天敵 ③
思い返してみれば、ミカミサマは常にSICKを警戒していた。
忍愛が被害を受けたのは偶然だろうが、電話越しの先制攻撃は実に悪意的だ。
おそらく先行したエージェントを取り込んだ際、SICKの情報を得ていたのだろう。 だからこそ“私”たちが到着した際の迎撃も早かった。
彼女からすれば驚いたはずだ、まさか怨霊の身体になろうとも脅威となりうる組織が存在していたことに。
そしてかつての死因から弾圧されることにトラウマを抱いている少女は、得た情報から自分がSICKに敵わないと判断した。
「……なので逃げるため、出し抜くための器として藍上 おかきを選び、憑りついた」
「――――……」
目の前の少女は何も言わず、ただぽっかりと空いた眼孔で私を睨み返す。
自分の肉体をあえて破壊させ、事件は解決したと思わせておき、この身体を乗っ取ってのうのうと逃げのびる。
作戦としては悪くない、3人の中で辛うじて呪いが通じた藍上 おかきを狙うのも納得だ。 だが相手が悪かった。
「…………なん、で……?」
少女が困惑の声を漏らす、彼女としては自分のを破壊した相手に対する致命的な呪詛を送り込むことで乗っ取りが完了する算段だったのだろう。
だがこの精神世界の主は変わらず私であり、彼女は一切の制御権を奪えていない。
当然だ、たかが怨霊1人程度の情報量で私を制圧できるはずがないのだから。
「なんで……なんで、なんでなんでなんで!? なんでお前は平気なんだ!?」
「何故でしょうね、その答えはあなたの知るところではありませんよ」
自分が仕掛けた罠の成功を確信していた少女の顔が困惑に歪んでいく。
目玉が残っていたらさぞ丸くしていたところだろう、こうなってしまえばホラーも形無しだ。
「さて、あなたとの出会いは私に取ってもよい刺激になりました。 “お礼”をしないといけませんね」
「――――ひっ」
まるで化け物でも見たかのように少女……ミカミサマは後ずさる。
「残念ですがこの身体は定員オーバーです、お引き取りを……と言ってもここで見逃すと何をしでかすかわかりませんね」
「ひっ……や、やだ……なんで……何なんだお前は!?」
「少なくともあなたが想像するようなものではないと思いますよ」
彼女とのイベントは実にいい刺激になった、“私”には悪いが腹は膨れた。
とはいえ、デザートがなければ片手落ちだろう?
「幽霊とは生前の記録を転写した情報の塊、と私は認識しています。 いくばくか現実に干渉する手段を得ようとも、その本質は変わらない」
「っ……ぁ……!?」
後退するミカミサマの足が強張る、この空間で彼女に与えられた自由は残り少ない。
「齢十数年、熟成数百年。 あなたの執念、ここでまるっといただきましょう」
「…………!」
もはや少女は恐怖の声を漏らすことも許されない。
だが気にすることはない、どうせもうすぐすべてが終わるのだから。
「ふぅ――――……ごちそうさまでした」
――――――――…………
――――……
――…
「副長ォー! ミカミサマ調査班ただいま戻りやがったぞオラァ!」
「あーお帰りお帰り! 無事に戻ってくると信じてたぜぃみんな!」
「おうお疲れさん、なんやうちがいない間にえらいこと起きとったらしいな?」
「ウカさん、帰ってきてたんですね」
というわけで名実ともにミカミサマを完全討伐した私たちが帰還すると、一足先に任務を終えたウカと宮古野が待っていた。
周囲では情報統制に必死な職員たちがSNSやニュースの情報を大型モニターで精査しながら死に物狂いで対応している。 本体は倒したがSICKが忙しいのはこれからが本番か。
「ウカっちもついさっき神々の説得を終えて帰ってきたところだよ、本体討伐の報告も聞けたしようやっと電子媒体が解禁されたんだ……!」
「なるほど、ミカミサマが生きている限り忍愛さんみたいに不意な暴露から感染してしまいますからね……」
「大変ね、SICKって。 じゃあ私は疲れたからこの辺で」
「待てェー! 君はまた収容施設に戻れ! 総員確保ォー!!」
「チッ、やっぱりだめか。 じゃあね探偵さーん、ちゃんと返しておいてねー」
宮古野の号令でたちまちやってきた屈強な職員たちに拘束され、アクタが築地のマグロが如く連行されていく。
本人も大人しいのは満足したからか、“私”の今後が不安だが今は考えないようにしよう。
「ハナコ、君も一応キンジローと一緒にメディカルチェックを受けてくれ。 この前健康診断でドヤされてただろ」
「うーっす、じゃあな藍上。 副長にあまり迷惑かけんなよ」
「ハナコさんもタバコはほどほどにしてくださいね。 ……と、そういえば忍愛さんは?」
「大丈夫、君たちが戻る少し前に呪いは浄化できたよ。 ウカっちが一発で片付けてくれた」
「あんなんこのお祓い棒でパーンしばけば塵も残らんわ」
「そんな雑な除霊でいいんですか……?」
もしかすると今回の事件はウカがいればあっさりと解決できたのでは?
……まあ過ぎたことは気にしても仕方ない、解決できたことをまず喜ぼう。
それに忍愛も無事ならば、これで“私”が抱えている懸念は解決できた。
「……キューさん、私もかなり疲れてるので失礼しますね」
「待った待った、君も治療を受けた方がいいぜおかきちゃん。 一番ダメージが大きいはずだろ?」
「大丈夫ですよ、先にシャワーを浴びて着替えたいだけです。 そのあとちゃんと治療は受けますから」
「うーん、それならいいけど……あんまり無茶しないでくれよ?」
「ええ、わかっていますよ」
……気づかれていない、やはりアクタが例外なだけか。
治療どころか今すぐベッドに倒れ込んで休みたい気分だが、そうはいかない。 “私”が寝ている今が好機だ。
「……では、さようなら」
――――こうして、藍上おかきはSICKから忽然と姿を消した。




