神交遊戯 ①
「栲幡千千姫命……の分神体です」
「天羽槌雄神……の分神体です」
「布帝耳神……の分神体です」
「「「三柱揃って服飾に関わる神'sです……」」」
「すごく覇気のないタレントみたいな神たち来たな」
「忍愛さん、分神とはいえ名のある神々ですよ」
身に纏うきらびやかな和装がもったいないほどしょぼくれた雰囲気で現れたのは、3人の幼子だった。
本殿で出会った神と同じく、整った顔立ちは男女どちらともとれる美貌。 だがその顔だちも今は涙と鼻水で台無しだ。
「えっと……とりあえずお話を聞かせてください、たしか栲幡千千姫命様は私たちの浴衣を仕立ててくれたんですよね?」
「チヂヒメで結構でございますぅ、我々は本体に比べればアリンコに等しい存在なので……説明はわたくしが代表で行います」
「じゃあ隣の2人ははづっちとふてみーで」
「また神罰下されるぞ忍びの小娘」
「ゴホンッ。 えー……藍上様のご指摘通り、我々は“しっく”の皆さまに特別誂えの布地をご提供いたしました」
「うぅん……続けてください」
神から“様”づけされる違和感にムズかゆさを覚えながらも、話の進行を優先して押し黙るおかき。
普段ならまだ文句をつけていたかもしれないが、今回に限ってはウカの捜索に関わる手掛かりが最優先だ。
「今回は四名の話はすでに我々も知っていたため、その……とても捗りました、仕立てが」
「それがさっきの開幕限界オタクの叫びかぁ」
「忍愛さ――――待ってください、今なんて言いました? 4名?」
「はい。 藍上 おかき様、山田 忍愛様、稲倉 ウカ様……と、その中に潜む宇迦之御魂神の魂魄を含め、3人と1柱でございます」
栲幡千千姫命の分神、チヂヒメは改めて申し訳なさそうに頭を下げる。
彼ら彼女らははじめからウカの神格について認識し、全員分の衣類を提供していたという。
だが、おかきたちが宮古野から受け取ったのはたしかに3人分の衣装だけだ。
「稲倉様は肉体をおひとつしかお持ちになっていないので……内部に2つ目の衣装を“仕込んで”おきました」
「仕込む……?」
「まあ、これこのように」
チヂヒメが袂を大きく振ると、まるで手品のようにその手の中から白い布地が現れる。
そして再び袂が振るわれると、布地の中からおかきが来ている者と同じ柄の浴衣がバサリと飛び出してきた。
「ヒュー! いい手品だな神サン、サーカスに興味は?」
「奇術の類ではございません、同じ次元に布地を重ねておるのです。 人類もあと30年ほどで普遍になる仕立て方でありますれば」
「逆に30年でいいんだ、人類」
「つまりその縫製技術でウカさんの服にこっそり別の衣装を隠していたと」
「その通りでございます、それで……そのぉ……あのですねぇ……私どもも豊穣の神へ新たな衣服を仕立てるということで、興が乗ったと言いますが何と言いますか……」
話が進むにつれ、チヂヒメの語り口がしどろもどろになり視線がバッシャバッシャ泳ぎ始める。
ヤタガラスが殺意を込めた視線で睨みを利かせる中、すでに色々と察しがついたおかきは助け舟を差し出す。
「……つまり、本気で織ってしまったんですね? 神々の力を込めて」
「え~へへへへ……まあ、そのぅ……はい……」
常日頃から神の力を押さえつけ、今回に限っては対策となる儀礼具まで持ち込んだウカがそう簡単に暴走するとは考えにくい。
だとすれば彼女の想定を超えるイレギュラーがあったはずだ。 天戸祭という神域に加え、服飾の神々が全力で仕上げた神衣を羽織ればいかにウカとはいえタガが外れてもおかしくはない。
「然り……この度の件、神々にも非がある。 過剰な神威の付与、甚だ軽率であった」
「ももももも申し訳ございませんでしたぁ!!」
厳かなヤタガラスの声に、沈痛な面持ちでチヂヒメと左右のはづっちとふてみーが頭を揃えて下げる。
たしかに原因はこの三柱へ帰結するのかもしれない。 だが彼ら彼女らはただ全力で自分の仕事に取り組んだだけで、悪気があったわけではない。
「頭を上げてください、神様に謝罪されるなんてこっちの心臓が持ちませんから。 それよりもウカさんはどうすれば戻るんですか?」
「うぅ……い、今の状態は神衣で暴走しているだけでございます。 なので衣の力がなければ正気に戻るのではないかと」
「つまりパイセンを素っ裸にひん剥けと!?」
「忍愛さん」
「そ、そこまでする必要はございません。 ようは神衣の力を損なえばよろしいのです、なので……」
するとチヂヒメは袂から今度は白い布ではなく、木鞘に納められた短刀を取り出す。
身に纏う服とは対照的に、機能性だけを求めた簡素な造り。 鞘の隙間からキラリと除く刃には曇り一つない。
「こ、こここここれならば……この刃なら我々が誂えた衣服でも……断ち、切ることがぁ……!!」
「血の涙流すほど嫌がってる!」
「そ、そこまで無理せずとも他に方法ありませんか!?」
「いえ、神として自分の仕事に責任を持たねば我々を奉る人々に顔向けできませぬ! 一太刀でも神衣を傷つければ神としての威厳も損なわれるのです、なのでどうか……!」
血涙を流しながらも刃を鞘に納め、チヂヒメは渾身の精神力でおかきに短刀を差し出す。
おかきも少し躊躇しながら受け取るために――――
「なんやぁ、うち抜きで面白い話しとるなぁ?」
――――伸ばした手の上から重ねられた白絹のような掌が、おかきから短刀を掻っ攫っていった。




