天使の後始末 ③
「あっ、おかきちゃんきた。 転入早々災難だったねー、ポッキー食べる?」
「退院祝いのお菓子あるよー、トッポ食べる?」
「お休み中の授業ノート取ってあるから使いなよー、それとプリッツ食べる?」
「なんで皆さん棒状のお菓子食べさせようとするんですかね」
「いいじゃない、貰えるものは貰っときなさいよ」
ガス爆発に巻き込まれて負傷したという設定で休学していたおかきの周囲に、心配していた学友たちが群がる。
焼き肉店での打ち上げからさらに数日、土日を挟んで十分な休息をとったおかきたちは、無事学園生活に復帰していた。
「あーほらほら、全員散った散った。 おかきたちは病み上がりやねんぞ、あまりいじめたらあかんて」
「ウカっちもお久ー。 ってかみんな怪我してんじゃん、やっば」
「そりゃ部屋爆散してんだからそうよ、生きてるだけ儲けじゃん」
「いやあ本当幸運でしたねははは」
おかきの腕もだいぶ包帯の固定は薄くなったが、それでもいまだ掌をガッチリと覆っている。
ウカもまたあの裏カジノで負った負傷が癒え切っていない、「爆発で負った怪我」として全部誤魔化せるのは僥倖だった。
「そういえば、私たちの部屋って今どうなっているんですか?」
「当然やけど修復中や、余った部屋割り当てられとるから授業終わったら確認しとき」
「爆心地が隣室とはいえ私物もほとんど駄目になってるのよね、だれかしばらく教科書貸してくれない?」
「おかきちゃんの抱っこ権と交換ならいいよ」
「乗ったわ、好きなだけ膝に乗せなさい」
「本人の同意なしで人身売買が行われましたね」
「はいはーい、みんな大好き飯酒盃先生がきましたよー。 ホームルームはじめるからみんな座ってくださーい……ヒック」
おかきが抗議するタイミングを邪魔する形でチャイムが鳴り、酒気を帯びた担任が教室の扉を開ける。
彼女も後方支援として作戦に参加していたはずだが、そんな疲れも気配も酒に溶かして今日も見事にダメ教師を演じている。
「あっ、そうそう。 おかきさんたち3人が今日から教室に戻ってきました~みんな拍手~」
「先生ー、今までその話で十分盛り上がってたところっす」
「えっ、うそ、私だけ仲間外れ? 飯酒盃ショック」
「ええからHR進めてな先生」
「はいぃ……えっとぉ、今月はお楽しみのイベントがいっぱいあるんだよねぇ。 今日からみんなと色々打合せしようと思ってて」
「イベント? ええと、この時期だと……」
「おかきは知らないわよね、球技大会と文化祭があるのよ」
球技大会、文化祭、どちらもおかきには縁が遠い存在だった。
同時に心が躍る言葉でもある。 かつて学校を中退した“雄太”にとってはどちらも初めての経験だ。
「いいですね、それで文化祭では何を」
「放課後集まれる人、東図書館に遠征するわよ。 過去の営業データ洗って売り上げ統計をまとめるわ!」
「ガハラ様はそっち頼んだ! 偵察隊は3班に分かれて各教室へ偵察を仕掛ける!」
「A,Bは山を迂回して西棟に、C班は陽動として動いて」
「球技大会も練習メニュー組むから、各自提出は早めにねー!」
「……学校行事ってこんなに殺気立つものなんですね」
「ちゃうねん、この学園が特殊やねん」
――――――――…………
――――……
――…
「文化祭の収入はそのままAPに加算される?」
「そうよ、この学園って現金使えないでしょ? こういったイベント収入はお小遣いを稼ぐ貴重な機会なのよ」
その日の昼、おかきは屋上にて甘音から学園祭の説明を受けていた。
本日の昼食は怪我した腕でも食べやすいアンパンと牛乳、カフカとなって味覚が変わった舌に小豆の甘味がよく染みる。
「おまけに順位によってAPへの還元率が変わるからみんな血眼や、いつの時代も金は人を狂わせるんやな」
「なるほど、そうなると球技大会も賞金が出るんですか?」
「まあ出るには出るけど、血の気が多いだけよ」
「血の気が多い」
「初等部・中等部で煮え湯を飲んだ子がリベンジに燃えていることも多いわね。 漫画一本かけそうなエピソード持ってる生徒も数えきれないほどいるわ」
「本当特殊ですね、この学園」
「まあうちらが言えた義理ちゃうけどな」
前代未聞の奇病にかかったカフカに、不老不死にご執心な製薬会社のご令嬢。
この3人だけでも胃もたれするほど濃い背景を持っているが、学園をあるけどこの程度は珍しくない生徒がより取り見取りに揃っている。
“訳あり”を集めたという麻里元の言葉は嘘ではない、いわば個性の蟲毒だ。
「そして、そんな連中が学園祭で店を開こうとすればどうなるか……わかるかしら?」
「…………ただの出店では終わらない、ですね」
「去年の高等部は売上1位出した生徒がそのままNASAにスカウトされたらしいで」
「一昨年は何だったかしら、たしか新種の化石発掘してオークション形式で売りさばいたんだっけ」
「あの、私たちそれらに勝つものを出店しないといけないんですか?」
「もちろん勝つつもりで行くわ! 今回は秘策もあるしね、うふふふ……」
不敵に笑う甘音とウカの視線がおかきへ向けられる。
金に目がくらんでギラついた瞳はまるで蛇のようにおかきを掴んで離さない。
「うん、おかきならいけるわ……メイド喫茶!」
「やりませんからね?」
一難去ってまた一難、おかきはこれから来る学園祭に頭を悩ませることとなる。




