稲荷のお成り ①
「見ての通り天戸祭は神々の祭事だ、だが私たちに祭りの為来りは分からない。 だから人々が行う祭りの起源……恥ずかしながら天岩戸事件を参考に始めたんだ」
「だけどまあ私……いや、アマテラスの黒歴史みたいなものだから忠実な再現は辱しめみたいなもので……ともかくアマテラスとアメノウズメ両名の反対によって却下された」
「だから私たちは次の案として人間の祭を真似ることにした、本末転倒な気もするけどこれがなかなか好評でね。 だけど何度も開催すればマンネリ化してくる」
「我々は本来祀られる側だ、それに人の娯楽にも疎い。 遊戯事を司る神もいるが、どうも迷走している」
「そこで、だ。 人間の祭事ならば人間に聞けばいいと思い至った、これ幸いなことに人でありながらウカノミタマの力を宿す存在もいる」
「この神域にある店は好きに遊んでくれていい、スタンプを集め終わったらまたこの本殿に戻ってきなさい。 その時に天戸祭の感想を教えてほしい、それが君たちに頼みたいことだ」
「……うん、説明することは終わりかな。 では、行きなさい人の子よ」
――――――――…………
――――……
――…
「……ご主人、大丈夫か? ずっと黙っているが……」
「大丈夫ですよタメイゴゥ………ただ、神様に“スタンプラリーしろ”って言われたのは生まれて初めてだったもので」
本殿から退出したおかきは、手元のスタンプカードを眺めながら半ば呆れ、半ば笑うようにため息を吐いた。
まさか神から直々に“人間目線のレビュー”を求められるとは、いったい誰が予想できただろうか。
「んー……ダメやな、やっぱSICKと繋がらへん。 うちらだけで回るしかなさそうや」
「うわー、嬉しいような面倒くさいような。 バカンスだと思ってたのに急な仕事を振られた気分」
「気分っちゅうかその通りやろ、仕事や仕事。 それにどのみち屋台巡りっちゅう目的は一緒やろ」
「休暇じゃないと純粋に楽しめないじゃん! まあ今更断るのも怖いしやるけどさぁ……」
「まあやると決まったからにはとことんやりましょう。 ……ところでなんだかずいぶん賑やかになりましたね?」
スタンプカードから視線を上げた先の参道には、本殿に入る前とは違い、多くの人影が往来していた。
中には人間の形を辛うじて取り繕っているような生き物も混ざっているが、8割方は人と呼べる体裁を保っている。
「どうやら本殿までの道のりは神さんたちの調整時間だったようやな、うちらに合わせて見える範囲まで力抑えてはるわ」
「なるほど、さすがに店主が見えないと評価のしようもないですからね……]
「人の子よ――――」
「…………ん?」
参道を歩く神々と祭囃子の喧騒に紛れてかすかに聞こえた声におかきは首をかしげる。
名前を呼ばれたわけではない曖昧な三人称、だがこの場にいる人間はおかきたちとイカれたピエロぐらい。 ほぼ名指しと同義で間違いない。
だが呼ばれたことよりも、おかきはその声に聞き覚えがあるような気がした。
「人の子よ――――我が店を崇めよ――――」
「……いや何やってんですかヤマノケさん」
頭に直接響く声に引っ張られた先には、木の葉と木々で作られた人型が出店の中で両手を広げ、神の威光(弱)を放っていた。
そんな威光も気にせずおかきが呆れた目で見つめているのは、赤室学園を取り囲む山々に宿る山神。 またの名をヤマノケと呼ばれる酒好きの神だ。
「人の子よ……見ての通り、店。 ☆5レビュー求む」
「のっけからずいぶんな要求ですね、まず何のお店なんですかこれ?」
下心も隠さない神の要求にも屈さず、おかきはヤマノケが経営する出店をマジマジと観察する。
食べ物を焼く鉄板もなければくじ引きや輪投げのような道具もなく、射的台の上には多種多様な瓶が並べられているが、射的の景品にしては魅力もない。
「なんや薄っすら酒の匂いするなぁ、それ全部酒瓶か?」
「ということはお酒専門店? なるほど、たしかに神様相手ならお神酒の需要も高いでしょうし……」
「ここは私に道行く通行神がお酒を捧げる店――――」
「☆マイナス5つっと……」
「何故……!?」
ヤマノケの驚嘆も無視し、おかきはただただ感心した時間を返してほしかった。
「ヤマノケさん、そもそもですがお店の概念は理解していますか?」
「……? 人が神に貢物を上納する場」
「どういう認識の歪みですか」
「あー……もしかしてさ新人ちゃん、お店で神棚飾ってることもあるからそれで勘違いしてるのかも」
「な、なるほど……?」
おかきも赤室学園内の飲食店などで商売繁盛を願う神棚を見かけたことはある。
仮にも赤室学園を守護する立場であるヤマノケからすれば、神棚への供え物を自分への貢物と解釈してもおかしくはない……かもしれない。
「なあおかき、うちちょっとイヤな予感しとるんやけど……もしかしここの神さんたち全員こないな感じなん?」
「……その可能性は否定できませんね」
「うむ、つまり生まれたてのタマゴと同じだな。 ご主人たちも教えがいがあるだろう」
「せやな、教えるのがうちらだけなら問題なかったな……おかき、アカンでこれ」
「…………ですよね」
もし出店を構えている神々がみな、人間としての常識が欠けているとしたら?
無知は罪ではない、ただそれは教える側に常識と良識が備わっていればの話だ。
この天戸祭にイカれたピエロが紛れ込んでいなければ、おかきも今頭を抱えてはいなかっただろう。
「……作戦変更です! 全員散開、連中を見つけたら神罰に気をつけならが全力で止めてください!」
「おう! はよ行くで山田!!」
「えっ、何々どういうこと? パイセンと新人ちゃんはなんで通じ合ってんの?」
「もしクラウンたちが神々に変な常識を吹き込めばどうなると思います? その神が司るものによっては人類にどんな影響があるかわかりませんよ!」
「……大変じゃんか!!」
「だからそう言っとるやろ!!」
全員が状況を理解し、三人と一匹は一斉に駆け出す。
ただの夏祭り気分で挑んだ神々の縁日は、今や人類規模の危機管理案件へと姿を変えていた。
どうか今回も無事に終わりますように。 そんなおかきの願いをあざ笑うかのように、祭囃子の向こうからはお道化たピエロの高笑いが響いていた。




