宣戦布告 ①
「ウカー、おかき捕まえてきたわよー」
「にゃーん……」
「ぅにゃゎおん」
「ネコ抱えたおかき抱えたお嬢がやってきたわ」
裏庭で甘音たちに捕獲されたおかきは、一緒に戯れていた野良猫ごと拉致・輸送された。
連れられた先はトラックが引かれた運動場、さらにウカを含む生徒たちは動きやすい運動着に身を包んでいた。
「ドレスショーが嫌だって言うから先に球技大会の参加種目を考えることにしたわ、よろしく」
「任せとき、しっかし部屋と一緒に運動着も焼けてもうたのは痛いなあ。 誰か替えもってへん?」
「「「持ってるけどサイズが……」」」
「分かってますよ、どうせ小学生サイズですよええ」
「にゃうわぉん」
転入の際に制服とあわせて学園指定の運動着も渡されていたが、おかきが持っていた衣服のほとんどはアクタの爆破テロによりほとんどが焼け落ちてしまった。
おかげで今のおかきは制服一着ぐらいしかまともな服を持っていない、誰かから借りようにも最低値の身長に合う服など同級生は持っていない。
「うちの服もちょっとブカ気味やからなぁ、初等部から借りてきた方が早いんとちゃうか?」
「学年によってデザインが変わるから無理よ、学園行事中は指定の服装じゃないとペナルティ発生するわよ」
「ほな新しいの届くまで辛抱やなぁ……まあ今日はしゃあない、おかきちょっとこっち来ぃ」
「運動系の技能はまったく取得していないんですけども……すみません、ちょっとここで待っててくださいね」
「にゃまぉん」
ベンチに猫を預け、おかきは小走りでウカのもとへ駆け寄る。
中央で待つ彼女の元まで到達すると、おかきは新品のソフトボールを1つ手渡された。
「ものは試しや、ここからキャッチャーのところまで投げてみ。 ミットまで届いたら名誉ピッチャーや」
「そんなにうちのクラス人材不足なんですか?」
ベースもない簡易的なホームの再現だが、それでもミットを構えた捕手まで10m以上は離れている。
カフカとなって縮んだ身体では感じる距離感も以前以上だ、普通に投げても届く気がしないほどに。
それでもベンチで見つめる学友たちの期待に応えるべく、おかきは記憶の中にある投球フォームでボールを構える。
「投擲は初期値でも成功する……投擲は初期値でも成功する……投擲は初期値でも成功する……ちょあー!!」
雄たけびとともに投げられた白球は、空気を切り裂いて見事キャッチャーミットへ吸い込まれる……ことはなく、ほぼ地面と直角の角度で足元へ叩きつけられた。
「気合十分ね」
「せやな、気合だけやけど」
「ふぅ……ま、60点というところでしょうか」
「自己評価我が子のごとく可愛がるじゃない」
「まあ戦力にならんことは分かったから儲けやな、当日は怪我しないように」
「ひどい」
たった一度の投球で見限られたおかきは憤慨するが、否定できる実力もない以上は引き下がるほかなかった。
しかし黙ってベンチへ下がる前に、疑問が1つ浮かぶ。
ウカたちの雰囲気にはどうも球技大会を楽しむというよりも、誰かに対する強い敵愾心を感じるものだ。
「ウカさん、どうしてみんなこんなに殺気立っているんですか?」
「気づいたか、身体使うイベントには最大の敵がおんねん」
「敵って……ああ、もしや忍愛さんですか」
「せや、去年はあいつに優勝搔っ攫われて半年ほどイキり散らかされたわ」
「なにやってんですかあの人」
忍者の身体能力を持つ彼女なら、競技大会など赤子の手をひねるようなものだ。
生徒たちを蹂躙して調子になる様がおかきにもはっきりと想像できる、そして調子づかせた際の鬱陶しさもはっきりと。
「せやから今年こそはぶちのめすためにメンバー厳選してんねん、十中八九うちが出場する競技に参加してくるからな」
「今年こそはあのデカチチピンクの鼻っ柱をへし折って脳脊髄液を採取してやるわ!」
「殺伐としていらっしゃる」
「にゃぅぉん」
おかきは復讐に燃えるウカたちを遠巻きに眺めるが、同時に敵に回した山田 忍愛の脅威を再確認していた。
単純な身体能力もさることながら、カジノで見せた手練や潜入技術も有している。
今こうしている間にも作戦が筒抜けかもしれないと考えると、彼女の優勝にも納得できる。
「やあやあやあ新人ちゃん、ついでに負け組の諸君! 今年も無駄になる努力に精を出しているねえ! ボクに負けるのにねえ!!」
「潜入どころかどうどうと来ましたね」
「今のうちに足の5~6本砕いとけば倒せるんとちゃうか」
「落ち着きなさいウカ、人体に足は2本しかないわ。 膝を重点的に狙いなさい」
「そういう問題ではないと思いますけども」
音もなくいつの間にかおかきの隣に座っていたのは、噂の忍愛ご本人だ。
ベンチにふんぞり返って天狗になっているその様は、見る者の怒りを実に煽る才能に満ち溢れている。
「ふざけんなあのピンク! 胸がでかいからって何でも許されると思いやがって! みんな出てこい!」
「性格を犠牲に顔と胸と太ももにステータス振った悲しき獣がよォ!!」
「自分の見た目が良いってわかってやってるのが一番腹立つ!」
「何とでも言うがいいさ男子共、ボクが可愛いのは周知の事実だからねぇ!!」
「わりとストレートに性格ブス言われてるで阿呆」
「嫉妬にしか聞こえないなぁ! それでセンパイ、今年はどの競技で負けるのか決めたの?」
「いちいち嫌味挟まんと喋れんのか。 まだ決まってへんから大人しく帰れ、魚肉ソーセージやるから」
「犬猫じゃないんだけど? まあもらうけど」
「もらうんだ……」
忍愛はウカから投げ渡された魚肉ソーセージを受け取り、半分に割った片方をおかきへ渡す。
そのまま自分の分をわずか2口で完食すると、忍愛は横のおかきを抱えたままウカの元まで歩み寄る。
「センパァイ、今年もボクが勝つと思うけど自信のほどはある?」
「その天狗っ鼻今すぐへし折ったってもええんやで? ほんでわざわざ敵地まで何しに来たんや」
「もちろん勝利宣言! ……と、交渉が一つ」
「交渉? なんや急にあらたまって、勝ったら何か寄越せって話か」
「さっすがパイセン話が早い! ボクが勝ったらねえ、新人ちゃんをもらおうかなって!」
「…………はい?」
「んにゃぉん?」




