望まぬ再開 ①
「……死んでない、ですよね?」
「加減はした、ですっ」
おかきは落ちていた薙刀の柄を使い、昏倒したレキたちを突っつく。
呼吸はしているものの、頭部に警棒のフルスイングを受けた2人はピクリとも動かない。
「生きてはいますね、今のうちにロープか何かで両手を縛っておきましょうか」
「わ、わかった……です……っ」
「ミュウさん!」
ミュウの身体がよろめいたかと思えば、彼女の変身が光に包まれて解ける。
とっさにおかきが倒れる身体を支えるが、ミュウは緊張の糸が途切れたのか立ち上がる余力も残っていなかった。
「だ、大丈夫、です……まだ戦え……」
『ミュウ、無理だ。 これ以上は許可しねえ』
「けど……」
『足手まといになるだけだ。 うぬぼれるなよ、お前はヒーローじゃねえ』
「…………」
上司である悪花から強く制止され、ミュウはうなだれる。
それでも諦めきれずに助けを求める視線を送るが、おかきは黙って首を横に振るだけだ。
「救援ありがとうございます。 あとは私たちに任せてください、ミュウさんはこの2人の見張りをお願いします」
「……わかった、です」
形だけとはいえ監視という役割をもらい、ミュウも一応納得したようだ。
肩の傷口をおかきに止血してもらい、どこからか取り出した手錠でレキたちを拘束する。
おかきから見てその手際は実に手慣れていた、おそらく今回のような荒事も一度や二度の経験ではない。
おかきよりも小さく、幼い子が。
『同情はするなよ。 オレは戦わない道も示した、だけどカフカとして魔女集会を選んだのはあいつだ』
「悪花さん……」
まるで心を見通したかのような悪花の声は、ミュウには聞こえていないのか無反応だ。
さきほど宮古野がレキたちへ不協和音を浴びせた時のように、チャンネルを絞っているのだろう。
だからおかきもミュウからこっそり距離を取り、声を潜めて通信を続けた。
『オレがあいつを保護したとき、ミュウの母親は事故で死んでいた。 父親はDVが原因で離婚済み、からっぽの家ですでにカフカになってたよ』
「……ほかにご家族は?」
『いねえよ、親族も腫れ物みたいに扱って養護施設行きになるところだ。 そんな孤独を埋めたのがピュアポリだったんだろうな』
家族がいない、その言葉におかきの中にある“雄太”としての心が締め付けられた。
両親がいなくなっても雄太にはまだ家族が残されていたから立ち直ることができた。
もし一人だったらと考えればおかきの背筋に冷たいものが走る、少なくともここには立っていなかったはずだ。
『オレにはどこまであいつの意思なのかわからねえ。 もしかしたらお前を助けたのは全部ピュアポリに引っ張られているだけで、本人は泣くほどビビってるかもな』
「だとしたら……惨すぎます」
『それでもピュアポリはあいつの支えだ、ヒーローらしく振舞うことで孤独で折れそうな心を守っている。 だから無茶は第三者が止めないと死ぬまで突っ走っちまう』
「…………」
『だから同情はするな。 引き際はオレが見極める、それがどんな結果になろうともな』
「……わかりました」
ヒーローとしての矜持と肉体の限界、その見極めを誤ればあっけなく壊れてしまうほどに、ミュウの心は繊細だ。
悪花が魔女集会のリーダーとしてすべての責任を背負って命令を下している以上、おかきにはそれ以上口を挟む権利はない。 同情すらも命取りになるのだから。
「……ミュウさん、ケガは大丈夫ですか?」
「大丈夫、ですっ。 おかきさんも……」
「ちょっと喉が痛むくらいで平気です。 ミュウさんも出血は止まったようですね、では私はそろそろ行かなくては」
おかきは部屋を出る前に、ミュウの身体を抱きしめる。
血を失って体温が低い彼女の身体は折れそうなほどに細く、震えていた。
「ミュウさんは命の恩人です、あのままだと私は死んでいました。 なにかあれば通信機で連絡をください」
「は、はいです……おかきさんも、お気をつけてっ」
「ええ、では行ってきます」
少し別れを惜しみつつも、おかきは部屋を出る。
赤い絨毯が敷かれた廊下は照明もなく、先は闇に染まって何も見えない。
目が届く範囲に扉も見えず、進むとすれば右か左かの2択だ。
「キューさん、ウカさんたちの現在位置はわかりますか?」
『ちょっと待ってな、えーっと……ああおかきちゃん、そのまま動かないで』
「おかきー、ミュウー、あとついでに山田。 おるかー?」
おかきが知るよりも落ち着いた声色が静まり返った廊下の先から聞こえてくる。
闇を灯す狐火を従え、しゃなりしゃなりと何かを引きずりながら歩いてきたのは狐耳に尻尾まで生やしたウカの姿だった。
「ああ、おったおった。 なんや探してもうたわぁ、無事なん?」
「ウカさん、そちらこそ無事で……なんか雰囲気変わりましたね」
『あー……おかきちゃん、ウカっちの尻尾って今何本?』
「はい? そういえば2本生えてますね」
ウカの背後に見える金色の尻尾は、残像などではなくたしかに2本生えていた。
稲穂のように実った尻尾はもふもふで、抱きつけば良い夢が見れそうだなどと余計な思考がおかきの脳裏をよぎる。
『ちょっと精神が神様サイドに寄っちゃってるな、ちょっと待っててね。 おーいウカっち聞こえるかー?』
「なんやキューはん? さっきから全然通信使えへんから……」
「お好み焼きと一緒にご飯食べるのっておかしくない?」
「は゛ァー!!!!?!!??!!? お゛好゛み゛焼゛き゛は゛お゛か゛ず゛や゛あ゛~゛~゛~゛~゛!゛!゛?゛」
『よし戻った、おかえりウカっち』
「なんですか今の」
『ウカのやつはカフカの力使いすぎるとだんだん精神があっち側に持っていかれんだよ、たまに叩けば戻る』
「そんなブラウン管テレビみたいな……」
「うぅ、だいたい合っとるから文句も言えんわ……すまんなキューちゃん」
ウカが頭を押さえてふらつくと、おかきの知るいつもの雰囲気へと戻る。
いつのまにか尻尾もなくなり、心なしか頭部のキツネ耳も金色から茶混じりに色がくすんでいた。
「うちだけ異空間に残されてアホの相手させられたわ、この通りボコボコにしたったけど」
「ひゅ、ひゅみまへんでひた……」
「うわぁ、顔の原型がない」
ウカが引きずっていたものをおかきに見せると、それは異様に長い稲で簀巻きにされた男だ。
その顔はボコボコに殴られ2倍以上に腫れあがっている。
「ムカついたからちょっと本気出してボコってもうたわ、おかきは大丈夫か?」
「私は私でいろいろありましたけど、ミュウさんのおかげで何とかなりました。 ウカさんは忍愛さんと一緒じゃないんですか?」
「知らんなぁ、とうとうどこかで死んでもうたか」
「おーい、みんなー! 可愛いボクのお通りだよー!」
「チッ」
そこへちょうど聞こえてきたのんきな声に、ウカは割と本気交じりの舌打ちを鳴らす。
ウカが来た方向とは反対側の廊下から歩いてきたのは、まったくの無傷である忍愛ともう一人。
「…………え?」
「お、2人とも発見発見。 見てよこれ、ボクを褒めて崇めて奉ってくれていいんだよ!」
忍愛が手を引いて連れてきたのは、このカジノへ突入した当初の目的。
つまり、天笠祓 甘音その人だった。




