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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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望まぬ再開 ②

「あ、甘音さん! どうしてここに!?」


「何よ、居たら悪い?」


「すごいでしょ、ちょっとそこで拾った」


「んな犬猫みたいな理由があるか!」


 舞踏会のようなドレスに身を包んだ天音は、不機嫌を露わにしながら髪をかき上げる。

 思わずおかきはその手を取って撫でくり回すが、幻覚などではなく本当にそこにある実体だ。


「山田、何があったんや?」


「山田様でしょ? MVPであるボクへの敬意がちょっと足りてなごめんなさい冗談ですやだなぁセンパイ怖い顔しちゃ新人ちゃんもビビっちゃうよ?」


「うちの堪忍袋がミチミチ言うとるから早よ説明せえよ」


「サー! 皆とはぐれた時にチャラついた男に連行されるガハラ様を発見、及び保護いたしました!!」


「そうか、ほんでその男は?」


「とても逃げ足の速い三下でした」


「そうかそうか逃がしたわけやな優秀な山田様は」


「まあまあその辺で、甘音さんも無事だったことですし」


「そうよ、ピンピンのピンよ私!」


 腕を上げ、力こぶを作って見せる甘音の身体に傷らしい傷はない。

 健康状態にも問題はなく、人質として丁寧に扱われていたことがうかがえる。


「山田が逃がしたのは實下ってやつね、ボスに命令されて私を部屋に戻すところだったのよ。 それより大変なのよ、この秘密基地で作られた麻薬!」


「すまんお嬢、その情報すでに知っとるわ。 能力者ができるって話やろ?」


「なによもー、せっかく頑張って集めたのに!」


『おかきちゃん、イヤリングを片耳ガハラ様に渡してくれないかな?』


「ああ、そうですね。 甘音さん、これどうぞ」


「ん、なにこれ? 着ければいいの? あっ、通信機になってるのねこれ」


『よっし、それじゃここで状況を整理しようか』


 甘音にも通信機が行き届いたところで、宮古野が手を鳴らして音頭を取る。

 

『当初の目的が達成された今、長居の必要はない。 さっさと撤退しよう、こちらも突入部隊を急ピッチで編成している』


『今テメェらは地下にいる、まずは地上に繋がる階段を探せ。 怪しいところは山田に先歩かせろ』


「あら悪花、あんたも一緒にいたのね。 SICKに戻ってきたの?」


『ンなわけあるか、頼まれたからいやいや協力してやってんだよ!』


「そうなの? ありがとね、やっぱ持つべきものは友だわ」


『……おいおかき、さっさと出口探せ! こんな陰気臭いところさっさと抜けんぞ!』


「はいはい、えーと」


 おかきは前後の景色を見渡し、頭の中に刻んだ見取り図と照合する。

 空間転移の脅威がなくなった今、見える範囲の情報は信用に足るものだ。


「……だいたい把握しました。 上への階段はちょうど反対側ですね」


「よっし、頼りにしてるでおかき。 ミュウの奴はどこや?」


「ウカさんたちと同じように敵と出くわして負傷しました、今はそこの部屋で休息しています」


『消耗してるが命に別状はねえ、先の安全が確保できりゃこっちで連絡とって合流させる』


「そうか、ほなあとは敵がどれだけ残ってるかやな。 おい」


「ひ、ひぃっ!」


 ウカがツタを引き、簀巻きにしていた男を引っ張り上げる。

 彼の表情は完全に心が折れている、いったいおかきたちが知らないところで何があったのか。


「お、おおおお俺をふきゅめて引きずり堕ちる(ドラッグ&ドロップ)面子めんしゅは8人でしゅぅ!!」


「こいつと雲貝、あとアクタに……」


「ボクが殴り飛ばした實下ってやつ」


「それと私が出会った2人とミュウさんが倒した1人で計7人ですね」


 おかきたちが指折り数えて敵の頭数を整理すると、正体不明の敵は1人だ。

 男の話が真実ならば、残る敵戦力はアクタを含めて2人になる。


「できればこのままさっさと帰りたいけどそうはいかないよね。 新人ちゃん、階段に着くまで広い部屋ある?」


「避けて通れない場所に大広間があります、広い部屋というとそこぐらいですかね」


 悪花が描いた地下のマッピングは、ロの字をした通路に点々と脇部屋が生えた構造だ。

 そこから一本廊下が伸び、階段にたどり着くまで大きく膨らむ大広間が存在する。


「ボクが敵ならそこで待ち構えるかな、よっぽど勝つ自信があればだけど」


「ぼ、ボスならお前らなんてコテンパンに」


「なんか言うたか小僧?」


「ナンデモナイッス……」


『ボスか、組織の統率を取っている人間は取り押さえたい。 でないとまた逃げた先で同じような組織を作りかねないからね』


「甘音さん、そのボスらしき人の姿は見ていないですか?」


「見たわ、ゴリラとライオンと人間がくっついたような大男。 たしかにこんな狭い廊下じゃ戦えなさそうな図体だったわ」


 甘音は両手いっぱいを広げてボスのスケールを表現する。

 ツタに巻かれた男もその表現を見てうんうんと頷いているあたり、大げさというわけでもないようだ。


「うちはとっくに尻尾切って逃げとると思うんやけど」


「ぼ、ボスは俺たちを裏切ったりなんかしねえ!」


『ボスは知らねえがアクタが残ってる、あいつはおかきに執着してっから理屈じゃ逃げねえぞ』


「誘いこんだ割にここまで一切姿が見えないのが不気味ですね、2人で待ち構えているかもしれません」


「おいこら小僧、ボスも変な能力持ってんのか? 知っとること全部話せ」


「し、知らねえ! ボスが能力使ってるところなんて見たことねえ、拳一つでめちゃくちゃ強ぇんだ!」


「うわ厄介なタイプだ、腕っぷしが強いうえに隠し玉もあるやつ」


『逃げるよりかは立ち向かってくる性質だ、ボスとしての矜持があるならね』


「総力戦になりそうですね……」


 おかきは無意識にホルスターへ収めた拳銃を握りしめる。

 レキから回収したものだが、話に聞く大男に通用する自信はない。 

 それでも多少の援護にはなると信じ、引き金を引く覚悟を心に決めた。


『おかきたちが気絶させた連中もいつ目覚めるかわからねえ、テメェらそろそろ腹くくれよ』


「わぁっとるわ。 ほなちゃっちゃと帰って焼肉でも食いに行こか、うちが奢ったるわ」


「やったー! センパイ愛してる!!」


「あ、あの……俺は……?」


「あとでSICKのエージェントが来るからそれまでおとなしくしとき」


 簀巻きにした男を置き去りにし、ウカたちは脱出に向けて行動を開始した。

 道中もアクタが仕掛けた罠を警戒しながら慎重に歩を進めるが、不気味なことに罠らしい罠もなく順調に進む。

 幸いと言っていいのかすらわからない道のりに、おかきはわずかな不安を覚えていた。


「……この部屋やな、見るからにこの先何かありますって扉やんけ」


「ゲームなら回復の泉とセーブポイント置いてありそうだね」


『わかるー、けどおいら的には回復ポイントは置いてほしくないな』


「その話今する必要あるかしら?」


 そして問題の広場目前、おかきたちの前に工場の倉庫にあるような大扉が立ちふさがる。

 このサイズ感ではこっそり忍び込んで脇を抜けるという芸当も難しい。 どうあがいても中で待つ人間と鉢合わせることになるだろう。


「おかき、頼むわ。 扉から体は出さんようにな」


「はい、では……んぎぎぎぎ……!」


 取っ手に手をかけ、おかきは全体重をかけて横開きの扉を引っ張る。

 ガラガラと大きな音を立てながら開いた扉の先には、だだっ広い室内の真っただ中で存在感を放つ男の姿があった。


「…………来たか」


 たった一言、それだけでも威圧感を放つ低い声がカフカたちを出迎える。

 後ろに撫でつけた金色の髪に、人を殺せるような鋭い眼光、なにより甘音の表現が決して誇張ではない巨体がそこにいた。


「ようこそ、SICKの犬どもよ。 引きずり堕ちる(ドラッグ&ドロップ)のボスとして貴様らを歓迎しよう」


「冗談、歓迎しようっちゅう殺気やないで?」


「うへぇめちゃくちゃ強そう、ボクの負担が増えるから死なないでねセンパイ?」


「じゃかあしいわドアホ、そっくりそのまま返したるわその言葉」


 出会いがしらから一触即発の空気が互いの間に広がる。

 この間に立ち入ることはできないと一瞬で悟ったおかきは、邪魔にならないようにすぐさまウカたちの後ろに身を引いた。


「甘音さん、こっちへ。 巻き込まれるとただじゃすみませんよ!」


「ええ、そうね。 けどまだ()()()()()()()()()


「えっ?」


 開戦の口火を切ったのは、忍愛でもウカでもない。

 ましてや敵の大男などでもなく、誰よりも先んじて動いたのは甘音だった。


「……あ、あれ? ガハラ、様……?」


 忍愛のわき腹から鮮血が滲む。 本人も傷みより先に何が起きたのかという困惑に顔をゆがめている。

 なぜなら彼女の腹部をナイフで抉ったのは、仲間であるはずの甘音なのだから。

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