王子、死す ②
「ヴァルソニア王国は中央アジアに近しい位置にある立憲君主制の島国だ。 人口はおよそ12000人で鉱石、硝石、手工芸などを主要産業としている」
「ほえー、日本人口の1/10くらいか」
「約1/10000ですね」
「社会科からやり直せアホ、ずいぶんちっさい国やな」
ウカさんたちとともに見上げるモニターには、世界地図の中に点々と穿たれたゴマ粒のような国が赤丸で囲われている。
人口規模は日本で言えば屋久島に近いだろうか? 島の大きさは少なくとも北海道よりは小さいと思われる。
「まあこれはおいらが説明用に加工した画像なんだけどね、実際はこの位置に島どころか人が住める陸地はない」
「へっ?」
「結論から言おう、ヴァルソニア王国は自身が存在するように過去改変を引き起こす異常実体とそこから派生する一連の異常現象だ」
「おおう……こらまたスケールのデカい話やな」
「ハイハイしつもーん! 過去改変ってなに?」
「いい質問だぜ山田っち、まあ文字通り過去に対する事実改変を行うってことだ。 世界5分前仮説って知ってるかい?」
「世界が5分前に生まれたものかもしれない、という哲学的な話ですよね」
「そうそう、だけどこの世界とおいらたちには5分以上前の記憶と歴史が存在する。 これが過去改変だよ」
「なるほど……」
言ってしまえば過去の出来事が捏造され、存在しない記憶が私たちに埋め込まれるということだ。
それが国単位の改変ともなればかなり大がかりな話になる、もし民間人に改変がバレたら大騒ぎになる。
「しかしキューさん、実在しない国ということは……我々はどうやって王子の警護を?」
「厄介な話だけどね、国は実在しないが人材は実在するんだ。 改変された過去に帳尻を合わせるように、ヴァルソニア王国周辺の海域から必要な物資や人間が無から生成される」
「無から」
映像が切り替わり、世界地図の次に映し出されたのは穏やかな水面が波打つ海の動画だ。
すると次の瞬間、何もなかったはずの海に突如一隻の船が現れ、何事もなかったかのように画面を横切って行った。
「……今のがヴァルソニア王国発の客船だ。 この映像をおいらたちが観測したのち、イギリスとの共同開発船であるという過去改変が行われた」
「うへー、これだけ見るとただのコラ動画にしか見えないのに」
「もちろん何も弄っちゃいないぜ、現物ままの映像だ。 厄介なのが……おっと失礼、もしもしこちら宮古野でーす」
テーブルに置かれたキューさんの通信端末が通知音を鳴らす。
特殊な回線を用いたSICK専用の秘匿通信端末だ、当然通話の相手もSICK関係者ということになる。
そして通話するキューさんの顔色をうかがうに、どうも話の内容は喜ばしくない者らしい。
「あー……わかった、あとでこちらから掛け直すよ。 ……みんなー、ちょっと悪い知らせが入ったぞぅ」
「いつものことですね、聞かせてください」
「なになに、また地球でも滅びそう?」
「こちらの予定より王子の到着が早まった……急いで空港に向かう、全員出発の支度をしてくれ」
――――――――…………
――――……
――…
「王子の名前はリュシアン・ヴァルソニア、王族でありながら花火師として高い技術を持つ少年だ」
移動中の車内にて、同乗したキューさんは全員の端末に資料データを送り付ける。
ファイルを展開すると、まず目に入ったのはまだ小学生ぐらいの少年が映った写真。
日に焼けた褐色の肌に映える白銀の髪、うつむいた表情の中に淡く輝く青灰色の瞳は、世のお姉さま方が黄色い声を上げたくなる美少年っぷりだ。
「ちなみに最初に見せた“銀世界”も彼の作品だ、花火師としての腕は一流と思ってくれていい」
「あー、あの花火。 この年にしてはかなりやるじゃん」
「というか未成年が花火師って大丈夫なん?」
「ヴァルソニア王国じゃ合法だぜ、なにせルーメ教と花火は密接な関係にあるからね」
「ルーメ教?」
「ヴァルソニア王国で信仰されている宗教さ。 光や炎を神からの賜り物として信仰する彼らにとって、花火は死者を光で天へ返す宗教儀礼として取り入れられたんだ」
「無から生まれたにしてはディティールが細かい設定ですね、命杖先輩が聞いたら喜びそうです」
キューさんの話を聞きながら資料に目を通す限り、ヴァルソニア王国の歴史は非常に細かく設定されている。
これがTRPGなら部長と命杖先輩が嬉々として卓にかじりつき、その後ろで中世古先輩が国の風景画を出力し始めていたことだろう。 黒須先輩は内政へ干渉させないため隔離が必要だ。
「とにかくヴァルソニア王国の花火信仰は根強い、王子の来日も日本の花火技術を取り入れるためのものだ。 表向きはね」
「表向き……っちゅうことは裏があるわけやな」
「ああ、実は――――」
――――キューさんの話を遮る爆音が走行中の車体を震わせる。
何事かと全員の視線が集まった窓の外では、目前まで迫っていた空港からもうもうと黒煙が立ち上っていた。
「…………ねえキューちゃん、もしかしてあれってボクらに関係あるやつ?」
「わぁーい……たぶんおそらくきっとそうだね。 なにせ今ヴァルソニア王国では絶賛クーデター中という設定が生えているんだ」




