馬鹿囃子 ⑤
「あちちち……大丈夫かな新人ちゃん」
「知らん、貴様の仲間だろ。 貴様が信用できんならそれがすべてだ」
「なんだとぉ……いや、喧嘩するのも面倒くさいな」
おかきが爆発四散したクラウンを追いかけている一方、残された3人はクラップハンズが用意した壁の中で縮こまっていた。
去り際のウカノミタマがご丁寧にばらまいて行ったせいで、もはやこの一帯は身動きするだけで爆ぜる地雷原と化してしまった。
こうなっては壁を押しておかきを追いかけようにも徒歩以下のスピードしか出ない。
「クソッ、完全に分断された……ここまですべての行動が一手遅れている、ここから勝てる見込みは本当にあるのか?」
「うーん、新人ちゃんが言うなら何かしら考えているとは思う……けど」
忍愛はおかきが最後に言い残していた「ワンタメイト興行を頼む」という言葉が引っかかっていた。
普段の彼女ならまず言わない、藍上 おかきは一度敵とみなした相手には徹底的に塩対応だ。 子子子子やアクタのように。
「今はパイセンに追い詰められてるし、むしろそこのピエロをボロ雑巾になるまで使い潰す気はするんだけどな」
「何か恐ろしいことをつぶやいてないか貴様?」
「気のせい気のせい。 それにしたって“ワンタメイト興行”でひとくくりってのもなんだかな……」
喉に引っかかった違和感が飲み込めない、本当に待つことしかできないのかという不安が胸の内を引っ掻き回す。
なぜおかきはワンタメイト興行を頼むと言ったのか、ジェスターとクラップハンズの他には誰が――――
「――――……あっ……もしかしてそういうこと?」
――――――――…………
――――……
――…
「ゼェ……ヒィ……ハァ……! は、速いぃ……!」
おかきもSICKに入ってから自分なりに体力をつけたつもりだった、それでもあくまで人並の努力だ。
スタンプラリーの道中で体力を削られた今、神の足に追いつける走力もスタミナもない。 必死に走ってはいるがジワジワと距離は放されている。
「ふふふふ、ほぅらこっちやこっち。 このままやと負けてまうで?」
「そう思うなら……少しぐらい……加減してもいいんですよ……!」
「なんや、手加減されて嬉しいん?」
「まっぴらごめん被りますね!!」
「うふふ、ええ返事や……なっと」
無情にもウカノミタマが伸ばした手は逃げるクラウンをしっかりと掴み、恨みがこもった握力で締め上げる。
今にも握りつぶされそうなクラウンも抵抗の意思を見せているが、小さな体躯では蚊が鳴くようなものだ。
命綱のドリンクも取り上げられ、その身体はみるみる萎れて干からびていく。
「ぐ、グエェ……待てよまだカーテンコールには早くない……?」
「もう飽きたわ、ええかげんネタ切れやろ? そろそろ死――――」
「うおわあああああ! ウカさん急に止まらないでへぶちっ!!」
息も絶え絶えなクラウンが握りつぶされるその寸前、立ち止まっていたウカノミタマの背中におかきが頭から突っ込む。
車と探偵は急に止まれない。 もふもふの尻尾に衝突したおかきは全体重をかけ、ウカとクラウンを巻き込みながら倒れこんだ。
「うぐぐぐ、痛……くない? 何ですかこの極上羽毛布団のような寝心地……」
「おーかーきぃー? 気安くうちの尻尾に触れたら千年祟るで?」
「わーごめんなさい! わざとじゃないんですよわざとじゃ!」
ウカノミタマににらまれて弾かれるように尻尾から離れるおかき、当然ながらわざとである。
狙いはぶつかった衝撃でクラウンを逃がすこと……だったが、すでに精魂尽き果てた彼にその体力は残っていない。
そのうえ、おかきの視線の先には――――お互いに喉から手が出るほど欲しい、最後のスタンプが転がっていた。
「っ――――!!」
「おっと、そらあかんわ」
一も二もなく伸ばした手を伸ばすおかきの横から、ウカの手が目にもとまらぬ速さでスタンプをひったくる。
万事休す、あとはカードに最後のスタンプを押印する……だけなのだが、寸前でウカノミタマの手が止まった。
「で、いつの間にすり替えたん?」
「……何のことでしょうか、私にはウカさんの言っている意味がさっぱり分かりませんね」
「とぼけても無駄や、さっきのどさくさに紛れてうちの懐からカード盗ったやろ? 手癖が悪い子やなぁ」
「………………」
ウカノミタマは掌でヒラヒラとスタンプカードを弄ぶ。
4×4のマス目は1つを残してほぼ埋まっている。 すでに人海戦術でかき集めたスタンプはウカの眷属たちが押下済みなのだろう、本来ならそこに最後の1つを加えれば勝負は決する。
「おかきたちに渡したカードはうちが作ったからな、匂いで見分けがつくねん。 せやからこれはおかきのもんや」
「どうでしょうかね、スタンプを押してみればわかるんじゃないですか?」
「ふふふ、強がるのもええけどそろそろ本物を返してもらおか」
ウカノミタマが人差し指でついと円を描くと、おかきが着る浴衣の帯からヒラリとスタンプカードが躍り出る。
見た目も推されたスタンプの数も全く同じ、常人の目では区別はつかないが、ウカノミタマから見ればその違いは一目瞭然だ。
「うん、やっぱりこっちがうちのカードやな。 本殿と同じ神気の匂いしかしぃひんもん」
「っ……!」
「ふふふ。ええなぁその顔! 名残惜しいけどこれで勝負は終いや、楽しかったで」
帯から飛び出したスタンプカードはそのままウカノミタマの手へと収まる。
その光景をおかきは臍を嚙んでみていることしかできない、神罰覚悟で暴力に訴えようが叶う相手ではない。
そして価値を確信したウカノミタマは最後のスタンプを悠々と押しつけ――――
「――――カァー!! カァー!! そこまで!! この勝負、藍上 おかきとその仲間たちの勝利!!」
「………………は?」
――――見事、勝負は決したのだった。




