8月出口 ③
「――――時間をループしてる? それは本当かい?」
「はい……この話をするのも今回で5回目です」
聞き飽きた宮古野とのやり取りを繰り広げ、おかきはもはや暗記してしまった天井の染みを見上げる。
夏休み、8週目。 永遠に続く休暇と言えば聞こえはいいが、終わりの見えない毎日におかきの精神は疲弊し始めていた。
「キューさんに相談しなかったパターンも試してみたんですが、結果は変わらず……ならば有識者に頼るのが一番かと……」
「おおう、事情は分からないけどだいぶ参ってるね。 詳しく話を聞こうか」
「そうですね、じつは……」
おかきがループの中で得た情報は大きく分けて3つ。
①:ループの始点は必ず7月28日の朝である。
②:ただしループの終端は一定でない。
③:おかきは時間が撒き戻る瞬間を認識できていない。
「ふむ、なるほど……気になるのはおかきちゃん本人がループの瞬間を認知できていない点だね、これはどうしてだい?」
「原因は不明ですが、どうもループが始まる前の記憶が曖昧なんです。 なのでどういった条件で7月28日に戻るのかも不明で……」
最初は古い校舎の中で放送を聞いた時、次はかわばた様事件の解決後、その次は汐音旅館で就寝した後。
1週目を除外すればミカミサマ事件の最中がループの最長記録だが、やはりそのすべての周回でおかきは自分がまき戻る瞬間を視認できていない。
「なるほどなるほど……おいらから提唱できる説がいくつかある、まず“おかきちゃんの死亡”がループ条件である説」
「死んでいるからループ間際の記憶がない、ということですか?」
「そういうことさ、あくまで仮説だけどね。 これまでのループで死ぬような状況はあったかい?」
「どれが原因か特定できないほどには」
「うん、なんかごめんね……」
この時期の宮古野はまだ知らない、おかきがこれから巻き込まれる事件の数々を。
そしておかきもまた、これから襲ってくる修羅場の数々を思い返して目が死んでいた。
「……ただどれもスレスレですが死んでしまうドジは踏んでいないはずです、少なくとも1週目の私は生き延びていましたから」
「そりゃいい知らせだ、おいらも嬉しいぜぃ。 なら仮説②、おかきちゃんの他にループしてる誰かがいる」
「ほかに……ですか」
「あるいは仮説③、おかきちゃんが気付かぬうちにループに至る条件を満たしている。 けどこれらは現状確認しようがない、ループの原因に心当たりは?」
「それはすでに見当がついています、SICKが収容している“栄螺螺旋の旧校舎”と呼ばれる建物です」
おかきもここまでのループを無為に過ごしてきたわけではない。
宮古野へ情報を提供しつつ、得られた手掛かりを次の周回で悪花へ横流し。
普段ならまず成立しない最高効率の悪用により、原因となるオブジェクトの特定は済んでいた。
「栄螺螺旋の旧校舎……あれか、そうか時間逆行の特性を持っていたのか」
「私も前回のループでようやく特定ができました、できれば資料の閲覧権限をください。 まだ死体が発見されて封鎖された程度の情報しか知らないので」
「わかった、すぐにおかきちゃんのデバイスへ仮権限を付与しよう。 それとかわばた様の調査はキャンセルでいい、現状の解決が最優先だ」
「……いいんですか?」
最初の周回とは180度異なる宮古野の見解に、おかきは目を丸くする。
おかきとしては今回もかわばた様の調査、および子子子子との共闘から虎次郎の確保までの再走を覚悟していた。 だがそれらが免除されるというなら願ったり叶ったりだ。
「時間の流れというのは小さな誤差は修正される……ということは以前のおいらも話したと思う」
「はい、同時に大きなズレは修正が効かないと……」
「今のおかきちゃんは何度も同じ流れを重ねている状態だ。 それら1つ1つは川のせせらぎだろうと重ね続ければ激流に変わる、言いたいことはわかるかい?」
「…………このままループを続けると、いずれ同じ流れから抜け出せなくなる?」
「そういうことだ、これなら旧校舎で発見された自殺体も納得できる。 彼らは囚われた輪廻から抜け出すために自殺するしかなかったんだ」
「…………」
まだ8週目、されどおかきもすでに同じ時間の流れを何度も繰り返す苦痛は身に染みている。
自力で抜け出せないほど強固になった時間の流れの中、永遠に同じ時間と同じ出来事を繰り返す。 人間の精神が耐えられるものではない。
「一度だけの時間逆光なら流れに逆らわないのは正解だ、でもループとなると話が違う。 できるだけ違う展開を作って抗おう、今回は旧校舎の調査に時間を割くんだ」
「わかりました、あとでかわばた様事件の詳細レポートを上げておくので確認と対応をお願いしますね」
「手慣れてるなあ、これが8週目の風格か。 ほら、こっちも権限付与しておいたぜぃ」
宮古野が手元の端末を操作すると、おかきのスマホに一件の通知が届く。
開いてみれば時間制限付きの上位セキュリティライセンスと、ご丁寧に“栄螺螺旋の旧校舎”に関するファイルも同時に展開された。
「おかきちゃん、先に忠告しておくけど……」
「自殺なんてしませんよ、経験上あの人は無理ゲーなんて作らないので」
「そうかい、なら頑張ってくれよ。 困ったことがあれば声をかけてくれ」
「ええ、頼りにしています」
すぐにファイルを展開し、内容に目を通すおかき。
発見と収容時期、確認された特性、自殺体の状況と写真、どれも気になるが今欲しい情報ではない。
画面をスクロールしていくと、おかきが求めていた情報はすぐに見つかった。
「……やっぱりか」
報告書内のリンクをタップし、開かれたのは旧校舎の見取り図。
無人機を用いて繰り返して行われた内部調査の結果、1つだけ黒塗りのまま未調査で片付けられた部屋が存在していた。
見取り図に掛かれている名前は「放送室」……おかきがループの原因とあたりをつけていた場所だった。




