青凪ホテル電撃戦 ②
旅館で起きたギンイロオバケとの一幕は、重要なヒントだった。
一見すればバニ山のロケットパンチが決め手だったが、液体生物に物理的な攻撃が効くとは考えにくい。
他にも何か要因がある、予兆があったはずだ。 ギンイロオバケは……ウカの放電を嫌がるように避けていた。
――――バニ山さんのロケットパンチは不審者鎮圧用スタンガンともなる、今触れれば10万ボルトをお届けだ――――
――――――――…………
――――……
――…
「ほう、あの一瞬でそこまで。 見事だな、あとでジュースをおごってやろう」
「あ、ありがとうございます……でも運が良かっただけですよ」
おかきとて賭けだった。 金属生物が電気に弱いというのも理屈までは分からず、ただの推測に過ぎない。
そのため検証する余裕もない中の一発勝負。 バニ山がスタンガンを起動させるといい、もう一度同じことをやれと言われてもできる自信はなかった。
「謙遜は時に損だ、メイドの前では特に。 バニ山さんはバニ山さんの左手を誇ろう、えっへん」
「本当に助かりましたよ……ところでそのスタンガン機能はあと何回使えます?」
「もう使えないが?」
「えっ」
バニ山は左手をはめ直しながらあまりにもあっさり言い切ってしまうもので、おかきは思わず耳を疑った。
「バニ山ウイングもバニ山ぱんちもバニ山さんのバッテリーを使う、今日は2度も放電してしまった。 しかも充電前だったのでバッテリーは腹減り状態だ」
「バニ山さんって充電必要なんですか!?」
「うむ、バッテリー残量あと5%ほどだ。 ただいまより省エネモードに入る、スヤァ……」
「わー待って待って! こんなところで寝たら……重いっ!」
その場でスリープしようとするバニ山を支えるが、超合金ボディの重量に悲鳴が上がる。
自分の力ではにっちもさっちもいかない、そんなおかきの背後から聞こえてきたのは、這いずるような水音だった。
「――――……バニ山さん、頼みますから起きてください」
「うむ……そうしたいのは山々を超えてアルプス山脈だが、少し待ってほしい」
べちゃり、べちゃりと耳の奥をくすぐるような、ねっとりとした水音が背後から這い寄ってくる。
ベルマンだった液体生物は常におかきの視界に収めている、電撃を浴びてからピクリとも動いていない。 音の発信源はここではないということだ。
では、背後から近づく“これ”はなんだ? その答えを確かめるため、おかきはゆっくりと後ろを振り返る。
『……ヴルルルルル……』
「…………こ、こんにちわぁ」
それは地を這う獣の真似事をしながら、奇妙に折れ曲がった肢体を引きずって這い寄る。
四つん這いとも言い切れない、脚のように見せかけた何かが床を叩くたび、びしゃりとした音が階段を叩き、おかきの鼓膜を撫でた。
『ヴ……ヴァ……ア、ヴゥ……』
一言で表すなら「獣」。 10人見れば10人全員がそう答えるだろう。 だがそれは子どもの落書きじみた下手くそなデザインだった。
背中には必要もないメチャクチャな突起が並び、頭部らしきものは異様に細長く、唸るたびに裂け目のような“口”から漏れ出た空気がブクブクと泡を立てる。
『ヴァ……ヴォ……ヴォ、ガ……ギィ……ヴォ、ガ、ギィ……』
なによりおかきが戦慄したのは、絶えず獣の口から漏れだすその唸り声。
不明瞭なその音の羅列は、おかきの名前を何かの真似事のように舌足らずに呟いていた。
『ヴォ、ガ、ギィ……ヴォ、ガギィ……!』
化け物はおかきの名を知っている。
そこには意志があり、殺意がある。
そして今にも牙のように剥き出しにして、襲いかかろうとしている。
「バニ山さん……バニ山さん……!」
動けないバニ山の肩を必死に揺するおかき。
逃げなければという思考と、置いていけないという理性がせめぎ合い、足が止まる。
次の瞬間、液体の獣がその不格好な脚で床を蹴り、音を置き去りにして跳ねた――――
「――――準備はできた、舌を噛まずに捕まっていろお客人」
「はい!!」
有無も言わさずおかきの視界が疾風とともに流れていく。
静から動への急転換、グルグルと旋回しながら飛ぶバニ山に抱き着くおかきは、乾燥機に突っ込まれた洗濯物の気分を存分に味わった。
「あばばばあぶぶぶぶべべべべべ!!! シ、シートベルト……シートベルトどこですかっ!?」
「そこになければないぞお客人」
「何らかの法に反してると思います!!」
「バニ山さんは人ではないので法ではない、フリーダムだ。 この空と同じくな」
足裏のバーニアを吹かせ、さらに加速した2人の身体は屋上を飛び出し、月と星の瞬く空へと飛翔した。
後ろでは液体の怪物が吠え声を上げて屋上に迫るも、時すでに遅し。 翼のないケダモノではバニ山の後を追うのは不可能だ。
「お客人、一難は去った。 だがバニ山さんのバッテリーは限界であることを伝えねばならない」
「すみません、無茶させてしまいました。 しかし……振り出しに戻ってしまいましたね」
見下ろした屋上では豆粒ほどにしか見えないが、おかきたちを諦めきれない化け物が未練がましくうろついている。
あれほど警戒されては屋上からの再侵入は厳しい、バニ山の残りバッテリーでは突破は困難だ。
かといってこのまま時間を浪費するほど小山内の生存率も下がっていく、撤退してバニ山の充電を待つ時間が果たして残されているだろうか。
「…………バニ山さん、西側の3階付近まで降下してください。 左から三番目の窓から侵入します」
「ほう、大胆なプロセスだな。 だがバニ山さんのお仕事は少々派手になるが?」
「構いません、その部屋に部外者はいないんですよ。 小山内先生が止まっていた部屋ですから」
「……なんと、お客人はホテルの達人か?」
「調査開始前にリサーチして見取り図は覚えておきました、こんな形で役に立つとは思いませんでしたが。 部屋に侵入できれば充電も可能かと、行けますか?」
「問題ない、バニ山さんの充電は残1%からが本番だ。 快適な空の旅をお届けしよう」
「もうすでにだいぶ快適じゃないんですけど……まあいいです」
無駄な文句を早々に打ち切り、だんだん高度が下がる空の旅の中、おかきはあのケダモノたちのことを考える。
旅館で襲ってきた個体、踊り場で出会ったベルマン、そして最後に襲ってきた獣。 それらすべては別個体だ。
だがバニ山のロケットパンチを警戒し、おかきの名を呼ぶなど、相手の対応は決して初見ではなかった。
(液体生物たちはこれまでの知見を共有している……だとしたら、まずいですね)
電撃が弱点ということは看破した。 だが相手もおかきたちが弱点を知ったことを知ってしまった。
ここから先は今までのような悠長な対応はしてくれないだろう、自分たちの天敵であるおかきたちを全力で潰しに来る。
「体勢を立て直す時間を与えてはならない、最優先はバニ山さんの充電を終える事……それまで私が何とか持たせます、頑張ってくださいバニ山さん」
「うむ、早食いは得意ではないがメイドの本気を見せてやろう。 伝家の急速充電というものをな」
液体生物たちは屋上からの侵入をすぐに嗅ぎ付けた、小山内の部屋から忍び込んだこともすぐに察知するはずだ。
この事件を攻略するためにはバニ山の充電は必須。 ゆえにおかきは彼女が満腹になるまでの籠城戦の策を練り始めた。
……ボドゲ部仕込み、対人戦出禁の性悪戦法の数々を。




