みいつけた ③
「……ミカミサマ?」
『ああ、そこまではまだ知らなかったか。 例の配信で全国一斉呪詛テロを起こした迷惑犯だ』
スマホ越しに聞こえるのは嫌味というわけではなく、シナリオブックを読むような淡々とした口調。
それは雄太が部室で何度も聞いた、知識と情報をすり合わせる際の九頭だった。
「ずいぶん詳しいんですね、どこまで把握しているんですか?」
『企業秘密とさせてもらおう、そして単刀直入に言うが協力したい。 こちらとしてもミカミサマの流布は不都合だ』
「たしか部長は遺物や異常性の暴露が目的だったはずですが」
『ああそうだ、人類の根絶を目指したいわけじゃない。 つまりはそういうことだ』
「そういうことですか」
「おかき、会話がツーカーすぎるわ」
「せっかく異常な存在を流布できても、人間がいなくなれば部長にとって意味がない。 今回の事件はそれだけ致命的な事態になりうるということです」
「……ぐ、具体的には?」
『ミカミサマに魅入られたものの症状は大きく3段階に分けられる』
通話の向こうで小さく紙がめくれる音が聞こえてくる。
『第一段階、あの配信を視聴したほとんどの者はまだこの段階だろう。 目から黒く濁った液体が流れ、視界の端でときおり何者かの視線を感じ始めるが不思議と嫌悪感はない』
『第二段階、視覚を遮ることでミカミサマの姿を認識できる。 瞼を閉じるだけでもこの効果は表れるため、感染者は睡眠中ずっとミカミサマの呪いに晒さられる。 認識した時間に比例し、感染者はだんだんとミカミサマへ崇拝に近い感情を持つようになる』
『第三段階、末期だ。 感染者はミカミサマが見えない状況に不安を覚え、常に自分の視界を遮ろうとし――――最終的に自分で眼球を抉るか、眼球が陥没して眼孔が剥き出しになる』
「ひっ……」
最後に見たニュースキャスターの顔が脳裏に浮かんだ甘音が小さく悲鳴を上げた。
『なおこの陥没する過程を観測できた例はない、その後空っぽの眼孔からは黒い液体がとめどなく流れ出る。 そしてこの末期段階になった感染者はさらに同類を増やそうと積極的に活動する、あのネット配信のようにな』
「ずいぶん詳しいですね、どこから聞いた情報ですか?」
『企業秘密だ、情報の価値は純金よりも重い』
「協力するからにはそれなりに胸襟を開いてもらわなければ信頼できませんね」
『ふむ、一理あるな……よし、その説得ロールは成功としよう』
「遊んでるんじゃねえんですよ」
『まあ落ち着け、こちらの情報源は“名もなき神の教団”だ。 正確にはそこに潜入している協力者からだな』
「あー……」
納得するしかない名前が出てきたことでおかきは複雑な感情のこもった声を漏らす。
名もなき神の教団、不特定多数の神と教祖を信仰する危険団体。
何よりSICKが危惧しているのはその教祖、神仏性的愛好家たる子子子子 子子子だ。
「わかりました、結構です。 詳細は後で聞くとして原因も何となく理解できました」
『話が早くて助かるな、こちらもテンポを合わせようか。 ミカミサマの呪いを解く方法は1つ、元を断つほかない』
「元を断つ……ミカミサマを奉ってる祠や依り代があるということでしょうか?」
『ああ、そこで必要なのがSICKの調査力と藍上の力だ。 呪いをはねのける加護を持つお前のな』
「……なるほど」
相手は視覚をトリガーに呪いを打ち込む厄介な怨霊、本体を叩くとなれば当然呪いを喰らうリスクも増える。
おかきのような例外でもなければ、本丸を叩く前にミカミサマの信者になってしまうのが関の山だ。
「キューさん、以上がクソ部長からの意見ですが」
「そうだね、いろいろ気になることは多いが利害は一致している。 なによりおいらたちは後手後手だ、複雑だが時間もない」
『ご理解いただけて何よりだ、とはいえこちらも窮地なのは事実。 お互い思うところはあるだろうが、解決に向けて協力しよう』
「なんかいちいち芝居かかって胡散臭いのよね……」
「すみません、無駄に話術に長けているせいで何をしゃべっても詐欺に聞こえる人なんです」
『聞こえてるぞ早乙女! ……ともかく、現状の急務は本体の居所を特定することだ』
「おそらくあの映像が手掛かりになるはずですね。 キューさん、特定は可能ですか?」
「今配信元にエージェントを派遣している、同時並行でうちの精鋭たちが動画から場所を解析中だ。 あれだけヒントがあればそう時間はかからないぜ」
『優秀だな、問題は……藍上の他に耐性がある者はいるか?』
「……いくつか人材はいるが、正直心もとないな」
宮古野は思い当たる人物の数だけ指折り数えるが、十にも届かず指は止まった。
必要なのは呪いを跳ねのけられる能力だけではない、推定怨霊と思わしき“ミカミサマ”を調伏できるだけの戦闘力も求められる。
『別に加護を賜る必要はない、呪いの症状に抗う確固たる精神力があれば進行は押しとめられる』
「そっか、山田が耐えられるわけね」
「自分第一主義だもんね、山田っち」
「神の洗脳に抗える精神力……となると」
――――おかきの背筋に走った嫌な予感に応えるように、背後の通路から爆発音が鳴り響く。
余波で震えるガラスとけたたましく叫ぶ非常ベルの音。 今月5度目となる恒例行事に、宮古野は沈痛な面持ちで頭を抱えた。
『ね゛え゛!! 探偵さんの浴衣!!! 私も見たかったぁー!!!!』
「……おかきちゃん。 いたよ、適任」
「え、えぇー……」




