正しき値札 ②
「というわけでおかき居なくなったんやけど、なんか知らへん?」
「オラオラ知ってることさっさと吐きな! パイセンはボクみたいに優しくないからさ!」
「なんだテメェらァ! 仕事の邪魔だ!!」
おかきが部長に拉致られている一方そのころ、SICKではハナコが椅子に縛り付けられていた。
相対するはブレイン担当を失ったはぐれカフカ2人組、古き良き尋問の構えである。
「ちゃうねん、おかきが居なくなったってのは聞いてはったやろ? うちらも手掛かりなくて困っとってなあ」
「だから一番最後に接触してた人を容疑者にしてつるし上げようかなって」
「倫理観が中世のそれか?」
2人には探偵の機微が分からぬ、少ないヒントから正解へたどり着けるような閃きはない。
足で稼ごうにもおかきの足跡は完全に途絶え、ハナコへ行きついたのも半分は藁にもすがるような気持だった。
「まあつるし上げってのは半分冗談や、けどカフカに対してええ感情を持ってへんやろ。 せやから一応な」
「ンな警戒しなくたって私の戦闘力なんざたかが知れてるよ、今は昨日の筋肉痛がまだやってこないことに震えてる」
「年だねぇ」
「たしかに私は否定派だが、強引に消すような馬鹿な真似はしねえよ。 3号症例の件みたいにな」
「“悪花”な、今度から名前で呼んでや」
「……急にマジになんなよ」
一瞬ウカから漏れ出た怒気に、ハナコの頬を一筋の汗が流れる。
宮古野に次いで古株のウカにとっては、悪花毒殺未遂事件はまだ記憶に新しい。
身内への疑いは彼女にとって真っ先に潰したい懸念であり、今は実験動物のような呼称も地雷だ。
「疑ってるところ残念だが本当に心当たりはねえよ、私よりあの爆弾魔の方が詳しいんじゃねえか?」
「アクタへの情報は今厳戒態勢でシャットアウトしとるところや」
「新人ちゃんが居なくなったと知ったら真っ先に暴走する人物筆頭だからね」
「それで真っ先に私を縛り上げたってわけかコノヤロウ。 ちなみに第3……暁 悪花の全知無能は使えねえのか?」
「今は魔女集会の連中と旅行中や、なかなか連絡つかへんねん。 それにあんまSICKの都合に付き合わせるのも悪いやろ」
ウカは乱暴に椅子へ腰かけ、くたびれた背もたれを軋ませる。
あくまで魔女集会は敵対組織、それに全知無能には知識を得るまで時間がかかるという欠点がある。 過信はできない。
「いうておかきのやつ、綺麗に手掛かり消してったからなぁ……なあ、ミカミサマの事件中になんか気になることとか言うてなかったか?」
「気になることか……ああそういや、爆弾魔のやつが妙なこと言ってたな」
「妙なこと?」
「私にはよくわからなかったが、藍上おかきが藍上おかきなのに藍上おかきじゃないとかなんとか」
「んー、何言ってんだかよくわかんない」
「知るか、私だって同じ意見だよ。 気になるなら本人に聞きに行ってこい」
「本人にか……気は進まんけど気になる話ではあるわな」
「だね、どうにか新人ちゃんのこと誤魔化しながら聞いてみよっか」
「おい待て、行く前に縄を……おい! 縄をほどいてから行け! おい!!」
――――――――…………
――――……
――…
「……着いたぞ、シートの外し方は分かるか?」
「わかりますよこの野郎、この屈辱は忘れませんからね……!」
揺れる車内でもしっかりと自分を固定してくれていたチャイルドシートに別れを告げ、おかきは車を降りる。
高速道路を降りてから複雑な小道を通り、たどり着いたのは一部の欠けもなく朱に塗られた鳥居の前だった。
振り返った背後には、生い茂る木々の隙間に敷かれた辛うじて車が1台通れるほどの細い砂利道。
いくら帰路が頭に入っているとはいえ、一人で歩いて帰れる自信はおかきにはない。
(スマホも通信機もない……私はどれだけ気絶した? キューさんたちが気付いてくれるといいんですけども)
「ここには人払いの術が施されている、徒歩で帰るつもりなら二度とたどり着けないと思えよ」
「……何言ってるんですか、ここまで来て帰るわけがないでしょう」
売り文句に買い文句、一歩先を歩く九頭の背中をおかきは追いかける。
SICKとの連絡手段が断たれて孤立している今、自分を拉致したと思われる九頭の誘いに乗るのは愚策だろう。
だがそれでも、おかきは目の前に下げられた餌に食いつかないわけにはいかなかった。
「……部長、さっきの話は本当なんですか?」
「お前は今でも俺のことを“部長”と呼ぶんだな、とっくにボドゲ部の部長は降りた身だよ。 今は後任たちがあの部室を盛り上げているんじゃないか?」
「えっ、まだあのイカレ部活動続いて……じゃなくて、話をそらさないでください!
本当に部長は私の父と会ったんですか?」
「本当だとも」
簡潔かつ迷いのない返答に、おかきの心臓が心拍数を上げる。
たった一言から感じる絶対的な自信。 何年も追い求めていた謎の答えが、今目の前にあるかもしれないという事実に、口の中が渇いていく。
「俺はこの神社でお前の父と会った、証拠は差し出せないが事実だ。 信じるかは任せる」
「……ひとまずは信じます、少なくともその言葉のすべてが嘘ではないという裏付けがある」
「そうか、どこで知ったかは聞かないがさすがの調査能力だ。 ほかに聞きたいことは?」
「――――父は、まだ……」
怖い、聞きたくない、知りたくない。 頭の中で怯える自分を押さえつけ、おかきは一言一言踏みしめるように吐き出す。
「……早乙女 博文は、生きていますか?」
「生きている」
「――――……」
簡潔かつ迷いのない返答、それでも九頭 歩の口から吐き出された言葉には絶対の自信があった。
言葉ひとつで人心を引き付けるカリスマ性を持つ男、それが九頭 歩だとおかきは……早乙女 雄太は、痛いほどに知っている。
騙されるな、慎重に判断しろ、怯える理性がそう叫んでいることは本人が一番分かっている。
「お前の父、早乙女 博文は生きている。 俺が保証する、お前の努力は決して無駄ではなかったと」
それでも雄太は、自分たちの部長が質の悪い冗談を吐かない人間だと知っている。
どれほど状況証拠を集めても、自分が生きていると信じていても、彼に押された太鼓判が何よりもうれしかった。




