宣戦布告 ②
「何言ってんだコラー!!」
「言っていいことと悪いことがあるぞ!!」
「私の初恋連れて行かないでよ!!」
「バカ! アホ! 太ももぐにょぐにょ!!」
「ムチムチですぅ-! ちゃんと中に身が詰まってますー!!」
周囲からのブーイングにも負けず、忍愛は捕まらないようにおかきを抱えたまま運動場で大立ち回りを演じる。
さすが忍者だけあってその身のこなしは軽く、だれも忍愛に指一つ触れることができない。
「ええい全員落ち着きや! そもそも山田ァ、お前の提案に乗るメリットがないやろ!」
「山田言うな! メリットはあるよ、ボクが嬉しい!!」
「お前のメリットは聞いてないわ!! こっちにおかき拉致られるリスクしかない言うとんねん!!」
「しかたない……ボクのブロマイドで良ければあげるけど」
「シバくぞ」
「あの、そもそもなぜ忍愛さんは私を引き抜こうと?」
忍愛に抱えられたままのおかきが、おずおずと手をあげて疑問を問いかける。
ウカたちに挑戦を受けるメリットがないのはごもっともだが、忍愛にも大した意味があるとも思えない。
目立ちたがりの忍愛が、多数の生徒からブーイングを浴びてなお無茶な提案を宣言する真意がおかきにはわからなかった。
「よくぞ聞いてくれたね、新人ちゃん。 これには山より深く海より高い理由があるんだよ」
「浅瀬チャプチャプやん」
「ボクだって新人ちゃんと絡みたい、あわよくばいっしょにチヤホヤされたいんだよ! 君たちに分かるかこの気持ち!!」
「あっ、枝毛」
「お嬢、枝毛カッターあるけど貸そうか?」
「聞けよぅボクの話を!!」
「ごめん、くだらなすぎて脳が理解拒んだわ。 そろそろ気が済んだらおかき返してくれない?」
「おっと良いのかな、このままじゃ新人ちゃんはお金が足りなくなっちゃうぜ?」
「AP? 別に今は困って……あれ?」
おかきは端末から自分のAPを確認すると、明らかに表示された数字が少ないことに気づく。
今日はすべての授業を問題なく受けたはずだ、いくら転入したばかりとはいえもう少し多くてもおかしくはない。
「……そういえば、私たちが休んだ分のAPってどうなっています?」
「欠席扱いだから加算はなし、だけど毎日減算は行われるわ。 それでも毎日に貯金があれば……そうか、おかきはまだ日が浅いから」
「そういうこと、つまりこのままだと新人ちゃんはペナルティの危機が」
「しょうがないわね、私のAP少し貸すわ。 黒字になったら返しなさいよ」
「やめてよガハラ様、ボクの計画の邪魔するのは!!」
「お前の計画最初からズタボロやんけ」
おかきの端末に数日ぶんのAPが贈られると、忍愛が膝から崩れて泣き始める。
どうもAP不足を引き合いに出せばウカたちも乗ってくる算段で、ここから先は何も考えていないようだ。
「やだやだやだやだ! 新人ちゃん賭けて戦いたいの、ボクだけ他所のクラスで寂しいんだよぉ!!」
「わあ、いい年した学生が駄々こねるところ初めて見たわね」
「なぜ忍愛さんはここまで執着を?」
「まあ、よっぽど初めての後輩ができたのがうれしかったんやろな」
カフカのナンバリングを考えれば、おかきがSICKに入るまで一番新入りだったのが11号の忍愛だ。
その次に12号のミュウが現れるが、彼女は魔女集会にスカウトされてSICKに加入しなかった。
胸を張って自分の後輩と呼べる存在は、藍上 おかきが初めての存在で間違いない。
「別に私は勝負を受けてもかまわないですよ? このまま放置すると余計拗らせそうですし」
「いうてな、おかき。 生徒個人の欲望でクラス替えなんてそう簡単に……」
「―――――面白い! 認めましょう!!」
「「「「うわーっ!?」」」」
それこそ忍者のように煙幕を纏い、おかきたちの間に突如として現れたのはシルクハットを被った金髪の男。
おかきは一度目にしただけだが、それでもこの独特の存在感を忘れるはずがなかった。
「り、理事長! 認めるってどういう事や!?」
「言葉通りです、理事長の名に懸けてその勝負を認めましょう! 魔性の生徒をかけて醜く争う様は実に面白い!!」
「性根がカス」
「そこ、AP1点減点。 今後の学園生活で常に付きまとう端数に身悶えしなさい」
「ふざけんじゃねえこのシルクハット野郎!」
「認めるんじゃねえよこんな勝負、ギャル贔屓か!?」
「ふざけたシルクハット被りやがって!!」
「チェーンソーで殺られそうなキャラデザのくせに!!」
今まで忍愛に向けられていたブーイングが、今度は一斉に理事長へと向けられた。
しかしAP減点すら恐れぬ学生たちの怒りを前に、当の本人は涼しい顔をして聞き流している。
「ふふ……チェーンソーですか……そっかぁ……」
「いや結構効いてますね、罵倒」
「理事長、ふざけるのもそこまでにしてください。 さすがに私たちが一方的にリスクを負うのはアンフェアです」
周りのブーイングを遮り、至極まっとうな意見で反論するのは甘音だ。
(カフカへの奇行を除けば)優等生で通っている甘音の言葉に、周囲のクラスメイトたちも引き下がる姿勢を見せている。
「んん、これはこれは天笠祓さん。 ぐうの音も出ない正論をどうも」
「ぐうの音も出ない正論をどうぞ。 せっかくクラスになじみ始めたのに、とっかえひっかえになったらおかきも不憫です。 それに景品のような扱いも気持ちいいものではないかと」
「なるほどなるほど、つまり問題点は2つですね」
理事長は白手袋をはめた指をピンと2本立てる。
おかきにはその所作がいちいち大げさに見え、まるで舞台劇を見ているような気分にさせられる。
「1.勝負はフェアに、2.生徒個人を戦果扱いにしたくはない。 そういうことですね?」
「まあ、そうですけど……」
「ではこうしましょう。 今年の球技大会、優勝者には理事長自ら豪華景品をプレゼントです!」
「豪華景品? なんやいったい」
「私がなんでも願いを叶える権利――――ではいかかでしょうか?」




