人権なき新人研修 ①
「藍上 おかき、ただいま戻りました! 何があったんですキューさん!?」
「あーおかきちゃん! よく来た、助けてくれ!」
『ぶ゛え゛え゛え゛へ゛え゛え゛へ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛ん゛! も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛ぁ゛!゛!゛』
『わー、大惨事っすね』
急ぎSICKへ戻ったおかきとユーコが見たのは、水びたしの床に突っ伏して震える少女の霊。
それと必死に濡れまいと抱えるだけの精密機器を抱え、椅子の上に避難している宮古野たちだった。
「……ごめんなさいキューさん、あらためてここまでの経緯をお願いします」
「君が栄螺螺旋の旧校舎に向かってすぐかな、とあるネット配信番組が突然ジャックされる事件が起きた。 この子が白旗を振って助けを求める映像でね!」
「そうですか、即刻除霊と被害状況の確認を。 ミカミサマはかなり凶悪な霊です」
「わかった、すぐに災霊特務班の派遣を……」
『ちがっ……まだ! まだ何もしてない! 今回はまだ何もしてない、反省しました、二度と逆らいません! 助けてください!!』
『こいつ“まだ”って言ってるっすよ』
「いけしゃあしゃあと世迷言を……いや待ってください、今回は?」
『ひっ! お、お前の……いやあなた様のお仕業じゃありませんでごぜぇましたでしょうか……? 何度も何度も、わたくしめが死んでしまうのは……』
ミカミサマと呼ばれた少女の例は涙で濡れそぼった顔をあげる。
眼球が存在しない顔は衝撃的な光景だが、そんなことは今のおかきにはどうでもよかった。
彼女の発言を信じるなら、ミカミサマもおかきと同じくこの夏休みをループしていることになる。
「どういうことだおかきちゃん、ループの原因は旧校舎じゃなかったのかい?」
「私も調査の途中だったのでなんとも。 ただミカミサマ事件はまだ発生していないはずです、それになんだか雰囲気が……」
おかきもミカミサマ事件の記憶は薄いが、それでも目の前にいる少女からは呪詛の欠片も感じられない。
眼球の損失という特徴がなければ名を騙る偽物とすら思えただろう、そもそもミカミサマがループに巻き込まれる原因がおかきにはわからなかった。
それもそのはずだろう、まさかループが始まったときにまだ未消化のミカミサマが自分の中に残留していたとは“私”も思うまい。
そしてあの放送を聞いた際にミカミサマもループに巻き込まれ、この夏休みを繰り返していた……今回の状況はバグのようなものだ、私も想定外なのだから。
「ミカミサマ……いえ、格を落として呼びましょうか。 ミカミ、どうしてあなたはここに居るんですか?」
『わ、わからない……です。 あなた様に食べられてから消滅したと思ったのに、気づいたらまたあの不躾な男どもに掘り起こされて……』
「は? 食べられた?」
そこそこ美味しかった。
「おかきちゃん、どうもこの霊ってばかなり錯乱してるぜぃ。 ループでずいぶんひどい目に遭ったみたいだ」
「ひどい目ですか? 私も2桁は繰り返してますけど……」
「君がミカミサマ事件とやらを解決したってことは、この子も除霊されたんじゃないのかい?」
「……あっ、もしかしてループを重ねて死の未来に収束している?」
宮古野曰く、抵抗しなければループのたびに時間の流れと言うのは強固になっていく。
もしミカミサマが2度目、3度目の死の未来を経験しているなら、生半可な抵抗じゃ避けられないほどの死が確約されていてもおかしくはない。
『正確には幽霊だから死ぬわけじゃないっすけどね、多分そのせいで余計バグってるんじゃないすか?』
「そうか、学生や警官は死ぬことでループを終わらせたけど幽霊じゃ死ぬことすらできないから……」
「彼女の消滅でループが終わらず、私ごと時間がリセットされて継続される。 まさか仮説①~③すべてが当たっていたとは予想外でしたね」
何度も訪れる死を想像してしまったのか、同じ幽霊の身であるユーコが身を震わせる。
死の苦痛ならばこの中で最も理解がある立場だ、ミカミサマへ同情や憐憫が入り混じった目を向けても咎められない。
だが対して嫌な予感が過ったおかきは、冷ややかな目をミカミサマへ向けていた。
「で、二度目はどうして消滅したんですか?」
『………………』
絶対零度の視線で射抜かれたミカミサマはお口にチャックを掛けてそっぽを向く。
二度目のループにおいておかきはミカミサマ事件の日まで到達していない、なぜかかわばた様事件の直後に7月28日へと戻された。
これまでループのタイミングが一定ではなかった原因、それがミカミサマにあるとおかきは睨んでいた。
「正直に話せないなら仕方ありませんね、信頼関係が結べません。 すぐに除霊……」
『大変申し訳ございません!!! 殺される前に殺そうと思ってぇ……SICKを襲おうとしましたぁ!!!』
「ほほう」
霊体でありながらそれは見事な土下座だったが、そんなもので許すほどおかきは甘くない。
この女、仲間や知り合いを狙う相手に対する慈悲は持ち合わせていなかった。
「あー、だからわざわざ手間暇かけて逆に見つけてもらったと。 幽霊1人でSICKに突っ込んでも自動セキュリティで消し炭になっちまうだけだぜ」
「放送局で事件を起こす前だと霊としての力も弱いんでしょうね、つまり仕留めるなら今が好機というわけですか」
『ひっ!? ま、まだ何もしてない! 今回はまだ誰も殺してないしぱらいそも諦めます! 私はもう死にたくない!!』
『まあまあまあおかきさん、ちょっと待つっすよ』
半狂乱のミカミサマ様とおかきの間にユーコが割り込む。
「ユーコさん、いくら幽霊仲間とは言えかばうことはないですよ。 その霊は危険です」
『たぶんこの子かなり力弱くなってるすよ。 本来持ってる恨み辛み嫉み、そういった感情が恐怖に塗りつぶされて呪詛も薄まってるっす』
「だからこそ今のうちにですね……」
『いやいや、それでもここで潰すには惜しいっすよ? 活用法ならあるじゃないっすか』
「……ああ」
十分な自我があり、自由に動き回れ、弱体化したとはいえ例として十分な力を有している。
ちょうどおかきは今、そんな都合のいい人材……いや霊材を求めていた。
「……そうですね、使えるものは使いましょうか。 キューさん、対霊用の装備でほしいものがあるんですけど」
「おっ、なんだい? 大抵のものならおいらが作っちまうぜぃ」
『えっ? えっ……えっ?』
『反省ってのは態度じゃなく行動で示すものっすからねぇ。 一緒にひと汗かくっすよ、新人!』




