藍上おかきの茶会 ③
「情報生命体……? 幽霊とは違うのですか?」
『月とスッポンぐらい違いますね、彼女たちはこの世に焼き付いた未練が焼き付いた生前の残滓。 対して私たちはより高度、かつ上位の情報量を持って生まれた存在です』
「なるほど、生きているか死んでいるかの違いと解釈しておきます」
『……まあいいでしょう』
言葉では納得している素振りだが、唇を尖らせる様は実に不満げだ。
申し訳ないとは思うけど許してほしい、まだ私はなにが情報生命体とやらの地雷になるか分かっていないのだから。
『ちなみに初回のミカミサマ事件、我々に憑りつこうとしたミカを食べたのは私ですよ。 これで幽霊と私たちの上下関係は理解してもらえたかと思いますが』
「ブゥー!?」
つい口にしていた紅茶を噴き出してしまった、もったいない。
だがカフ子はそんな私の粗相を予想していたのか、いつの間にかテーブルにはビニール製のフードカバーが掛けられていた。 さすが。
『さすがは藍上 おかき、予想を裏切らない行動です』
「ゲッホゴホゲホ! どういうことですか食べたって!? ……あっ、もしかして彼女がループに巻き込まれたのも!」
『ええ、私の中でまだ未消化だった彼女が時間が巻き戻ることで蘇生……蘇生?したのでしょう、これに関しては私も想定外でした』
「それって私の身体は大丈夫なんですか!?」
『問題ありませんよ、言ったでしょう? 私たちは上位の存在、霊体に競り負けるほど耄碌はしていません』
彼女個人としての自負か、あるいは種全体のプライドか、どうやら幽霊に対する優位性には絶対の自信があるようだ。
それはそれとして、私の身体で悪霊を食すのは気分的にやめてもらいたいのだけども。
『”私の”ではなく“我々の”身体、ですね』
「……心が読めるんですか」
『同じ存在なのでなんとなく考えそうなことは分かります。 早乙女 雄太の成分差を考量すれば、100%同一存在とは言い切れませんが』
「あらためて聞きますが、あなたたちは何なんですか?」
『もともとはこの星の外に存在していたものです。 太陽系、銀河系、銀河群、銀河団……そこよりももっともっと遠く、広がり続ける宇宙のさらに外から』
「それはまるで……」
『この星の解釈で言えばクトゥルフ神話みたいですね、まあ似たような者だと思ってもらって構いません。 創作物の神に比べれば我々の力など微々たるものですが』
「人の身体を作り替えるのが微々たるものですか」
『ははっ』
私のジト目を笑ってごまかし、カフ子は卓上のクッキーを手に取る。
2人でちまちま摘まんでいる割にはお茶請けは一切減る様子がないが、夢の中なら不思議なことではない。
問題なのは彼女は自在に飲食物を出しているのに、私が一切好きなものを召喚できないことだ。 コーヒー牛乳とあんパンが食べたいのに。
『情報処理能力の差でしょうかね。 我々は次元上に肉体を持たず、“そこにある”という情報だけで存在しているので、無から有を生み出すさまを想像するのはたやすいです』
「そんな存在がなぜ外宇宙の彼方からこの星に……?」
『端的に言えば絶滅の危機でした。 あなたたちが食事をしなければ死ぬように、我々も外部から情報を摂取しなければ生きていけない』
「つまり捕食できる情報が枯渇した、と」
『ええ、我々は生存戦略として情報量の多い星を探しました。 そこでこの青い星を見つけたわけですが……残念なことに1つ問題があった』
「――――情報生命体には肉体がない」
宇宙の外という人間の理解が及ばない場所ではそれでも問題はなかったのだろう、あるいは人類の技術では遠く及ばない理が働いているのかもしれない。
だが地球上の情報を得るには、この星のルールに従う必要があった。
目、耳、鼻、口、肌、その五感がなければ地球上で情報を摂取できない。
『その通り、ただ逃すにはこの星はとても複雑怪奇な情報に満ち溢れてとても魅力的でした。 そしてその多くはあなたたち人類が生み出している、なので少し居住まいをお借りしようと』
「その結果が“これ”ですかぁ!?」
『情報刺激を受けるために最も効率的な姿を宿主の中から探し、反映しました。 これが我々カフカの生存戦略です』
悪気もなく堂々とカフ子は言い切った、なんてやつだ。
人の身体を勝手にいじくるんじゃない、やっぱり寄生虫の類じゃなかろうか。
『とはいっても我々だって命がけですよ、一度人間と共生すれば離れることはできませんから。 死ぬまで共に過ごす身体ならよりスペックの高い物がいい』
「他に選択肢はなかったんですか……それかもう少しぐらい背丈を盛ってくれても……!」
『申し訳ありません、高身長がステータスという概念を持ち合わせていなかったので』
「ぐぬぬぬぬ……!」
『それにスーパーマンをいくら並べても多面的な窮地に対処できない、SICKでは藍上おかきがいて救われた場面も多かったと記憶しています』
「それはそうですが……まるで対処しなければならない窮地が迫っているようないい分ですね」
『……そうですね、その認識で間違いはないです』
カフ子の顔から笑みが消え、その目つきが鋭くなる。
いつの間にか卓上からは紅茶と菓子は消え、代わりに私たちの頭より大きい地球儀が浮かんでいた。
『結論から述べると、このままでは人類は根絶する危機に瀕しています。 主に我々の裏切り者――――“オリジン”の手によって』




