王子、死す ①
「はぁー……昨日は疲れました」
SICKの食堂は今日も目が死んだ職員たちでにぎわっている。
ワーカーホリックの巣窟だというのにみんな食事を欠かさないのは意外だ。
あるいは私が知らないだけで、激務で缶詰め状態の職員がこの100倍は隠れているのだろうか。
「お疲れ新人ちゃん、珍しいねキューちゃんから怒られるなんて」
「山田はしょっちゅうやからな、何したん?」
「まあ……色々ありまして」
ウカさんたちはまだカフ子の話を知らない。
不確定な情報で余計な混乱を招く恐れがあるため、頃合いを見て話すとキューさんが言っていたが、友人に隠しごとがあるという立場はなんとも心苦しい。
「そういえばおかき、例のループっちゅうんはどないなったん? もう解決したか?」
「ああ、その件なら昨日終わりましたよ。 10回以上ループしましたね」
「へー、なんだか思ったより少ないね。 もっと15532回とか繰り返すもんかと思ってた」
「さすがに私の精神が擦り切れますね」
「そういやお嬢も心配しとったで、解決したならはよ返事返したってや」
「ああ、そうでしたね」
ミカミサマ事件に関しては、ミカの扱いを含めて大幅に筋書きの変更が入った。
それでも甘音さんが問題の配信番組を目撃した点は変わっていない、ホラー嫌いの彼女にとっては嫌な思い出になったことだろう。
「そういえばボクも黒い涙流したり散々な目に遭ったんだよね、あの悪霊ちゃんに文句言う権利あるよね?」
「1週目に比べれば擦り傷みたいなもんですよ、そもそも天戸祭の後始末でウカさんが残業していなければもっと楽に解決できたはずなので」
「天戸祭で余計な仕事増やしたお前のせいってことや、山田」
「山田言うな! なんだよー、お気にの服に黒染みこびりついたんだぞ!」
「おはよう~……みんな朝から元気ねぇ」
「おっ? なんや飯酒盃ちゃんかいな……って顔色どないした!?」
日替わり朝食セットをもってやってきた飯酒盃先生の顔色は、ミカやユーコさんと遜色がないほど血の気がなかった。
目の下には深いクマが刻まれ、髪の毛はボサボサ。 せっかくの美人も台無しだ。
「うふふふ、シンプルに激務」
「あ、青凪ホテルの後始末ですか……?」
「そのうえミカミサマ事件の事後処理もてんやわんやでぇ、お酒飲む暇もないほど働かされちゃったぁ。 見て見てぇ、お手手震えて箸も持てないのあはは」
「アル中やん」
「そういえば職員さんにおすそ分けでもらったウイスキーボンボンが――――」
あります、と言い終わるより先にポケットから取り出したチョコレートが掌から消えた。
奪われた瞬間を認識することすらできなかった、もしかすれば忍愛さんの手技より速いかもしれない。
「うぐっ……ひぐっ……! ほぼ1日ぶりのアルコールだぁ……! おかきさんありがとぉ、命の恩人……聖母……!」
「やだなぁ生徒を崇拝する教師」
「まあお疲れさん、今から朝飯っちゅうことはこれから休みなん?」
「うふふ、午前休ののち午後からはお仕事ぉ……というより、ちょうど3人に声かけようと思ってたの」
「私たちに、ということは……」
「そう、あなたたちに新しい任務。 ご飯食べたら第一ミーティングルームでキューちゃん待ってるからねぇ」
――――――――…………
――――……
――…
「やあやあやあ、おはようカフカ組。 あっ、おかきちゃんも昨日はレポート再提出お疲れ様」
「どうもその節はご迷惑をおかけしました……」
「カフカ組って言うてもキューちゃんもカフカやろ、ほんで今度は何の仕事なん?」
「ははは、細かいこと気にしちゃダメだぜウカっち、ところで君たちは花火好きかい?」
「花火? まあ嫌いではないですけど……」
すると第一ミーティングルームで私たちの到着を待っていたキューさんが、壁面モニターの画像を切り替える。
画面いっぱいに表示されたのは、夜空に割いた大輪の花。 なんとも色鮮やかに撮られた花火の写真だ。
「綺麗だろう? これは“銀世界”と命名された花火でね。 去年SICKが記録したものだ」
「ほわー、すっごいな。 ここまで大きいと綺麗に炸裂させるのも一苦労だよ」
「うちは詳しくないけどたしかに圧巻やな、けどこれがなんなん?」
「近日、この花火を制作した花火師……ヴァルソニア王国の王子が来日する、君たちにはエージェント飯酒盃とともに彼の護衛を頼みたい」
「ヴァルソニア王国……?」
おかきとしての知識を検索してみても、そのような国に心当たりはない。
自分の不勉強か、とウカさんの顔色をうかがってみるが、やはり彼女も首を横に振るだけだ。
「新人ちゃん、今1ミリもボクには期待しなかったよね? 正解だけどさ」
「すみませんキューさん、浅学なもので任務に支障が出るかもしれません。 その国について詳しく教えてくれませんか?」
「パイセン、新人ちゃんが難しい言葉使ってる! ボクらも対抗しなきゃナメられるよ!」
「しゃしゃんな浅学」
「あっはっは、知らなくてもしょうがないよ。 ヴァルソニア王国は存在しない国だからね」
「はい?」
「それじゃあ夏休み特別講習といこうか――――ヴァルソニア王国と花火の関連性、そしてSICKが介入しなければならない理由をね」




