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とおりゃんせ ②

「カァ! 見事である、見事である! 此度、人の子により天戸祭の夜が明けた!」


「か……勝ったぁ……」


 空を旋回しながら勝利を告げるヤタガラスの下で、おかきは糸が切れたように座り込む。

 遊戯こそ楽しんでいたが、その結果は薄氷の勝利。 ウカの身柄も掛かっていたこともあり、精神的な重圧は計り知れない。


「ウカさん、大丈夫ですか?」


「う、うーん……頭クソ痛いけどなんとかな……すまんなおかき、迷惑かけたわ」


 地べたに大の字で倒れこんでいるウカにはもう6本の尾は生えていない。

 背丈も年齢もおかきが良く知る「稲倉 ウカ」へと戻り、あの神の面影はどこにもなかった。


「よかった、元のウカさんです……身長も縮んじゃって本当に良かった」


「まあ元の身長でもおかきより高いんやけどな」


「お? 喧嘩ですか? 喧嘩ですか今の?」


「あっ、いたいた。 おーい新人ちゃーん! パイセーン! こっちこっち!」


「ご主人すずんー、言われた通りにスタンプを押してきたぞー」


「おお、タメイゴゥに忍愛さん。 無事……じゃないですね、どうしたんですかそのアフロヘアー」


「勝負が終わったから油断してたらさぁ、パイセンの狐火まだ残ってたんだよ!!」


「そらうちやなくてうちの方に文句言うてや」


「面倒くさいなもう!」


「それよりジェスターたちは……もう逃げたあとですか」


 おかきの言葉に忍愛とタメイゴゥが顔を見合わせ、2人(?)揃って首を横に振る。


「あいつら逃げ足だけは超一流だよ、ちょっと気緩んだ隙に3人揃ってとんずらだ。 忍具もなしに追いかけられないよ」


「うむ、匂いすら残っていない。 我も難しいと思ってご主人との合流を優先した」


「残念ですが深追いは危険です、賢明ですよタメイゴゥ」


 おかきは大きく息を吐いて晴れ渡った空を見上げる。

 完全勝利とはならなかったが、それでもいい。 ウカを正気に戻すという目的は果たした。

 そもそも今回の目標は天戸祭の調査、ワンタメイト興行との遭遇は想定外だ。 


「……ってそうだ、スタンプ集めたので本殿へ報告に戻らないと」


「あーええよええよ、そういうのあとはうちらがやっとくわ。 山田、悪いけどうちのこと運んでや」


「よくそんな状態で任せろなんて言えたねパイセン? まあ新人ちゃん頑張ったからいいけどさ」


「うむ、ご主人は休むといい。 我が見守ろう」


「おっし、任せたよタメイゴゥー……パイセン、なんか重くなった? 祭り太り?」


「殺すで」


 腰が抜けてしまったおかきをタマゴの隙間から伸ばした触手で支え、最寄りの長椅子へ座らせ、その膝に飛び乗った。

 木組みの椅子はおかきと、その膝に乗ったタメイゴゥの体重をしっかりと支える。

 そして心強い護衛におかきを任せた忍愛は、ウカを背負ったまま本殿を目指してこの場を去って行った。


「……ふぅ、それにしても疲れましたね……」


「ご主人は無茶が多い、休めるときはしっかり休め。 水分も取った方がいいぞ」


「そうですね、飲み物なら出店で売ってると思いますしSICKへ戻る前に何か飲んでいきましょうか……」


 そんな他愛ないやりとりの中で、天戸祭の会場に流れる空気もまた変化を見せ始めていた。

 夜が明け、太陽が昇る。  どこからともなく響く太鼓の音。山車のきしむ音。かすかに鼻をくすぐる線香と焼き菓子の香り。

 天戸祭の空間全体が、何か別のものに重なろうとしていた。


「ん……?」


 太陽の灯りに照らされてもなお黒く残る“影”が天戸祭を行きかう。

 天戸祭の参考とされたあらゆる祭事の記憶、残留思念のようなその残滓はこの会場で何度も見たものだ。

 だが“それ”は今までのものとは異なり、不思議とおかきの目を引き付けた。


「ご主人? どうかしたか?」


「……あれ、私だ。 いえ、正確に言うとカフカになるずっと前の早乙女 雄太です」


 周りの屋台を羨ましそうに見渡しながら、独りトボトボと歩く子供の影。

 せっかくの祭りだというのに浴衣も着せられず、人混みから離れるその後ろ姿が、おかきの中にある苦い記憶と重なった。


「間違いないです、私が祭りに行った記憶なんて1つしかないですから。 たしかあれは母さんが雄太わたしを置き去りをしようと隣県の夏祭りまで連行した時の……」


「ご主人? 辛い記憶なら思い出さなくていいぞ?」


「いえ、自力で帰宅したので辛くはなかったですよ。 ほかにもいろんなことがありましたから」


「ご主人……」


「???」


 なぜタメイゴゥが涙ぐんでいるのか、なぜ触手で頭を撫でてくれるのか、おかきにはわからなかった。

 別に母親から愛を注いでもらえなかったことは一度や二度ではない、雄太おかきにとって当然のことだったので感覚は麻痺している。

 それにたとえ母親から疎まれようとも、父や姉からもらった愛を知っている。


「…………父さ――――えっ?」


 ふと、寂しさを漏らしたおかきの目の前を祭りの残滓が横切る。

 凹凸もはっきりしない真っ黒い影だが、その後ろ姿を、歩き方を、見間違えるはずがない。


「ご主人? どうした? トイレか?」


「…………父さんです」


「むっ?」


「父さんです……いつですか? 今の残滓はいつの……!? 間違いないんです、今間違いなく――――()()()がいた!!」

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