物の正体を必死に探ろうと思考を巡らせていた時、奴は掌から何かが彫り込まれた金のピンバッチを見せつけてくる。
真夜中ではあるものの、月明かりと金色の輝きのおかげでおおよその形は掴めたため、それが組織の紋章が彫り込まれた金のピンバッチであるということが分かった。
となると、彼の眼前の人物が組織の手のものであることは明白であり、その行く手を阻むために彼はここに居る。
「すまないがそれは明日にでもしてくれないか。それに今日は旅立つにはあまり縁起は良くないぞ」
「デタラメを……。三下風情が俺の邪魔をするか」
彼は不快感を顕わにしたその声と共に気の所為か、奴の身体周りが少しパチパチと青白く光ったのを見た。
「どういう意味だ、お前まさか」
何かを察し驚愕する彼を無視して、初対面にも関わらず彼を三下と吐き捨てるその人物は否応なくいきなり何かを唱え始める。
「ファースト・フェ──」
「【十三番目の悪魔】ッ!!」
奴の詠唱を遮る形で若い青年の声が周囲に轟き、奴の前方と後方に二枚の鏡が鏡合わせとなって対象を挟み込んだ。そしてこれは予定外の出来事であり、とんだ参戦にライルは目を見開いて驚くしかなかった。
「っ!? これはッ!」
「今度こそッ! この僕がやってやるッ!!」
ケイルは自身に言い聞かせるように息巻いて言う。しかし彼とて、この状況で都合よく能力の発動条件が揃うとは思ってはいない。だからこそ彼の狙いは能力の発動ではなく、彼が出現させた鏡によって対象を挟んで潰すことが狙いであり、彼は今この瞬間にもそれを行おうとしていた。
しかし、敵の正体に勘づいたライルは彼を制止しようと声を張り上げて呼び止める。
「やめろッ!! 恐らくこいつはッ──」
「下らぬ……『ファースト・フェーズ』【放電撃】」
時既に遅く、奴は能力を発動する。挟み込み迫る二枚の鏡に向けて真っすぐ伸ばした腕、そしてその指先から青白い閃光がバチバチと音を鳴らしながら解き放たれ、その二枚の鏡を見事粉々に粉砕してしまう。
「うそっ──」
ケイルは現実を受け止めきれない言葉を吐く。そして彼の眼前まで伸びてきたその閃光を避けることは出来ず、そのまま攻撃を喰らってしまう。
「ぐああああああがあがががががあがッががあッ!!!」
「くッ!? ケイルッ!!」
雷撃により激しく感電するケイルを彼は助ける事はできず、ただその名を叫ぶだけであった。そして、その様を眺める法衣を着た男は呟く。
「他愛もない。所詮は限定されたもの……条件さえ分かれば対処は可能だ」
まるで目の前に現れた蝿をただ払い除けただけのように男は言う。その態度に彼はこの男が例のアレであると確信する。
「先程から俺達の能力を知っているその素振りと、何より俺の身体の芯から感じる程の強烈な威圧感……!!」
「お前は……。いやお前こそがッ四人衆の一角かッ!!」
組織の上層部であるならば自分たちの力量を知っていた所で何もおかしくは無い。そして、これ程の武闘派であるならば最早それ以外はあり得ない。
だが奴は彼の問いに答える気は無かった。
「……何も聞くな。ただお前はそこを退けさえすればいい。それだけがお前に許されている」
「もし……断ったら?」
彼は固唾を飲み込みながらそう言い放った。そして、上に歯向かう不穏分子または裏切り者への解答はただ一つのみ。
「裏切り者は組織には不要だ。【放電撃】」
「地属性魔法【湧き出る岩】ッ!!」
雷属性の魔法に対して地属性の魔法は攻守において圧倒的に優位である。その相性による選択で彼は決して間違ってはいなかった。……だが相手は彼と同じにして格上の世界異能の持ち主である。
◆
そうして彼と別れた彼女達は先へ進むため、森の中へと入ろうとしていた。
「どうしたよ? 行かねぇのか」
森へ入る直前、紅音達と並んで歩いていた凛風が突然立ち止まったのだ。彼女は上を見上げ、風に揺れる木々を眺めながら生返事をする。
「あぁ」
(異様な程の死の匂い……この先に何かがいる)
何か得体のしれないものを感じ取る彼女だったが、ここで立ち止まっても仕方ないとその余念を振り払う。
「いや、今ここで気にすることではないか……。初めからどこにも安全なところなど在りはしないものだ」
そう小声で呟く彼女に反して、紅音は本を手に持ち、そこに記載された地図を読み取る。
「マデロコス帝国……このまま北上すればその国境まで辿り着けるみたいだな。まぁこの地図情報が正しければだけど」
不安げに言う紅音に対して凛風はそれを朧げながらも肯定する。
「確か……まぁそんな感じだったかな。合っていると思うよ」
「そうか……まぁ行くあてもそんなに無いし、ひとまずアイツに教えられたところにでも行ってみるか」
(ただ気になるのはマデロコス帝国って確かミニルの野郎がアタシに言っていた国だよな……。まぁ偶然……だよな)
そう彼女は思い出す。そしてただの偶然と思いつつも、何故か引っかかる。そんな彼女の心情が表情に現れていたのかグリルが話しかける。
「どうかしたの紅音?」
「いや何でもない。このまま道沿いに進んで行こう。幸い森とはいえ、馬車とかが通れるように道は拓けているみたいだからな」
森の道は荒いとは言え、荷馬車の一つ程度が通れるほどには整備されていた。そして紅音はこの道のりを歩いていくのは時間がかかると思い、能力で生み出した馬車を使って移動することにした。
周辺の適当なものを金に変えて荷馬車のようなものを作る。
「へぇ……これが君の異能というやつか。確かに金になっているが……元と比べて明らかに大きいと思うのだけど。これはどういうことだい?」
「さぁ? アタシにもわからん」
「ふぅん……。まぁその話は後にでもしようか、さっさと進んだほうがいいね。夜の森は危険だから」
「そんな危険な時に旅立つとか正気じゃねぇよ」
「良いじゃないか。何も見えないわけじゃないんだし」
凛風が魔法で暗闇の中でも多少夜目が効くよう付与してくれた。そのお陰で彼女たちは真夜中とは言え全く何も見えない状態というわけではなかった。
彼女たちはそのまま話を続けながら黄金の馬車へ乗り込み、その荒れた道を進むのだった。
「そういう事じゃっ……まぁ今更か。……なぁ聞いていいか?」
「何をだい?」
「どうしてわざわざこんな時間なんだ? 確かに矢継ぎ早に色々と敵が襲ってくるから少しでも行動するってのは分からなくもないが、どうにも急じゃねぇか? 昨日今日どころか今日じゃねぇか」
「あぁその話? うーんとねぇ……。君、ここで最近どれほど戦った?」
「え? 急に何だよ。……そうだなぁ今日含めたら大体三回? ああでも、向こうからじゃなくて自分からも含めるなら六回はいってるか? まぁ遭遇しただけみたいなのもあるけど」
ダンジョンでの魔物等と含めればもう少し多いが、戦いの緊迫感や緊張感。それの差があまりにもありすぎたため、些事と言い捨てれる部類はカウントされていなかった。
「……それは多すぎやしないかい? それで怪我とかは負わなかったのかい?」
「いやまぁ普通に生死の境を彷徨ったけど。でも例の……ナントカ組織が絡んでそうなのはたった二回だぜ? ああ三回か、でも内一回はちょっと違うがな」
今日の事を除いて彼女が組織が絡んでいると踏んでいるのは、馬車での襲撃にナットガインの襲来と伯爵家に差し向けられた暗殺者である。だが実際にはその他でも絡まれていたわけだが、そのようなことを彼女が知る由は無かった。
「なるほどね、その一回で目を付けられたわけだ。そして君は不幸にも生き残ってしまった。それで奴らは躍起になって君を殺そうとしているのか……しかし他の三回は一体何だい?」
「えーっと、ダンジョンの魔物との戦闘とか……あとは野生のキマイラとか言ったっけ? それを倒したりとかだな」
「あぁ魔物か……それにキマイラ? うーん、私の知識には無い魔物だ」
「えっそうなのか? あーそういや異国から来たんだったものな。アタシが見たキマイラは何か赤と紫が混じった体毛で、獅子や龍に山羊の頭があるやつだったぜ」
「へぇ……話に聞くところによるのが本当なら実に珍妙な生き物だ」
聞いたこともない魔物の姿を空想し、どう倒そうか妄想にふけりそうになるがそれを抑えて話を戻す。
「……ああっと、話が少しズレたね。聞いてて思ったがやはり君はこの短期間で戦いすぎだ」
「そして君を殺そうとする輩は今日の彼ら以外もどれも捨て駒に近いと予想される。そんな奴らが死ぬ前提で送り込まれているとしたら誰が君の情報を伝えるんだい?」
凛風の考えとしては必ず情報を組織に伝えている何者かが彼女たちを付け狙っているとのことだった。
今までそんな気配の欠片も感じなかった紅音はそんな事が本当にあり得るのか、にわかには信じ難かったがそうかも知れない可能性は捨てきれないので一先ず信じることにした。
「まぁ確かに……それじゃそいつから目を眩ませる目的か?」
「……もしも四六時中見張っているとするならそう簡単にまけやしないさ」
「それに君の異能について彼らがどれほど知っているかは知らないけど、彼らは君の異能を恐れている。いや、正しくは異能を持つ存在を恐れている」
「どうしてそこまで」
「そんなの私だって彼らの立場だったら、不確定要素の強い謎の力をほっとくわけ無いさ。突出しすぎる力を持つ個人というのは何であれ恐ろしいものさ。しかも君みたいな人間でも手軽に強くなれるような要素も含んでいたら余計ね……」
「……」
彼女は無言にならざるを得なかった。確かに彼女がこれまで戦った異能持ちは皆、自ら進んで戦っていた。無論、中にはそうしなければ生きられないなどという奴も居たかもしれない。だがかつての世界ではそういった戦いとは無縁だった世界に生きていた彼女としては少々受け入れ難い考えだった。
環境が彼らを変えてしまったのか、それとも初めからそういう危うい人間だったのか。その審議は定かではないが、確かに言えるのは彼女が居た世界とて『目には見えない血』が流れるという争いは日々行われていた。
「まぁそういう事を知っている輩ということは、彼らもまたそうなんだろうね。……おや? 今更後悔でもしてきたかい?」
「……正直、多少な。だが何にしたって、どうにかしないとアタシらの未来は無さそうだしな」
「そうだろうね……──?」
ふとした時、 凛風は後ろに何か違和感を感じた。何か彼女の直感に働きかけるもの……。それは彼女が長年培ってきた戦いでしか得られない直感。
それは──死の予感である。そして死はこう告げた
『──放電撃』
彼女たちの後方から放たれし青白い閃光は黄金の馬車目掛けてくる。
「──ッ!!」
それに咄嗟に気づけた凛風は紅音達を片手ずつ掴み上げ、急いでその馬車から飛び降りた。
到達した閃光が触れた黄金の馬車から拡散するかのように、稲妻が辺り周囲に飛び散るのだった。
*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。
読了、ありがとうございます!
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