災厄
禍神の領域を荒らしたことをその貴族は直ぐに吐かなかった。
否、口にしたくても口にできないようにと施されていたが正しい。しかしそれを国の者たちが気付くことはなく、尋問は通常のものから段々と激しく厳しいものへと変わっていった。
神の許しがあるという大義名分や大勢の人々を救う為という名目が、容赦のない拷問を行うことで発生する良心の呵責を有耶無耶にしてしまう。
常では行われないような類いのものも実行に移される異様な中でようやっと今回の件について言葉を紡ぐのを許されまるで白状したようになった男は数日後に亡くなり、結局あとにはどうしようもない呪いと一筋縄ではいかない問題が残った。
そんな国を、離れた洞穴の中で愉しそうに八つの目で眺めてはそれぞれの目に表情を宿しニタリ、ニタリと化け物が笑った。
拾った子は今は寝ているために寛ぎモードとでも言おうか。
人の姿に偽らない己の姿は少しぶりで心地が良い。
長い足も伸ばすだけ伸ばして、壁や天井にくっついてしまっている部分もあるが元より自分だけの住処だ。汚れようが壊れようが構わない。
自分以外が、となれば話は別になるが。
『あ〜あ、呆気なかったねぇ。元おとうさん』
人が狂う様はいつ見てもよいと化け物はうっとりと恍惚にも似た顔でこぼした。
それから死者の骸に対してまだ呪いが消えないと死して尚、悪逆の限りを尽くす様をもっとやれもっとやれとはやし立てながらぐるりと頭をフクロウのように一回転させて、カランと枯れ木を硬いもので叩いたような音を立てつつ正面へと顔を戻した。
『死を広げる弟王子の方は、小石をせき止めてどこまで腹が膨れるか観察してみようかな。ニンゲンの中では綺麗なお顔なんだろうけど、どんな色になるんだろう?でも貯まるより先に体のほうが保たなくなるかなぁ』
カラン、コロンと右へ左へ頭を回しては音楽のように奏でられ不気味さと言動の危うさに拍車がかかった。
『王妃はもう保たない。保たない。王さまはどんな顔をするのかなァ?国の景観を損ねた僕にあれだけ怒ってたのに、言葉に出したそれすらままならないまま、ムネン?てやつ?アハ、アハハハァ、バカみたい。笑える』
コロ、カラ、コロロ。笑い声さえその音にかき消える。
『ヒトリハ、残さなキャ、ヒトリ、ヒトリ。カアイソウ、カアイソウな王子サマ』
洞窟に反響する不気味な声は高く低くと不安定になり、段々と複数の人間が喋っているような重なったものに変わった。
今は五人ほどだろうか。
老いも若いも男も女もわからない。どれが真の彼の声なのか。
化け物は一頻り国の様子を壁に映したものを眺めてから、さて、と満足げに足の一つを動かし壁に映していた光景を消した。
「そろそろ人間に戻らないとだよね」
白い面のような顔は健康的に日に焼けた肌へ。ゴワゴワとした熊の毛のような体毛は短く切り揃えられた髪へ。そして色も黒に近い深い緑から明るい蜂蜜色の癖毛に。
化け物が知る唯一友と認めることのできた男の姿にそっくりな出で立ちとなった。
細い目を開けば自分では確認ができないものの、虹彩はマロー色をしているだろう。
顔に長い手足ではなくなった二本の手で触れ、きちんと装えたかを見ては拾った子どもをそろそろ起こしてやり餌を与えなければと足をそちらに向けかけ、あっと小さく声を漏らして足を一度止めた。
「服着てなかった。あぶね、小さいからどうせまだわかんないだろうけど、でも股の間省略しちゃってるからヒトじゃないってバレるよね」
気付いて良かったと言いながら今度は目を閉じうんうんと唸って自身の体に服をまとう為に力を使う。洞穴生活をしても直ぐに破れたりしない頑丈な服を考えて、完全に隠すべき場所を隠したことをくるくると前後しっかりと体を見て、これでよしと息を吐いて、彼は娘の元へと改めて向かっていった。