神交遊戯 ③
「もし私が勝てば、今のウカさん……ウカノミタマさんには引っ込んでもらいます。 もし私が負けたら、その時は千年でも万年でも好きに遊んでください」
唇を噛んでいたはずが、気づけばおかきは薄く笑っていた。
背後では忍愛が「なに言い出すの!?」と叫んでいたが、もう止まらない。
「ふふふ……なんやそれ、面白いこと言うなぁ。 ほな聞いたるわ、どんな勝負や?」
「ルールは簡単です、本殿で渡されたスタンプカードを先にすべて埋めた方が勝ち。 分かりやすいでしょう?」
静まり返っていた場の空気が、一瞬にしてざわめき立つ。
人が神に向かって勝負を挑むなど不届き千万、正気の沙汰ではない。 神罰を下されてもおかしくはない
そんなことはおかきもわかっている、だからこれは賭けだった。 しかしここは祭りの場、そして相手は――――
「…………ぷっ。 あはは……あっははははっ!」
「わ、笑ってるよぅ……怖ぁ」
「ええな、それええやん! そんなもん付き合う筋合いあるんかいなって思たけど、こらもう乗らん手はないなぁ! そんなん絶対おもろいもん!」
ウカノミタマなら乗っている、その自信がおかきにはあった。
封印の中で退屈に退屈を重ね、玩具本人から差し出された提案。 彼女からすれば空腹の眼前に極上の肉を吊るされているに等しい。
「ちょちょちょ、タイムタイム! 何やってるのさ新人ちゃん!?」
「大丈夫です、ウカさんが最初から敵対するつもりならすでに私たちは生きていませんよ。 そこのピエロと同じく」
「へっ? ウワーッ!? 化け物!!」
「タスケテ……ジェスタークン……タスケテ……」
振り返った忍愛が見たものは、バルーンにぶら下がった状態でカラッカラに干からびたクラウンの姿だった。
その背中には巨大なヒマワリが咲き誇り、脈動する根っこがクラウンから血液やら栄養やらを元気いっぱい吸い取っている。
「クラウーン!? ……まあ別にいいか」
「(・-・)」
「ボクが言うのもなんだけど仲間じゃないの!?」
「どうやらウカさんの怒りは最初の稲穂柱だけでは収まらなかったようですね」
「うふふ、その阿呆は嫌いや。 他の連中はまあハンデとして認めといたる」
ウカノミタマが指を鳴らすと、どこからか紙切れがふわりと舞い降り、風に乗ってジェスターとクラップハンズ含め全員の手元に運ばれる。
それはおかきたちが持っているものと同じ、4×4のスタンプカードだ。
「……同じものなら我々も持っているが?」
「特別製や、誰かがハンコ押したら全員分反映されるようになっとるさかい。 仲間内で二度手間三度手間になっても面倒やろ?」
「なるほど……至れり尽くせりですね、しかしこの人数差で勝負を?」
「不服か?」
たった一言。 だがウカノミタマの言葉には驕りではなく、神格としての自負と自信があった。
むしろ棘よりも鋭いその視線には、自分を侮ったおかきへの憤慨が込められている。 彼女にとってはこの程度の人数差は苦にもならないというように。
「……失礼しました、異論はありません」
「ねえねえチヂヒメやふてみーたちは? スタンプカード配られてないけど」
「申し訳ありませぬ、此度は神聖な遊戯事……神として介入することはできませぬ」
「しカァし、公平な遊戯となることを誓おう。 輪が瞳がこの祭りのすべてを監視いたす」
「まさしくお天道様が見ている、ということですね……クラップハンズさん、巻き込んでしまいましたが無理はしなくて結構ですからね」
「(`・ω・´)=3」
「むしろ面白そうだから手伝う、と言っている。 不本意だが事の発端はそこの馬鹿だ、手を貸さねばそれこそ神罰が下されるだろう?」
「カァ」
「ふふふ……ほな、“よーいドン”でええか?」
スタンプカードを手にした全員に参加の意志があることを確認したウカノミタマは、その掌に狐火を点す。
彼女なりのスターターピストルのつもりらしいが……
「ウカさん、待っ――――」
「お待ちくだされ、ウカノミタマ様。 ここは公平を期すために合図は我々が」
「……ふーん、ならしゃあないなぁ」
神々に制止されたウカノミタマは口を尖らせて掌の火球を握りつぶす。
もしチヂヒメかおかきが止めなければ、スタートのタイミングを掌握するつもりだったはずだ。
「あっぶなぁ~! でも神様たちは本当にフェアっぽいね」
「油断も隙もないな……おい小娘、勝算はあるんだろうな?」
「どうでしょうね、負けるつもりは毛頭ありませんが」
軽く手足をほぐし、各々が位置についてスタートの構えを取る。
まるで参道をコースとした短距離走のような様相だが、これから始まるのは神VS人の仁義なき遊戯だ。
「それでは皆様準備はよろしいですね? 位置について……」
「忍愛さん、始まったらまずは機動力を生かして会場をざっと回ってください。 見つけ次第スタンプはどんどん押していいので」
「オッケー、新人ちゃんは死角になりそうなところ任せた。 ピエロは足引っ張るなよ」
「誰に物を言ってる貴様! これでも私は……」
「用意―――ドンッ!!」
そしてチヂヒメが高らかに振り上げた手を下ろした――――その瞬間、目の前に現れた狐火が忍愛とジェスターの顔面に直撃した。
「「あっぢゃあああああああああああああ!!!!!」」
「忍愛さーん!?」
「∑(゜Д゜;)」
「うふふふ、堪忍堪忍。 油断大敵やで~」
突然爆ぜた火の玉に地を転がる人間たちを尻目に、ウカノミタマは悠々と天を跳ねる。
この奇襲により、スタートの優位は完全に取られる形となってしまった。




