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呪い呪われ追い追われ ①

 わずかに開いた扉の隙間から黒い洪水があふれ出る。

 今まで通路の端々にたまっていた水たまりとは段違いの水量、悍ましいのは“それ”が一塊の生き物だということだ。


 液体が床を這う。

 鼻を覆いたくなるほどひどい悪臭を放つその黒い液体の中には、無数の眼球がぷかりぷかりと浮かび、まばたきもせずにこちらを見つめている。

 白目は濁り、虹彩は光を失い、ただじっと、恨めしげに、羨ましげに、そしてどこか恍惚とした色を帯びて揺れていた。


 液体はやがて膨れあがり、輪郭を持ち始める。四つ足で這いずる獣のような形態をとり、節ばった腕を床に叩きつけながら前進するたび、眼球が内部で転がり、互いにぶつかっては軋むような音を立て――――


「走れ!!」


「……っ!」


 ハナコの叫びに、おかきははっと我に返る。

 正気を疑う光景に強張っていた身体に鞭を打ち、凝視していた目の群れから顔を引き剥がすようにして振り向いて、弾かれたように駆け出した。


「ハナコさん、あれがミカミサマなんですか!?」


「私にはあれがコールタールに人の目玉突っ込んだ趣味の悪い4足歩行の化け物に見える、お前はどうだ!?」


「まったく同意見ですね!」


「なら霊本体じゃないな、零感の私には純度100%の霊存在は見えない! あれは本体が作った眷属か何かだ!」


「ふーん、つまりこっちの攻撃も通るってことかしら?」


 アクタが懐から取り出したのは、リチウムイオン電池を改造した即席の小型爆弾。

 陀断丸を運んだドローンからバッテリーを回収した彼女は、エージェントの残滓に残っていた材料などを繋ぎ合わせ、ここまでの道中で十分な威力の爆弾を作り上げていた。


「ちょっ、こんな場所で……」


「大丈夫、計算済みだから!」


 パンパンに膨れたバッテリーに衝撃を与え、アクタはすぐさま後方に迫る怪物まげて放り投げる。

 そして迫って来る怪物の液面にポチャリと沈んだ瞬間、 乾いた破裂音とともに閃光が爆ぜた。

 衝撃波が背中を押し、おかきは思わずつんのめりそうになる。 熱風に髪が煽られるその背後では、黒い液体の巨塊は一瞬に爆炎とともに弾け散っていた。


「やったか!?」


「ちょっとハナコさん!」


 間違いなく木っ端みじん……だったが、思わずハナコが口にした禁句のせいか、床に撒き散らされた黒い滴がぞわぞわと震えだす。

 炭化した眼球が、熱波で煮える液体が、溶けかけたアスファルトのようにゆっくりと集まり、再び四つ足の輪郭を形作っていった。


「うーん、残念。 効いてないみたい」


「いや、心なしか体積が減った……ような気がします、残弾はどれだけありますか?」


「あと1発、けどこの火力じゃ全部吹き飛ばすのはまず無理かも。 SICKがもっと火薬を用意してくれればよかったのだけど」


「仮釈されてるとはいえ立場考えろ、バッテリー与えただけでも副長の心意気だと思いやがれ!」


「だったら私なんかよりもっと使いやすくて適任な人材は……ああ、人材不足なのなSICKってば」


「ケンカしないでください! 集中しないと追いつかれますよ!!」


 爆発にこそ怯んだが、ほぼ無傷の怪物はおかきたちの背中を猛追している。

 ただでさえねじれて走りにくい廊下、おかきたちも必死に走ってはいるがこのままでは追い付かれるのは時間の問題だ。

 唯一の救いと言えば、怪物がフラフラと蛇行しているおかげで多少減速していることだろう。


「……もしかして、アクタの爆弾で目がやられている?」


「あぁん? ……たしかにあれだけ目玉が多いなら探知は視覚に頼ってるのか?」


「もしかして今はがむしゃらにまっすぐ追いかけてるだけってことかしら、なら……」


『ええい、某に合戦を! 合戦をさせてくだされ!!』


 アクタの手の中で陀断丸が身を震わせて叫ぶ。

 それでもおかきは、あの怪物に陀断丸をぶつけるのが本当に正しいのか迷っていた。

 刀で斬るためには猛進するあの巨体に接敵しなければならず、リスクが大きい。  下手をすればあの液体の身体に取り込まれてしまう危険性もある。


「こうなったら私が……」


「ダメだ止めろ、爆弾魔が刀を手放せばその瞬間ミカミサマに魅入られるぞ! 絶対に肌身離すなよ!」


「うふふ、やっぱり私が切り込むしかないかしら」


「待ってください、何か妙案が思いつくかも……ん?」


 ふと、おかきは懐で携帯がバイブレーションしていることに気づく。

 取り出してみれば待機画面上にはメッセージが連投され、上から下へと短い文章が流れ続けている。

 差出人はすべて九頭 歩、内容もすべて同じく「戦うな、脇部屋に入って視線を切れ」というものだ。


「あんちくしょう……ずっと通話切ってると思えばどこで見てるんですか!」


「どうした急に!?」


「なんでもないです、それよりどこか逃げ込める部屋はありませんか!?」


「部屋だぁ!? つってもどこもかしこも肉に埋もれてて……」


 ハナコの言葉どおり、廊下は肉に飲み込まれているせいで壁や扉の見分けがつかない。


「……アクタ、そこ! そこの肉を斬ってください!」


「はいはーい、探偵さんの仰せのままにー!」


 おかきが挿し示す先に向け、アクタは迷いなく陀断丸を振る。

 すると豆腐のように切り裂かれて捲れた肉の中からは、腐食しかけた鉄製の扉が現れた。


「飛び込め!」


 すぐさまハナコが肩で体当たりし、ドアノブを強引に回す。

 ぎい、と重い音を立てて開いたその隙間に、三人と一刀はなだれ込むように飛び込んだ。

 

 まさに間一髪、背後で閉じた扉の向こうからは怪物が這いずる重苦しい音が響き……だんだんと遠ざかって行った。


「はぁ……はぁ……明日は筋肉痛だなクソ……」


「明日があるといいわねー。 それにしてもよく扉が分かったわね、探偵さん?」


「ど、ドアノブと……室名プレートの分、わずかに肉の壁に膨らみがあったので……あとは度胸と勘です……」


 汗で張り付いた髪の毛を整えながら、おかきは自分の携帯に再び目を落とす。

 あれほど連打されていたメッセージの嵐は、サムズアップのスタンプを最後に鳴りやんでいた。 


「どこで見てやがるんですかあのゲゲゲ頭……」


「よく分からないけど、こっちから連絡は取れないの?」


「今メッセージを送ってますがうんともすんとも言いませんね、おそらく呪い対策でしょうが……」


 とくに期待もしていなかったおかきだが、意外にもすぐに着信はかかってきた。

 だがそれはおかきの携帯ではなく、ハナコが持っているSICK専用の端末からだった。

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