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8月出口 ④

『あぁ~ヒマっすね~……』


 万年桜が咲き誇る赤室学園旧校舎、自由気ままな幽霊ユーコはヒマを持て余していた。

 活気あふれる生徒たち、日々何かしら騒動が起きる日常、なにより個性的な探偵部の面々が出払った静かな学園は、平凡嫌いの彼女にとっては退屈すぎる。


『ヒマもヒマもヒマすぎて死にそうっすよ~まあ自分幽霊なんすけど、ふふっ……』


「ユーコさん、居ますか?」


『おひょ? これはこれはおかきさん、何か忘れものっすか?』


 教室を浮遊しながらお供え物のせんべいを弄んでいると、教室の扉を叩いて現れたのは、探偵部部長であるおかきだった。

 彼女は夏休みの間SICKへ戻り、任務に勤しむ身。 いくらワープゲートが直通とはいえ、用事もなく旧校舎へ顔を出す暇はないはずだ。


「いえ、忘れ物ではないです。 ただユーコさんに手伝ってほしいことがあって」


『おっ、なんすかなんすか? 自分に手伝えるなら喜んで手伝うっすよ、どうせ死後の余生はヒマなんで』


「よかった、では依り代を用意するので旧校舎から出て旧校舎までお付き合いください」


『なんて?』


――――――――…………

――――……

――…


『はえ~なるほど……にわかには信じがたいっすけど面妖な状況っすね』


「私もそう思いますよ、巻き込んでしまって申し訳ないです」


『いやいや、自分もう死んでるんで大体のスリルはバッチコイっすよ~! ……で、ここが問題の学校すね?』


「ええ、ここまで来るのに12週かかりましたよ……」


 SICKを出発しておよそ5時間。

 本来なら青凪ホテルでギンイロオバケと格闘しているころ、おかきははるか高くまでそびえる強固なバリケードを見上げていた。

 「キープアウト」の文言が印字された鉄の障壁は、工事現場の仮囲いと呼ぶにはあまりに大仰だ。


「現在この校舎はSICKが買い取って封鎖してあります、表向きは“地盤の液状化による倒壊の危険性”という名目で」


『あーだから周りも殺風景なんすね、それで自分は何をすれば?』


「ユーコさんには私じゃ立ち入れない部屋を確認してほしいんです」


 旧校舎から持ち出した依り代の黒板消しに話しかけるおかきの姿は、周囲から見れば狂人か子どものおままごとにしか見えないだろう。

 だが夏休み真っただ中の炎天下、おかきの奇行を咎めたり奇異の目を向ける者はいない。

 学校周囲の民家にはすでに誰も住んでおらず、この地域一帯はSICKにより人払いが済んでいるのだから。


「これから立ち入るのは“栄螺螺旋の旧校舎”と呼ばれる収容オブジェクトです。 事の始まりはちょうど今日と同じ夏休みのある日、この校舎の玄関前で生徒が首をつって自殺したとか」


『物騒すねー、だからこの距離でも若干怨念臭いわけっすか』


「怨念って臭うんですか?」


『幽霊的には割と、ベッタリこびりついてるしずいぶん無念を募らせたみたいっすねー』


「……そりゃそうでしょうね」


 もし自殺した学生たちがおかきと同じ境遇にあっていたとすれば、彼らが何週同じ夏休みを経験したのかはわからない。

 それでも永遠に続く何の変化もない日々を終わらせるため、自分の命を絶つしかなかった無念のほどはおかきにもわずかばかり理解できる。

 もしこのままループを終わらせることができなければ、いずれ自分も辿る道なのだから。


「……SICKはこの建物を“内部に入ると自殺誘導される”と仮定し、無人機を中心に研究していたようです。 ただ人間と比べるとどうしても細かいところまでは調べきれない」


『まあなんとなくわかるっすね、その時の調査は何の成果もなかったんすか?』


「内部環境を測定した記録が残っています、現実強度の値が若干低いですが……そのほかはほぼ正常値の範疇ですね」


『ゲンジツキョード?』


「キューさん曰く、簡単に言えば超能力や幽霊のような超常的な存在の影響を受けない値みたいなものらしいです。 この値が高いほど現実性が高い……つまり非現実的なことが起きにくくなります」


『なーるほど、その値が低いってことは逆に超常存在がブイブイ言わせる空間ってことっすか。 それヤバくないすか?』


「とはいえわずかに下ぶれている程度ですよ、計測場所によって多少の変動はありますが許容の範疇です……ある一部屋だけ除いて」


 手元のスマホに表示させた見取り図を拡大し、目的の部屋に丸印を描くおかき。

 無人機による測定は各教室ごとに行われたものだ、当然部屋に入れなければ計測自体も行えない。

 見取り図では玄関から校長室に至るまで隅々まで調べ尽くされた校舎の中、「放送室」の部分だけが完全なブラックボックスと化している。


「SICKの調査によると放送室だけが施錠もされていないのに扉を開けることもできず、外部からの干渉を一切受け付けない状態にありました。 超音波探査なども通らなかったようです」


『扉をぶっ壊したりは?』


「チェーンソーや爆薬まで持ち込んで試した末、木像の扉に対し傷一つつかなかったとか。 建物自体の破壊も検討されましたが、未知の異常性が危惧され中止されています」


『で、そのまま今日に至るまで触らぬ神に祟りなしと放置されてきたってわけっすねー。 そりゃきな臭いっす』


「私がタイムリープし始めた原因も校内放送がトリガーかと思われます、おそらくこの放送室が大きなカギを握っている」


『ただ扉は開けられず、遠隔でも調べられず、おまけに破壊までできない……となると』


「――――扉そのものをすり抜けて調べるしかない。 たのみますよユーコさん、あなたがこの事件の鍵です」


『おっほほ、なんか主人公みたいで燃えてきたっすねー! 幻術シュートでも連日焦土でもなんでもくるっす!』


「現実強度ですよユーコさん」


 お互いの認識と軽い打ち合わせを済ませ、おかきはバリケードの壁に隠された鍵穴に専用のセキュリティーキーを刺し込む。

 何年も放置されていた壁は建付けの悪い音を鳴らしながら、長年封鎖され続けていた校舎への道を開く。

 そして死者と生者の2人は、臆することなく“栄螺螺旋の旧校舎”へと足を踏み入れるのだった。

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