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正しき値札 ④

「なんか、嫌です!!」


「――――……ほう」


 あまりにも曖昧としたおかきの拒絶には、さすがに九頭も言葉が出なかった。

 

「お前にしてはいい加減だな、給与面が気になるか? できるだけお前の期待に沿える額を用意するが」


「すみません、そういう話じゃないんです。 ただ私も上手く言語化できなくて……なんというか、気持ち悪いんです」


「気持ち悪い」


 かつての旧友であるが、今のおかきは見た目が女児。

 そんな相手から気持ち悪いと言われて傷つかぬほど、九頭のメンタルは狂人ではなかった。


「部長がまた何か企んでいるのは分かります、その真意が読めないのはいつものことです。 ただ……それが部長の本意ではないような気がして」


「……ふむ」


「正直迷いました、父に会いたいのは事実ですし部長なら上司にするのも悪くないかなと。 ただ……今の部長についていくのは嫌です」


 明確な拒絶の意志を示すように、おかきは九頭から一歩後ずさる。

 ロジックもなにもないただの感情論。 だが、だからこそ説得が難しい。

 

「本意じゃないとは心外だな? いずれSICKの収容能力にも限界が来るだろう、その時が来る前に秘匿した情報を公開し、人類に備えさせるべきではないか?」


「部長らしくないリアリストっぷりですね、卓上では徹底的に理想を追うロマン派だったじゃないですか。 そんな情報を突然暴露すれば世界中が大混乱ですよ」


「大人になったんだよ、理想と現実は違う。 多少の犠牲は許容しなければ救えるものも救えない」


「本当にそんなこと考えてます?」


「もちろんだとも、俺は人々が織り成すこと如くを期待している。 たかだか島国の地下に籠ったわずかな人員より、すべての人類が危機に備えれば打開策も見つかるだろう」


「まるで打開が必要な脅威が差し迫っているような言い草ですね」


「SICKに居ればわかると思うがそんなもの日常茶飯事だろ」


「それは……そうなんですが……」

 

 そんなバチバチ火花を散らす舌戦の裏、おかきは1つ確信を得た。

 九頭は「何らかの脅威」に備えようとしている、ツッコミに見せかけた話題逸らしは触れたくない急所におかきが接触したからだ。

 

(だとしても脅威とはいったい……様子からして他人に相談すらできない、それに一般人である部長が対処しなければならない理由は……?)


「……ふむ、どうやら話は平行線のようだな。 無理に引き留めて悪かった、今日はこのあたりで撤退するとしよう」


「ちょ、ちょっと待ってください! まだ話は終わってないですよ!?」


 おかきが感づいたことに気づいたか、九頭が腰を上げて話を切り上げようとする。

 どう見ても立ち去る構えだが、このまま解散ではせっかくの機会が台無しだ。

 第一こんなどこかもわからない神社の真っただ中に置いて行かれては、おかきとしてもたまったものではない。


「安心しろ、帰還用の術は持たせて……いや、そうだな。 これを使え」


 一瞬なにかを思案した九頭が投げ渡したのは、人型に切り抜かれた赤と青の“2枚”の紙だ。

 どちらも表面には達筆で「転移」の文字が書き込まれ、裏面には数字とアルファベットが入り混じった意味不明の文字列がぎっしりと羅列されている。


「……江戸川 安蘭製のお札か何かだと思いますが、この文字列は?」


「暗号化された座標だ、SICKに持ち帰れば3か月ほどで解析できるかもしれないな。 ただその札の消費期限は1日で尽きる」


「2枚あるのは?」


()()()()()()()()()()()使()()。 ちなみにSICKへ戻るなら赤い方を使え、その紙を破れば発動する」


「……こちらの青い紙は?」


「俺からのサプライズ兼ヒントだ、好きに使え」


「………………ほぉん」


 おかきは知っている、自分たちの部長がムカつくにやけ顔を浮かべている時は碌な目に合わないと。

 「こっちの方が面白いだろう」と寝ている邪神を突っつき、もろともクローンナンバーを残機1まで削り、侵蝕率300%超えてジャームとなって味方にサイレンを降らす。 そんなときの顔だと。


「どうしたものかなぁ……」


「はっはっはっ、悩め悩め!」


 十中八九誘いに乗らなかった自分への腹いせだとわかっていながらも、後ろ髪惹かれる思いで青い紙をいじくり回すおかき。

 九頭はサプライズでありながら同時に“ヒント”とも言っていた、つまり今おかきが抱いている疑問に対する手掛かりが得られるかもしれない。

 だがヒントでありながら同時にサプライズである。 そしてボドゲ部部長から飛び出すサプライズの悪質っぷりをおかきは身をもって知っている。


 ヒントとはなにかと聞いたところでまず九頭は答えない。

 安全策を講じるなら大人しく赤い紙を破ってSICKへ帰還、仲間や上司へ即時報連相が鉄板だ。

 だが探偵としての謎に対する好奇心が後ろ髪を引っ張り倒す、「押すなよ、絶対に押すなよ」と。


「安心しろ、お前なら死ぬような危険はない。 少なくとも俺はそう信じている」


「逆に言えば死なない程度の危険はあるってことですか……はぁ、わかりましたよ」


 おそらく九頭も同じ紙を持っている、おかき1人では取り押さえる前に逃げられるのが関の山だ。

 となれば虎穴に入らずんば虎子を得ず、非常に不服だが大人しく渡された選択肢を選ぶしかない。


「……そういえば、1つ聞きそびれていましたね。 結局ミカミサマ事件の後にどうやって私を連れだしたんですか?」


「なに、次に会ったときにでも覚えていたら話そう。 どうせまたすぐ会える」


「さいですか」


 どうせまた適当にはぐらかせるのだろうなと半ばあきらめのため息を零し、おかきは青い紙を思い切って破る。

 その瞬間、おかきの視界は酩酊したように歪んでいく。


「――――よく考えてくれ、俺がその紙を渡した意味を。 “俺”はきっと答えないが、俺はお前を信じてるぞ早乙女」


「どういう意味……」


 鼓膜の中でグワングワンと反響するその声を最後に、おかきの意識は暗転するのだった。

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