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天敵 ①

 今に生きる私たちから見れば、キリシタン狩りというのは過去の情報に過ぎない。

 だが少女にとっては渦中の悲劇、その身に降りかかった理不尽への怒りは私の創造が及ぶところではないだろう。

 かくして親を失った彼女は復讐を決意した。 キリシタン狩りを発布した幕府と――――自分たちを救ってくれなかった神様に。


「……その結末がこれですか」


 その少女は今、縄で縛られたまま私の目の前に転がされている。

 隠れキリシタンの集まりとて一枚岩ではない、“新たな神を作る”という暴挙を受け入れられなかった者が彼女を幕府へ売り渡したのだ。

 ついでにキリシタンを先導した者としてすべての罪を押し付け、トカゲのしっぽ切り。 なんとまあ悲惨な結果だろうか。


『……■■……■■■……』


 大人たちから殴られ、蹴られ、息も絶え絶えな有様でありながらも、少女は蚊の鳴くような声で祈りの言葉を紡ぐ。

 いや、もはやそれは呪いの言葉だ。 自ら作った在りもしない神へ祈る、狂信者の呪詛。


『死ね……死ね……おっかぁとおっとうを殺した奴も……“ぱらいそ”を信じないやつらも……何も助けてくれない、神様も……!』


 少女はこれから処刑され、その亡骸も火で炙られる。

 その事実に変わりはない、これはミカミサマが見せる過去の映像に過ぎない。

 なら彼女はなんのために私へこんな映像を見せているのだろうか。


『誰も救ってくれないなら、私が私の“ぱらいそ”を作る……誰も彼も、役立たずの神も……みんな私が殺してやる!』


 血走った少女の目からは黒い涙が流れていた。

 ああ、()()か。 この時からすでに彼女は人ではなかったのか。

 神を名乗る怨霊、たった一人の執念でその域に到達するとはすさまじい。


『私の姿そのものが信仰だ……その一欠片でも目にしたお前を糧に、私は必ず……私を救う、神になってやる……!!』


 ふと、焦点が合っていなかった少女の目が突然ギョロリと私に向けられた。


『――――()()()()()()()()()()()()?』


――――――――…………

――――……

――…


「……い……お……い……おい、おいガキ! 起きろ!」


「う、うーん……って、誰がガキですか誰が!」


「うるせえよバカ! 急に立ったまま気絶したお前が悪いだろうがよ!」


「立ったまま……?」


 クラクラする頭を抱えてあたりを見渡す、どうやらあのビジョンからは解放されたらしい。

 場所は怪物が立ちふさがっていたあの黒い空間のまま、目の前には私の胸倉をつかんでいるハナコ。

 そして遠くの方では陀断丸で怪物(だったもの残骸)を無言で刺し続けるアクタがいた。


「……あの、アクタは何をやってるんですかあれ?」


「お前の様子がおかしくなったのは怪物あいつが原因なんじゃないかって話したらな、秒殺だよ」


『怖いね、愛』


「あっ、探偵さーん! よかった、無事だったのね」


 私が意識を取り戻したことに気づいたアクタが、こっちに向けて陀断丸を握ったまま手を振っている。

 黒い液体が返り血のように付着した笑顔で刀をブンブン振り回すその姿は実際怖い、彼女の情緒はどうなっているんだろうか。


「お、お疲れ様ですアクタ……どうやって倒したんですか?」


「一個ずつ目玉を潰していったら勝手に死んだわ!」


「すさまじかったぞ、今のうちにまとめて始末した方がいいんじゃないかと思えるくらいには」


「見たかったような見たくなかったような……」


「それよりお前の方は何があった? ただの貧血ってわけじゃないだろ」


「ああそうですね、じつは……」


 ミンチかなめろうと化した残骸をザクザク刻む音を背で聞きながら、ハナコに私が見た映像について話す。

 

「……そうか、キリシタン……でかした、値千金の情報だ。 キンジロー!」


『すぐに本部に情報を共有しておく、ここまで絞れたらワクチンもすぐに作れるはずだ。 呪いの収束もそう難しくないよ』


「ワクチンなんてあるんだ……呪いに」


 なかなか聞かない組み合わせだが異常存在へのノウハウはSICKの方が上だ、今は納得しておこう。

 今は解決法が見つかった、その吉報を喜ぼうじゃないか。


「……と、なると我々の役目はここで終わりですか?」


「いや、本丸を叩かなきゃ根本的な解決にならねえ。 それにこのままじゃ私たちも帰れないだろ」


「私は探偵さんと一緒ならどこでも問題ないけど」


「すぐにミカミサマを討伐しましょう、速やかに」


 背中から感じる怖気から逃げるように速足で先を急ぐ。

 暗くてよく見えなかったが、怪物が立ちふさがっていたその後ろには、扉が1つだけ空間に浮かんでいた。

 まだ私の中に残る呪いが「進め」と言っている、十中八九ミカミサマはこの先にいる。


「…………」


「おい、独りで突っ走るな。 零感の私を先頭にして……どうした?」


「いえ、少し気になって……アクタ、怪物は手ごわかったですか?」


「ううん、全然。 ほぼ無抵抗だったわ」


『彼奴からは戦意を全く感じられませんでしたな、なんとも面妖な……』


「そうですか……」


 おそらく私があの映像を見たトリガーは怪物の仕業だ。

 この場で待ち構え、私にミカミサマの生まれを見せるというのが怪物に与えられた役割だった……だが、なんのために?


「ワクチンを作られるリスク……いや、ミカミサマが知っているとは限らないか。 そうだとしても理由がない……」


「なんだ今度は急にブツブツ言い出したぞ、殴ったら直るか?」


「やめてくださいよ古いテレビじゃないんですから! ちょっと考えごとをしていただけですから」


「それならそうと言っとけ、急に人が変わったように黙るもんだから何事かと思うじゃねえかよ」


「ええい文句が多い……ああでも、そうか」


 合点がいった、ミカミサマの目的に。

 なるほど考えてみれば単純なことだ、そのうえ事前にわかっていても対策は難しい。

 

 だが、今回ばかりは相性が悪いぞミカミサマ。

 “私”を追い詰め、私を引きずり出してしまったこと。 それがお前の敗因だ。

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― 新着の感想 ―
今の映像、早乙女雄太部分には特攻だった系か?
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